107.クロガネの史 刻


 土砂降り、砕けた城門、崩壊した家屋、たくさんの遺体、たくさんの死骸、そんな中で一人だけポツリとたたずむ過去のラグナ。


『――ちくしょう』


 勇者ラグナ。


 俺のご先祖様は、明らかに戦争直後のような荒廃の中で一人沈痛な面持ちで立ち尽くしているのだった。


「いや急展開過ぎだろ、なんだこれ」


 さっきまでめっちゃイイ感じだったのに、高低差がすごい。


「まあ、あまり思い返したくもない記憶なんでしょうな」


「ならいいや、先に進めてくれ」


 さっさと復活するための何たるかを探らないといけないからな。


 結果は知ってるんだから良いじゃないか。


 時短だ、時短。


「いいえ、それはいけません」


 ――パチン。


 セバスが指を鳴らすと映像が巻き戻る。


「隠し事は厳禁、それが私との契約となっておりますから。また血脈に刻まれた意志を伝えていくことも」


「……プライバシーの欠片もないな」


「ええ、アリシア様との生活もすべて筒抜けとなりますな」


「本当に欠片すらない!」


 セバスの一言は洒落にならない。


 これから先、どんな時もセバス。


 いついかなる時もセバス。


 ああ、こいつに見られてるんだなって。


 そんな思いが付きまとうじゃないか。


「まあ、それは死んでからですが」


「だったらまあ良いか」


 別に。


「しかし、坊っちゃん」


「ん?」


「このまま行きますと坊っちゃんは首ちょんぱされたままデッド」


 無情な現実である。


「いやはや私個人と致しましては、お二人の生活がどのような有様だったのか気になるところですが、拾える命は拾っておきませんと」


「未だに首ちょんぱから生き返る方法がよくわからんけどな」


 過去回想のみで確信的な部分に触れた話をしていないだけあって、今の状況はかなり気持ち悪い。


 完全な首ちょんぱからの復活って、もはや悪魔である。


 イメージするならば、悪魔になったジェラシスか。


「悪魔であるお前と契約することによって不死身の完成ってことか?」


「ブレイブ家は悪魔と契約できませんよ」


「いや血脈と契約どうこう言ってたじゃん」


 はい論破。


「わかってませんな坊っちゃん。契約しているならば、そもそも初代様は死んでいないはずでは? 今私を論破したとお思いですね? まだまだですな、坊っちゃん」


「ぐっ、話が進まないから早く先に進めてくれ」


 口喧嘩でセバスに勝てる日なんて来るのだろうか。


 来なそうだ。


「坊っちゃん、焦らずに」


 どことなく優しい口調でセバスは再びパチンと指を鳴らした。


「この先を見ていればわかりますとも――すべて――」


 意識が映像に。


 俺の身体に流れる血に記された記憶へと。


 吸い込まれて行く――。






『――もう無理です。パトリシア様、これ以上無理していけません』


『喋らないで、絶対助ける』


 崩れた城壁の傍で、瀕死の重傷を負った兵士の前でパトリシアは泣いていた。


 瓦礫の下敷きとなってしまった兵士は、大粒の涙を流しながらも歯を食いしばり自分を励ますパトリシアの姿を見て首を横に振る。


『死に行く私より、もっと大勢が貴方を待っています……』


『黙りなさい』


 下半身はすでに潰れていて、生きているのが不思議なくらいだった。


 それでもパトリシアは諦めなかった。


『貴方が、最後まで残って避難を呼びかけていたからこそ、魔物を押し留めたからこそ、被害は城門で済みました』


 それは何故か? ――見ていたからだ。


『怪我を負ってしまった者たちの命に別状はありません。それよりもまずは死にかけている貴方を救いたいんです』


『パトリシア様……』


『今の世は、貴方のような方が一人でも多く生き残っていて欲しい。歩けるようになるかはわからないけど……諦めないで』


 この状況を打開したい。


 そう願って自己の犠牲を厭わない人がいなくなるのは良くない。


 だから生き残るべきだ、とパトリシアは話す。


 そうしなければ緊張の糸が切れてしまう。


 この国は今、それだけ危うい状況に立たされていた。


 少しでも誰かが諦めれば、崩壊するのは城壁どころではなくなる。


 国そのものがなくなりかねない。


『だから生きて。どんな状態でも、状況でも、みんなで生きる。国は今、原因を探して何とかしようと動いてるから歯を食いしばる』


『はい……』


 兵士だって、今がどんな状況か知っている。


 パトリシアの言葉は兵士に深く突き刺さり、涙を流しながら治療を受け入れていた。


 自分たちの世代で解決するか、誰にもわからない。


 しかし、想いは伝わる。


 その前に、人々が犠牲に慣れてしまうなんてことは、絶対にあってはならないのだ。


 慣れてしまえば、英雄は生まれてこない。


『私は貴方みたいに身体を張って誰かを守ることはできない』


『そんな……パトリシア様……』


『でも貴方のように、苦難を乗り越えるべく立ち上がった者たちの灯火を繋ぐことはできる。だから生きることを諦めないで』


『はい……』


『もうすぐ彼が、竜と一緒にみんなを助けに来てくれるんだから……』


 パトリシアの声に、怪我を負った兵士は安らかに瞳を閉じる。


『必要なのは、偽りの力ではなく……本物よね』


 雨がポツポツと降り始める中、魔力を消耗して汗だくになりながらパトリシアはそう呟いた。


 そんな彼女の元に一台の馬車が現れる。


 馬車から降りてくるのは飾りっ気の多い上等な貴族服を身に着けた男性二人とエドワード。


『――なんですって!!』


 エドワードから何かを告げられたパトリシアは、先ほどまでの慈愛の籠った表情から一転して、怒声とともにキッと彼を睨みつけていた。


 雨は徐々に強くなっていく――。






「――これがパトリシア様の想いですな」


「うわぁなんかすごく気になるところで急に途切れた!」


 良いところでCMに切り替わった気分である。


 それにしても現代のパトリシアとは大違いだ。


 まさに聖女と呼ばれても差し支えない、そんな優しさを持っている。


 そこで少し疑問が頭に浮かんだ。


「あれ? 何で血脈にパトリシアと兵士の一幕があるんだ?」


 勇者ラグナが一切登場しないのに。


 血の記憶ならば、現代の俺のようにどこかで監視しているとか。


「簡単な話です。国に蔓延っていた諸悪の根源が私ですから」


「ああ、なるほど」


 映像がよりドラマチックになるように継ぎ足したそうで。


 だったらそれで良いのだが……いや、それで良いのか?


