2-1:鈍色は澄みゆく

トヲルの部屋。


シルフの少女は、キョロキョロと室内を見回す。


可愛らしいクリクリとした目で、いわゆるたぬき顔だろうか。綺麗というよりは、可愛いという表現が適している。そんな彼女と、トヲルの部屋で二人きり。相手は、電子データ上の存在とはいえ、どうにも気恥ずかしく感じてしまう。


トヲルの部屋は、見回しても大して見るものはない。かなり狭く、殺風景な部屋だった。ここにいることが少ないので、布団と机があれば事足りるのだ。


彼女は、トヲルに視線を移す。


「アナタは・・・?」


「キミの・・・、ご主人様かな。」


トヲルは、真顔でそんなことを言っている自分に、物凄く違和感を覚えた。だが、シオンから貰った手順書には、主従関係を明確にすると明記されてあったのだ。既に購入代金を払っている以上、恥ずかしくともやるしかない。


「ご主人・・・?」


彼女は何か考えているようだ。


(それにしても、似ているな・・・。)


トヲルは彼女の面影に、知人の面影を重ねる。


それは、トヲルが中学生の時の話だ。片思いで、告白するつもりもなかったのに、結果こっ酷く振られた。それからの学校生活は苦痛だった。今考えると、家庭内のゴタゴタもあり、あの頃は少々荒れていたのかもしれない。


彼女は、おずおずと口を開く。


「・・・そうですか。現状を理解しました。・・・これからボクは、アナタに酷いことをされるんですね。」


「は・・・?」


意味が分からず、面食らうトヲル。


「ボクは・・・、自分自身が誰かも分かりません。ここがどこかも。・・・でもこれだけは分かります。きっとアナタは、何も知らないボクにあんなことや、こんなことをするんですよね・・・。なんていやらしい・・・。」


「えっと・・・、いやぁ?・・・その、何の話?」


「もうボクは、一生この牢獄から出られないのでしょう?」


「牢獄て。・・・失礼だな、オイ。これでも俺の部屋なんだが。」


「でも、それでも・・・。ボクの心はボクだけのモノです。例え身体を許しても、心までは許すつもりはありません!ボクは絶対に屈しません!!」


「一応、身体は許すんだな・・・。って、違うわ!!なんかすごい思い違いがあるみたいなんだけど・・・。」


「さぁ、アナタの好きにするがいいのです。その不埒な欲望のままに、ボクのこの柔らかい肌を貪ればいいじゃないのさ!!」


キッと、トヲルを睨みつけるシルフの少女。


「いいじゃないのさ、って。別に俺は・・・。」


「いやぁ!!・・・さ、触らないで!!」


「・・・え!?」


別に触れようとしたわけでもないのだが、突然の意味不明な問答にトヲルには拒絶感があった。そのせいで、無意識に両手を前に出していたのだ。・・・おそらく彼女からは、いやらしく触れようとしたように見えたのだろう。


「違っ、違うって・・・。」


「ボクの身体に触れて良いのは、ボクの最愛の人だけです!!」


「・・・いや、身体は許すんと違うんかい!」


トヲルは支離滅裂な彼女の言葉に、思わずツッコミを入れる。しかし、次第にこの不毛なやりとりに疲弊していく。


「・・・とりあえず、俺の話を聞いてくれない?」


「いいえ、いやらしいアナタの言葉なんて、ボクは聞くつもりありません!」


結局、それから小一時間ほど、この問答は続いた。・・・彼女はどうやら思い込みが激しく、人の話を聞かない性格設定のようだった。


「・・・先が思いやられるな・・・。」


トヲルは、初日からドッと疲れた。


一応なんとか誤解は解いたものの、だんだん何をやっていたのか当初の目的も忘れそうだった。


「・・・最近のAIってすごいんだな。でも、こういう面倒な人間臭さは要らんかな・・・。」


「何か言いましたか?・・・それで、ボクはアナタと共に生き、アナタと共に戦えば良いのですね。」


「ああ、そういうことだ。頼むよ。・・・えっと、キミの名前は?」


「・・・名前。・・・分からないです。すみません・・・。」


「記憶がないんだったね。もし良かったら、こちらで付けてもいいかな?無かったら不便だし。」


シルフの初期は、記憶喪失設定だと手順書に書いてあった。名前はつけられるようだが、彼女が気に入るかは分からない。


「はい、あまり変なのは困りますが・・・。」


「一応考えてたんだけど・・・、"アナト"ってのはどうかな。」


「アナト・・・?どういう意味ですか?」


「えっと・・・、神話の女神の名前だよ。」


「はぁ・・・。」


興味なさげな彼女。


「愛と戦いの女神らしいよ。」


「愛・・・。なるほどそういうことですか。ボクにぴったりですね!そういうことは先に言ってください。・・・ではよろしくお願いしますね。ご主人様!」


よく分からないが、彼女は納得してくれたようだった。


・・・だが、トヲルはすごく疲れていた。

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