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突如現れた謎のギガント"黒騎士"。
それは、騎士というにはあまりにも薄汚れていた。ボロ布のような漆黒のマントを見に纏い、深い闇を彷彿とさせる黒い全身鎧。そして、何よりも、その巨大な両刃の剣。その真っ黒い刀身は、鈍い光沢を宿す。
今が闇夜の中であったなら、一切を視界から消し去ってしまうだろう。だが、今は日中。その巨大な黒は、あまりにも異質だった。
トヲルは黒騎士に目を奪われた。薄汚れているのに、なぜか美しいと思ってしまったのだ。見た目と裏腹に、洗練された体捌きはあまりにも芸術的だった。
「・・・黒騎士?有名なランカーなのか?」
「いや、ランカーじゃない。・・・アイツは闇討ち専門みたいでさ。神出鬼没で、急に襲ってくるんだよ。」
「闇討ち・・・。」
「元々、こういう野良での戦闘って、ランキングに関係ないし。相手を倒せば、一部の装備は奪えるんだけど、ちょっと非効率でな。精々腕試しってとこだ。ただ黒騎士は、あちこちでああやって闇討ちしまくってんだよ。」
トヲルとシオンが話している間も、釘姫と黒騎士の戦闘は繰り広げられている。
速さで翻弄する釘姫と、その巨大な剣で有無を言わさず打ち据える黒騎士。対照的な両者ではあるが、明らかに黒騎士の方に分があるように見える。
それはその切っ先の速さだ。巨大な剣が、釘姫のスピードに拮抗しているのだ。これでは、釘姫は近付くことすらできない。
「すごいな。ギガントはあんな動きができるんだな。あんなの一体、どう操縦してるんだ?」
「いや、ギガントは基本、音声入力のみだよ。・・・アレあったろ、エイリアン捕まえて戦わせるゲーム。育成して強化して、大会とか出てさ。」
「んー?・・・ああ、ポケットエイリアンか?懐かしいな。」
「それそれ。あれをそのままロボットにしたイメージ。攻撃だ!必殺技だ!みたいに命令するだけ。それでも今のAIすごいから、色々細かい指示できるよ。」
「へぇ・・・。」
釘姫と黒騎士の乱戦は、縦横無尽に街を駆け巡る。気が付くと、トヲルらのいるビルのすぐ近くまで、その場所を移していた。
「・・・オイ、待て、こっちきたぞ!?うわっ!?うわああああ!!?」
黒騎士の大剣が、トヲルらのいるビル目掛けて打ち下ろされる。屋上にいるトヲルは、つい避けようと身を捩った。・・・だが、あくまでもメガネを通した仮想の代物である。その一撃で、トヲルが怪我をすることはない。
冷や汗を拭うトヲル。シオンはその様子を見てニタニタと笑っている。だが、トヲルは見逃さない。シオンも、ビクッと身体を硬直させていたことを。
「デ、デカいな、ホント・・・。」
トヲルは、ビルの屋上からそれを見上げる。今、目の前に見えているものには、電子データだとは思えないほどの現実感と、あまりにも巨大な非現実感が同居する。それはトヲルにとって、体験したことのない強烈な刺激だった。
釘姫は回避に専念し、全ての攻撃を交わし続けていた。
「トヲル、見とけよ。釘姫、あれ、なんか狙ってんぞ・・・。」
「なんか?・・・カウンター的なやつか?」
釘姫は、虎視眈々とその時を待っていた。一撃を入れられる、その一瞬の隙を。そして、釘姫の切っ先が黒騎士に届こうとしたその時。・・・横槍が入る。
巨大な鉄球だった。
釘姫は、身を捩ってそれを躱す。黒騎士はそれをモロに受け、吹き飛ぶ。トヲルたちは、その鉄球が飛んできた方向に視線を移す。そこには新たな5体。
「・・・オイ、なんかまた、別のがワラワラ出てきたぞ?」
「1vs1vs5か。こういうのあるから、野良は面倒なんだよな。」
「・・・って、あ!?消えた!?」
釘姫と黒騎士は、同時に姿を消失させた。
「逃げたな。まぁそうだな。俺でも逃げるわ。」
「・・・途中逃げできるシステムなんだな。」
「野良はね。ペナルティなし。ランキングとかならあるけど。」
結局、鉄球野郎を含む5体は獲物を逃し、その場に立ち尽くしていた。どうやらこれで、今回の戦闘は終了したみたいだった。
シオンは、トヲルに向き直る。
「・・・それでどうだった?まぁ倒したり倒されたりはなかったけど、面白そうだと思わん?」
「うーん、どうかなぁ。惹かれるものはあるけど・・・。」
「巨大ロボで戦って、目指せランキング上位!ってさ。結構燃えるだろ?」
「そうなぁ。迫力はあるよなぁ。」
「・・・ところで、トヲル。オマエ、バイトの時間、大丈夫なの?」
「え?・・・あ、ああああああああ!!?」
トヲルは必死の形相で、そのまま階段を駆け降りていく。シオンは慌てて叫ぶ。
「あ、オイ!・・・考えておいてくれよ!!・・・って、聞こえてないかな。」
シオンは、トヲルが消えていった階段を一人見つめていた。
*
ビルの谷間。その細い路地裏は、人通りが殆どなかった。
そこに少女がいた。
彼女は、近所の有名な中学校の制服を身に付けている。黒髪を後ろに縛り、見た目はどこにでもいる中学生だ。カバンを大事そうに抱え、息を切らしていた。そしてその側で、XR上のシルフ女性がふわふわと浮遊している。
彼女は息を整えながら、シルフ女性に話しかけた。
「釘姫、大丈夫?・・・怪我ない?」
「大丈夫。問題ありません。
少女の名前は紅緋。釘姫の主人だ。女子中学生であり、大人しい優等生タイプ。それがなぜ、こんな非公認の怪しげなゲームを行なっているのだろうか。
釘姫のシルフは、スラリと手足の長い女性だった。その優しい眼差しは、紅緋を優しく包み込む。まさかこんな彼女が、あの一撃必殺の赤いギガント"釘姫"だとは、ひと目では分からないだろう。
釘姫の無事が分かると、紅緋はホッとした。
「うん・・・。だって、あんなの・・・。」
「とうとう出ましたね、黒騎士。いつかは、と思っていましたが。・・・それにしても、もう少しで一撃入れられたのに・・・。でも、もっと早くあの形に持っていけないと、綱渡りが過ぎますね。もう少し修練が必要です。」
「そうだね。釘姫ならできるよ。・・・一緒に頑張ろうね、釘姫。」
「ええ、紅緋。貴方と一緒なら、私はどこまでも強くなってみせますよ。」
そうして二人は、街の雑踏へ消えていった。
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