 諸悪の根源と自分で言ってるが、なんだかな。


「でもわかりやすくしなければ、真意は伝わりませんので」


「じゃあ解説でもしてくれ」


「仰せのままに」


 そうしてセバスの補足が加えられつつ、再び映像は流れ出す――。






 崩れた城門付近で救護に携わっていたパトリシアの前に、家臣を連れたエドワードが姿を見せていた。


『エドワード! 今、なんて言ったの!』


 怒気をはらんだパトリシアの声。


 キッと睨みつけるパトリシアを前に、正面に立つエドワードはどこか事務的な顔つきでこう言った。


『城下町は放棄することが決定した。だから君を連れ戻しに来た』


『どういうことよ』


『時間がないんだ』


『説明してくれなきゃ、私はここを一歩たりとも動かないわよ』


『詳しい話は城で話す』


『いいや、ここで話しなさい。私は絶対に動かないから』


 頑なに拒むパトリシアを前に、エドワードは少し溜息を吐くと従えていた部下に目で合図を送る。


『なっ!? ちょっと、放しなさい!』


 両腕を掴まれ身動きが取れなくなったパトリシアは、強制的に馬車へと連行された。


『王命だ。【パトリシア・フォン・オーシャン】、城まで来るんだ』


『エドワード……!』


 聖女と呼ばれた人物でも王命には逆らえない。


 もうこの国に王なんていないのに。


 用意されていた馬車に押し込まれるようにして、パトリシアとエドワードは崩れた城門を後にする。


 車内、唇を噛みしめながら俯くパトリシア。


 そんな様子を少し悲しそうな表情で見つめながらエドワードは口を開く。


『凶報と朗報があるのだが、君はどちらから聞きたい?』


『……好きに話せば』


『では魔物の活性化いや、増殖現象についての裏が取れた』


 エドワードの話によると、血筋が途絶えていた旧王家の遺物から禁忌とされる悪魔召喚の書物が確認されたのである。


『過去からの呪いみたいな物だ。強い聖属性を持つ君ならば、薄々感じていたとは思うがね』


『……それは凶報?』


『残念ながら朗報だ』


 エドワードは大きく息を吐くと、凶報を伝える。


『蔓延る魔物に乗じて他国からの侵略行為が確認された』


『……知ってる』


 城門が崩壊した原因をパトリシアは理解していた。


 魔物の攻撃ではなく他国からの攻城用砲撃魔法。


『まさに負の遺産だ』


 エドワードは語る。


『この国が大国たり得たのは旧王家の侵略行為によるもの。覇王の裏には邪悪な存在があり、そのしっぺ返しが今、来ているに過ぎない』


 重たい空気が耐えられないのか、エドワードはさらに言葉を続ける。


『そして現状国をまとめる四家は、状況を打開すべく再び悪魔召喚を行い抵抗することを決めた』


『ッ!? 馬鹿なことを!!』


 悪魔との取引は禁忌であることは、いつの時代でも同じこと。


 それを再び行うなんて、以ての外。


『そのせいでこの国が今どんな状況に立たされているか、理解していないとは言わせないわよ!』


『もちろん理解している』


『だったらなんで!』


『今の状況が力無き覇道の成れの果てであることも重々承知の上で、決まったことなんだ』


『同じ過ちを繰り返すつもりなの!?』


『承知している! だが繰り返すつもりはない!』


 パトリシアの叫びに呼応するように、エドワードも声を荒げていた。


『だからこそ! 平民階級の一部の魂を代償に、一時的に行使することが決定したんだ』


『エドワード……あなた、それ本気で言ってるの……?』


『それならまだ……国中に蔓延する瘴気はどうにかなるんだ……』


 エドワードの表情にも苦痛が現れる。


 当然だ。


 好いている人物にこんな話をしたくはない。


 国を救おうと立ち上がった同志に。


 誰もよりも民のことを考えて、どんな時も笑顔を絶やさず、人一倍努力を重ねている人に。


 選ばずに全てを救おうと足掻き続けている人に、どうしてこんな残酷な言葉を送れようか。


『魔物の対応に軍を総動員させて、わずかばかりの補給路を切り開いて、この国はギリギリのところで踏み止まっているに過ぎない』


 今までは魔物の二次被害を恐れ、近隣諸国は手を出さなかった。


