106.クロガネの史 絆?


「なんてこった」


 古の勇者、賢者、聖女、いわば古の三傑ともいえる存在か。


 勇者は、俺のご先祖様【ラグナ・ブレイブ】。


 賢者は、初代国王【エドワード・グラン・エーテルダム】。


 どちらも現代を生きる俺とエドワードにそっくりだった。


 しかし、そこへ現れたのが古の聖女。


 オーシャン男爵家の令嬢、【パトリシア・フォン・オーシャン】。


「こいつだけ違うぞ、今と」


 頭が混乱してきた。


「うーん、てっきり聖女はマリアナ・オーシャンだと思ってた」


 流れからすると登場するのはマリアナそっくりの女性。


 なのだが……パトリシア、お前だったか。


 まさかとは言わないが、俺の脳内にあるゲームの世界が幻想。


 聖女とは、本当の本当にパトリシアだったりするのだろうか?


 いや、無いか。


 学園長ヴォルゼアが、マリアナを特別扱いする理由がわからない。


「間違ってないですぞ」


 この世界を知った気でいたが故に、少しばかり愕然とする俺をフォローするかのようにセバスが言う。


「彼女もまた聖女の因子を持った生まれ変わり、とでも言えばよいのでしょうか」


「だったらパトリシアも聖女って言ってるようなもんだが?」


「ですな」


「あのムカつく女が聖女? だったらアリシアの方が聖女だね!」


「まあまあ落ち着いてください坊っちゃん」


 セバスがパチッと指を鳴らすと、再び映像が流れだす。


 深い深い奈落の底の真っ暗な闇360度をスクリーンにして、情報が頭の中に流れ込んでくる。


 ちなみに、こうしてやいのやいの言っている間も俺たちは真っ逆さまで落ち続けている。


 あまりにも落ち続けるもんだから、いつの間にかセバスが用意していた椅子に座り、等速で落ちていくテーブルの上に載せられたクッキーを摘まみコーヒーを飲みながらの記憶視聴会となっていた。


