1-4

トヲルは、教室の窓から外を眺めていた。


「はぁ・・・。」


ため息が出る。


何か考えると、いつも真っ先に出てくるのはお金のことだ。トヲルの家は裕福ではない。父親が再婚し、血の繋がらない母親と妹ができた。だがその直後、父親は蒸発し、トヲルは血の繋がらない家族の元に残されてしまった。


それで、いっそグレてしまえば良かったのかもしれない。だが、生来の生真面目さから、そう簡単には割り切れなかった。いい加減な父親は反面教師だったし、新しい母親は気の良さそうな人だった。何より、新しい妹は身体が弱かった。


・・・単純に放っておけなかった。


だから、バイトの稼ぎも殆ど家に入れている。・・・そしてそのことで、新しい母親はいつも申し訳なさそうな顔をする。だが、彼女は悪くはない。責めるべきは父親の方なのだ。息子としては、逆にそれが申し訳ないとさえ思っていた。


昼食をとったばかりだが、全然足りなかった。


男子高校生にとっては、根本的に量が少ないのだ。早朝から出かけてしまう母親の代わりに、朝食も弁当も自分で作っている。だから、自分の弁当は、自分で少なめにしていた。・・・それは勿論、金銭的な理由だ。


「・・・たまには、たらふく食べたいなぁ。」


お腹を満たしたいという欲求と、このままで良いのだろうかという不安。それらは、いつもトヲルの脳裏にあった。高校生でありながら、バイトや家事に明け暮れる日々。窮屈で、・・・純粋に退屈だった。


だが先日、衝撃的なものを見た。


『ギガントマキア』。


もしかしたらそれは、この退屈な日常を吹き飛ばしてくれるのかもしれない。



公園のいつのもの場所。


トヲルはバイトまでの僅かな空き時間を、ここでぼーっと過ごすのが日課になっていた。いつものように木陰で涼んでいると、シオンがやってきた。


「またバイトか?」


「ああ、またバイト。」


「毎日入れてんの?マゾくない?」


「毎日入れてんだよ。マゾイよ。辞めたいよ。・・・でもお金ないから、辞められないんだよ。」


「・・・で、ギガントマキア、やるの決めた?ランキングやろうぜ!」


「んー興味はあるけどなぁ。・・・金、かかるんだろ?」


「まぁな。でもゲームなんて、どこかで金かかるもんだしなぁ。ギガントマキアは特に結構かかるかも。」


「だろ?・・・俺には無理だ。」


「でも、ギガントマキアで金稼げるよ?ほら、俺が手伝わんかって言ってたのも、それよ。野良戦の他に、ランキングやコンクエとか色々あるんよ。」


「稼ぐ?ゲームで?・・・リアルマネーの話?」


「うん、そう。・・・まぁ、そのためには勝たないとならんのだけど。」


「ふぅん。」


「・・・気乗りしない感じだな。ランカーとかだと、こんくらいらしい。」


シオンはそう言って、トヲルに電子データの資料を見せた。


「・・・はっ!?え、なにこれ!?桁間違ってない!?」


「な?すごいだろ、これで稼げれば、バイトなんてしなくたって・・・。」


「で、それで勝てるためには、どんだけ金が必要なのよ?」


「うーん、まず最低限だと・・・、こんくらい?」


シオンは別の資料を見せた。


「・・・だああ!!無理だ、そんな金無いって。」


「まぁまぁ、とりあえずさ。シルフ選びだけでもしてみなよ。女の子ちゃんには興味あるだろ?友人割でお安くしといてやるからさ。」


「いやぁ、だってなぁ・・・。」


トヲルは断るつもりだった。勿論興味はあるのだが、先立つものがない以上、諦めるしかない。だがその時、シオンの肩に触れているシルフ"瑤姫ようき"と目が合う。


シオンがグイッと身を乗り出してくると、同じように瑤姫も一緒に身を乗り出してくるのだ。・・・目のやり場に困るような、グラマラスなおねーさんが。


「な?まぁちょっと見るだけ見てみなよ?買う買わないは置いておいて、人生経験としてさ。知っておくのも悪くないじゃん?」


「・・・お、おう・・・。人生・・・、経験・・・、なぁ・・・。」


トヲルの視界には、最早瑤姫しか見えていなかった。・・・結局、トヲルはシオンに促されるまま、とりあえずシルフを見てみることにした。



シオンは怪しげな店を開き、商品を並べた。


透明な入れ物がいくつか並んでいる。それは筆箱ぐらいの大きさで、中にシルフが眠るように横たわる。トヲルはそれらを手に取り、つぶさに観察する。


シオンはニヤニヤとしながら、トヲルの表情を窺う。


「・・・で、どうよ?」


「どうって。シルフって、キャラエディットできるわけじゃないんだな。」


「ここまでリアルだと、もう素人に手出しできんて。たぶん俺らがやっても、クリーチャーしか出来ないわ。・・・その代わり、シルフに同一個体はないよ。唯一無二なんだ。」


「コピーできないってこと?」


「最近、特定データを一意に保つ技術で、暗号化と組み合わせてなんかニュースになってたろ?あれじゃないかな。・・・知らんけど。」


「ふぅん。それにしても、なんか人身売買みたいで背徳感あるなぁ。」


「まぁ実際、"野良のギガントを捕獲してきた"設定だしな。ギガントは捕獲されると、シルフになるんだよ。そしてその際、記憶を失う、と。・・・まぁ、そこはあくまでも設定だから、あんま気にすんな。・・・で、それにするのか?」


「・・・オマエ、分かってて言ってんだろ。」


「ちょっと似てるよな。俺も思った。」


トヲルが手にしていたシルフ。それは、誰かに似ている気がしていた。


・・・中学の時の苦い記憶が蘇る。

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