 しかし、緩衝地帯を抱えた国から、この国に恨みを持つ遠くの国からの干渉が起こり始めている。


『耐え忍ぶだけでは、この先、果たして未来があるのか』


『エドワード、未来はある。もう少しだけ耐えれば、ラグナが邪を払う竜と一緒に来てくれるから』


 パトリシアの言葉を聞いたエドワードは、ポツリと溢す。


『……時間が足りなかったんだ』


『エドワード……』


 魔物以外の脅威に晒されて、どう転んでも国が滅びかねない状況で、もう一介の平民を頼って、少し耐えれば何とかなるという希望に縋ることを他の三家は良しとしなかったのである。


 荒れた時代、生まれる英雄、されど国を動かすのは上層部。


 酷だ。


 英雄がどれだけ力を奮わせようが関係ないのだった。


『原因は過去にある。そして私が原因を見つけ出した時点で、他の三家がこういう手段を取る可能性はあった』


 両手で顔を抑えて、エドワードは大きく息を吐く。


『それを否定できない私もいた』


 どちらか一方を切り捨てて、もう片方を選ばなければいけない時。


 沈黙は、破滅を招く時。


 選ばなければいけない立場にあるエドワードには、どうすることもできなかった。


『君の言う通り、問題の先送りに過ぎない。だが、それでも最小限に留めることは可能だ』


 魔物が増殖し、強大な力を持つ原因。


 これを断てれば、ラグナとパトリシアがいる。


 一騎当千の英雄とすべてを癒す聖女だ。


 それは外交的な手札となり、諸外国への牽制にもなりうる。


『君にこんなことを言うのは酷だと知った上で、私は……』


 特権階級に居ながらも外へ出ることの多かったエドワードは、パトリシアと同じように他の民と絡むことも多かった。


 だからこそ。


 民を巻き込む決断と必死に戦う友二人にもそれを背負わせてしまうことへの責任を痛感し、徐々に声を奮わせていく。


『エドワード、落ち着きなさい』


『パトリシア……』


 そうして弱るエドワードをパトリシアは優しく抱きしめた。


『貴方がみんなを守ろうとしてる気持ちは理解してる。私も少し言葉が強過ぎちゃった、ごめんね』


『私一人で背負うべきなんだ、本来は……伝えなくてもよかったことを……』


『男なんだからシャキッとしなさい。大丈夫だから。貴方だけには背負わせない』


 パトリシアはエドワードの顔を両手で掴み正面に向け、少し笑う。


『ふふ、目まで真っ赤ね。泣き虫さん』


『わ、私は真剣に悩んで……!』


『泣かないの。どれだけ受け流しても空気を読まずに諦めが悪いのが貴方の取り柄でしょ? あたしは貴方のそういうところ、好きよ』


『パ、パトリシア……? 愛の告白なんていやそんな急に』


『そうね、決断するにはまだ早いわね?』


『いや今すぐに結婚式を挙げよう! 悪魔に頼るという汚名を私が来てしまう前に、汚れる前に君のものになりたいんだ!』


『あーはいはい』


『私は真剣だ!』


『それだけ元気になれば十分ね。エドワード、それよりもまず先に、やらなきゃいけないことがある。だから一緒に付いてきてくれる?』


 そんな押し問答をしている間に、馬車は城へと到着していた。


 雨はまだ降り続いている。


 だが、この瞬間だけはどこか二人の間に光がさしているようだった。


 パトリシアに手を引かれるようにして馬車を降りるエドワード。


 どっちがお姫様なのか、疑ってしまうような光景である。


 目を赤くしながらも笑顔を作るエドワードを満足そうに見ながらパトリシアは言った。


『私の身体、貴方に任せる』


『それは……いやさすがにまだ日中だから急すぎるって言うかなんていうか恥じらいも欲しいと言うか――』




 ――そこで映像は途切れ、場面が急に移り変わる。


 謁見の間。


 誰も座ることのない王座の隣に立つ3人の老人を前に、エドワードの手を握りしめたままのパトリシアは怯むことなく、こう言った。




『私の力をお使いください。聖女の魔力ならば、この国に振り撒かれた邪悪な魔力を浄化できるでしょう。他大勢の命を犠牲にすることを決めたのならば、聖女の命一つで十分なはずです』

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