第3話 二人がいいの
新月
★★★
いつものように仕事から帰り、服を着替えて散歩に出かける。だぼっとしたパーカーのポケットには缶チューハイをしのばせている。
陸橋の階段を上りきると、あっち側の歩道寄りに先客がいた。いつもの私のように、上の方を眺めている一人の女性。
(げ、先客がいるのか、、。一人で貸切状態なのがここの良いところなんだけどな。。)
そう思い、ちょっとがっかりした気分でこっち側の歩道寄りを陣取った。数メートルは距離がある。ここならあの人にも邪魔にはならないだろう。
ただ、ここで缶チューハイを開けるのはためらわれた。気づかれたらちょっと恥ずかしいかも。
(うーん、今日は家に帰って飲もうかな。)
車のライトをじーっと見つめながら、陸橋に軽く身を乗り出して両手をだらんと下げた。そんなことを考えてもう帰ろうかと決めたときだ。
「今日はお酒飲まないんですか?」
「え?」
誰もそばにいないはずが聞こえたその声に、体をビクッと揺らすと、反射的に声の方に振り向く。あっち側にいた女性がなぜか目の前に来ていた。
「あ、え?」
何事か理解が追いつかずに相手の顔をちらっと見る。同じ歳くらい?怪しい人かと一瞬警戒したけど、よく見るとニコッとこっちを見て笑っていて可愛らしい顔をしている。すると、彼女が2歩、3歩近づいてきて、隣に来ると、スッと腕を上げて、
「あそこのビル。上の方に電気ついているところあるじゃないですか。6階なんですけど、私あそこで働いているんです。」
指をさされた方向を見ると、確かに電気のついている階がある。私が月を見ているときにちょっと邪魔に感じる大きなビル。んえ?な、なに?
「あそこから、貴方がいつもここにいるのが見えるんです。」
「あ、そうなんだ・・・。え?」
「仲良くなりたくてきちゃいました。良かったらちょっとだけ隣に居てもいいですか?」
そう言って、彼女は小さな缶ビールを2本、コンビニの袋から取り出した。
「これ、飲み終わるまでで良いんで、一緒にお月見したいんです。ダメですか?」
想像していないことが起きて、私はうまく言葉が出てこなかったけれど、ダメですか?と言う彼女の顔がなんとなく、とても魅力的に見えて、、もう少し話してみたいと思ってしまった。
「いいですよ。でも、今日新月なので、月は見えないんですよね。笑」
「え、そうなんだ、、、あ、じゃ、じゃあ、ただビール飲むだけでもっ!」
そう言われて、ポケットに手を突っ込むと、私は自分が持ってきた缶チューハイがあるのをバレないように奥へと押し込んだ。
「うん、じゃあ、いただきます。」
★★★★
それからしばらく、お互いのことを話して、私が陸橋さんというあだ名になっていること、ずっと話してみたいと思われていたことを知った。
少し顔が赤いように見える彼女は、とても楽しそうに私の隣にいて、会話が途切れることがなかった。
陸橋の下を走る車のランプを眺めながら、両手をフリフリとゼスチャーしながら忙しめに話す彼女の横顔を盗み見る。
「横顔、綺麗だな。。」
あまり見ているとバレないように、ふいっと自分も体を前に向けて、同じように車のランプを見た。
だから気づかなかった。彼女もそのあと私の横顔を盗み見ていたことを。
「明日はまたここに来る?」
どちらが先にそう聞くかは時間の問題。
それから、「二人がいいの」とお互いが思う日は、そう遠くない。
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ちょっとだけおまけを明日アップします。
思いついてしまった。
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