 コントでありそうだな、この光景。


「逆さまで落ちてると、意外と零れないもんなんだな?」


「さすが坊っちゃん、順応が早いですな」


「味は相変わらずしないが、まあ雰囲気だけでもマシか」


 紅茶とかコーヒーとかって、基本雰囲気で味わうもんだしな。


 嗜好品のスパイスは、大概その日の気分なのである。


「現段階では、色々と疑問が尽きないと思われますが、とりあえず見ていればわかります故」


「了解」


 味気の無い茶菓子は、寂しい口元を遊ばせてくれるアクセントということで、流れ込んでくる映像に意識を向ける。


 いにしえのエドワードがパトリシアをしつこくデートに誘う光景が映し出されていた。




『パトリシア殿! デートに行きませんか! 見てください、貴方に良く似合うネックレスをご準備させていただきました!』


『ネ、ネックレスだけ受け取っておくわね』


 シーンは刻々と切り替わる。


 乙女ゲーの世界にもありがちな【フラグが経ったキャラの熱烈アピール回】のようだった。


『パトリシア殿! デートに! 見てください、今回は指輪を特注で作らせました。貴方の聖属性にはよく似合う』


『指輪は貰っておくわね』


 ネックレスに、指輪に。


『パトリシア殿! 今回はブレスレットを特注で作らせました。どうでしょう光属性すら霞むこの輝き。ではデートに』


『ありがとう。でもこれから仕事なの』


 ブレスレットに、ピアスに、どうやら毎日アプローチをかけているらしい。


 エドワードはパトリシアに色んなものを貢いでいた。


 飽きもせず、この瞬間が一番楽しい幸せだという風に。


 現代と少し違うのは、瞳から感じる色合いか。


 現代のエドワードがパトリシアに向けるようなものではなく、どことなく現代の俺を見るようなキラキラとした憧れのような眼差しであると言うこと。


 それにしても、貢がれる物にどこかで見たことあるなと既視感を覚えていたのだが、どれもこれもゲーム内で聖具として祀られているものばかりだった。


 こうしてできていたのか、あの聖具。


 そう考えると、ダンジョンの奥深くにある理由がなおさらわからなくなってくるものだが、そこは今は関係ないか。


『よくもまあ、あれだけ熱意をもってアプローチをかけれるもんだな』


 プレゼントを渡すだけ渡して満足そうに去っていくエドワードの様子を見て、呆れた表情でそう溢すのはラグナ。


『で、お前も曖昧な返事のままでよくつけてられるよな……?』


『貰っておいてつけないのは悪いでしょ?』


 会うたびに増えていくパトリシアのアクセサリー類を見ながらラグナは言った。


『良い性格してるよな』


 いっそ突き放すのも一つの優しさだとは思うのだが、律儀に身に着けるからプレゼントが嵩んでいく。


 そんな姿にラグナは大きく溜息を吐いていた。


『ふふ、別に嫌いじゃないし、いいじゃないつけたって』


 パトリシアは、エドワードが去っていった方角を見つめながらくすりとほほ笑む。


『国は混乱し、外は魔物でたくさん。そんな中、居ても立っても居られないって感じで足掻く彼の姿は嫌いじゃない』


『そっか』


『まだこの国は終わりじゃないって、そう感じさせられるじゃない?』


『まぁね』


『どうして急に魔物が蔓延り出したのか。根本的な原因はまだ不明だけど、彼ならきっと、良い方向に民を導いてくれるんじゃないかしら?』


 期待の籠った視線をラグナも否定することはなかった。


 史実では、セバスの説明では、このエドワードがあの障壁を作り出したとされている。


 聖女を利用して。


 そんな未来のことなんて知る由もない過去の英雄たちは、明るい未来を夢想するかのようだった。


『じゃあラグナ、私たちも行くわよ?』


『へいへい』


『魔物によって傷ついた人たちが大勢待ってる。まつりごとなんて、私も貴方も得意じゃないでしょ? だからこの足を使って一人でも多く助けるの』


 顔面はパトリシアに似てるくせに、言葉はまともだ。


 脳がバグりそうになるのを耐えて、二人の会話に意識を向ける。


『お前はそうでもないんじゃない? やろうと思えば貴族を相手に上手く立ち回れるだろ?』


 行けるよな、と過去のラグナの言葉にうなずく。


 国相手にあれだけ立ち回れる傑物なのだ。


 生まれ変わったパトリシアは。


『私は無理』


 頭の後ろで手を組むラグナの言葉に、パトリシアは短く返した。


 障壁の無い、何にも覆われてない明るい空。


 どこまでも広がる限りない自由の象徴を見上げながら、彼女は言葉を紡ぐ。


『私は……どっちか一つを選ばなきゃいけないって時に、選べるほどの強さを持ってない。だから足が動く限り、魔力が持つ限り、自分の使命を果たさなきゃ』


『えらい心がけで』


『これがえらいと言うのなら酷く独善的なものよね。選べないから選ばないという保身でしかないんだから』


 トロッコ問題か……応えの無い問答である。


 少し悩む様な素振りを見せるパトリシアに対して、ラグナは言う。


『悩んでも仕方なくないか? 全部救えば、それで良いだろ』


『もちろんそのつもり。でも……』


 そう言いかけたところでパトリシアは首を振って決意に満ちた表情を作る。


『うん……この国に満ちる瘴気の原因を突き止めて何とかして見せる。それが使命なんだから』


『それが一番話が早いな』


『もちろんエドワードだけじゃない。ラグナ、貴方にも信頼と期待を寄せてるわよ? 不死身の冒険者さん?』


『元々不死身じゃないけどな、死ぬときは死ぬ』


『私が居れば不死身よ。私には火の粉を払える技量はないけど、助けるための魔力がある。だから今後とも力を貸してくれる?』


『任された。約束だからな』


 町の外へと続く道を歩きながら、二人はそんな会話をする。


 ふと、パトリシアがラグナを振り向いて微笑んだ。


『でも、なんだかんだ諦めが悪いところって貴方ともそっくりよね? しぶといと言うかなんて言うか、似た者同士じゃない?』


『一緒にするな! 虫唾が走る!』


 そこで一度映像は途切れた。


「いやはや、これから国を救う3人の英雄の一幕ですな」


「そうだな」


 これも乙女ゲーの一つのシナリオと言っても良い、そんな三人の間柄である。


 エドワードとラグナも最初は犬猿の仲のような形ではあったが、なんだかんだお互いを認めてそうなそんな形に収まっていた。


 なんだか癪だがな、現代を生きるラグナである俺としては。


 それよりも俺とパトリシアがお互いフラグが立っていないところが何とも一安心と言ったところか。


「でも、のほほんとしてらんないと思うけど?」


 この関係性からいったいどうやって聖女を障壁にしようとしたんだ。


 愛の成れの果て、憎しみか。


 勇者と言われたご先祖様であるラグナ・ブレイブが、聖女の傍に常にいるような状況で、いったいどうやって。


「ま、見てればわかりますな」


「もう賢者の闇落ちルートを知ってるからなあ……」


 さらりと告げるセバスだが、この先にエドワードの闇落ち展開があることは知っている。


 これが血に宿された過去の記憶ならば、歴史と同じだ。


「いったい何が原因で闇落ちしてしまったのか……そこは気になりませんかな?」


「どうったってお前のせいだろ全部。瘴気も何もかも」


「これはこれは、そうでしたそうでした」


 ほっほと笑っているが、てへぺろしたところでその因果が消えるはずもなく。


 しかしながら元をただせば、彼らのいた時代より前の国王が行ってしまった蛮行によるもの。


 悪魔は、悪魔として人の欲望を叶えたに過ぎないので、責任の追及なんてしようもなかった。


「まあ、起こったことは仕方ないよな」


 これは過去の話であり、ここからどんな展開があろうともそこで何を思おうとも起こってしまった事実を変えることはできない。


 そもそも知ったこっちゃないのだが、不様に犬死した俺が復活するための起死回生の一手がこの先にあると言うのだ。


 だからとりあえず見ておこう、と言った心持ちである。


 そして映像へと再び意識を戻す。




『――ちくしょう』




 雨が降っていた。


 その中に、ぽつんと一人、勇者ラグナが立っていた。





「いや急展開過ぎだろ」



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