105.クロガネの史 出会い
真っ逆さまに落ちていく記憶の回廊は、まさに奈落の底に続いているかの如く深かった。
しかし、この暗闇がまるでプロジェクターで映画を見た時のように鮮明に映し出すのだ。
極めて高位と思われる悪魔によって記された、ブレイブの血の歴史を。
◆
『よお、困ってんのか? 困ってんだろ、困ってそうだよな』
黒髪の男が、血に濡れた片手剣を肩に担いで長い金髪の男に手を差し伸べていた。
黒髪の男は、どことなく俺に似ている。
服装は、貴族のものではなく平民がよく着るような簡素なもので、その男はこう言った。
『――俺はラグナ。ラグナ・ブレイブ』
俺だった。
いやこれはブレイブ家の記憶であるからして、過去に俺によく似た奴がいたんだろう。
「初代様ですな」
「なるほど、こいつが勇者と呼ばれた男か」
そう思うと、中々かっこいいじゃないかと思えてきた。
俺に似てるんで、ええ。
『困ってる奴は見過ごせねえから、助けに来た』
初代ブレイブが笑いながらそう言うと。
『チッ、誰も助けなんて呼んでいない』
切り捨てられた巨大な魔物を前にして、腰を抜かしていたエドワードそっくりの金髪イケメンは、舌打ちをしながらその腕を払った。
『なんだお前、お礼も言えないのか?』
『貴様が勝手に助けただけのことに、何故お礼を言う必要がある?』
額に青筋を立てる初代ブレイブに対して、金髪イケメンは鼻を鳴らしながらそっぽを向いていた。
『髪の毛全部毟るぞこの野郎』
『その瞬間、貴様は侮辱罪で処刑にする。よかったな私が寛大で』
これは、何を見せられてるんだ?
金髪の男はエドワードによく似ているので、もしあのバカハゲが俺に対してそんなことを言っていたら問答無用で殴り飛ばしている。
「あれが古の賢者、エドワード・グラン・エーテルダムですな」
「マジかよ……」
めっちゃ似てるなと思ったら名前まで同じだった。
違う部分は髪が生えてるか生えてないかである。
フフンと熱い視線を送ってこないだけ、まだ古の賢者の方がマシではあるのだが、初代ブレイブも貴族相手にいきなりため口だなんて、中々攻めていると思った。
「これが古の勇者と賢者の出会いですな?」
「なるほど、それにしてもここはどこなんだ?」
どこの森かわからないが、エーテルダム家はずっと王都に屋敷を構えているのできっと付近の森である。
しかし、初代ブレイブが斬り捨てた魔物の姿は、ブレイブ領でも滅多に見ることのないとんでもない魔物だった。
羊のように湾曲した角を持ったライオンの頭部と身体、背にはコウモリの翼があり、尻尾は蛇――キマイラである。
「昔はこんなのが出ていたのか、王都周辺に」
「彼らが生れた時代、王都周辺以外はもう人が住める場所ではないとも言われていましたな」
今でこそ汽車で繋がり貴族の観光で賑わう他の領地は、領民よりもゴブリンやオークが多く存在し、人と魔物の立場が逆転していたそうだ。
その時からすでに王都は過密状態であったと言える。
戦術クラスの魔術師でも数人掛かりじゃなければ倒せないレベルのキマイラが人里近くに普通にいるのは、北海道にクマがいるのとは比べ物にならないレベルの恐怖だ。
『ってか勝手に助けただけって、助けられたことは認めてんじゃん』
『なっ! 断じて認めない! 私は施しは受けないのだ!』
『ふーん、まあいいよ、そういうことにしとくから別に』
『貴様、私がこの手で即刻殺してやろう。この場で処刑だ』
『肉団子食べたいなあ、キマイラ旨くないしなあ』
『キマイラ如きに遅れを取るわけがないのだ。この私が』
映し出され、やいやい言い合う二人を見ながらセバスは語る。
「ほっほ、貴族と平民という立場でありながら、恐らく考え方も決して交わることのない二人ですな?」
「俺もそう思う」
この私が、この私が、と言いながらキマイラの死骸を剣でチクチクしたり魔術で燃やしたりと子供みたいに自分の力を誇示する賢者に対して、勇者はぼんやりと涎を垂らしていた。
「ねえ、これ本当にヤバい時代だったの?」
見てる感じ、平和そうだが。
「ヤバさは感じていただけたかと、色んな意味で」
「あ、うん」
普通の人とは違う感覚を持ち合わせていたってことだろうか。
王都周辺にキマイラが出ていたことは確かなことだ。
今とは比べ物にならないほどに、国民は追いつめられていたってことなのだろう。
「話を戻します」
「うん」
「そんな二人を結びつけたのが一人の女性でございます」
「古の聖女か」
そんな話をしている時、女性の声が聞こえた。
『ラグナくん! エドワード様は無事!?』
視線を映像に戻すと、助けた助けられてないの口喧嘩をする二人の元に一人の女性が駆け寄る姿が映る。
『無事だよ。むしろ元気過ぎて困ってんだ』
『そっか、よかった……』
初代ブレイブにそう言われてホッと胸をなでおろす女性を見て、俺は驚いた。
その女性はまるで海みたいに美しい青い髪をなびかせている。
しかし、顔つきがどことなく……俺の知るマリアナ・オーシャンではなく、パトリシアによく似ていたのだ。
胸も平たい。
『オーシャン殿、何故貴方がここに……? ここは危険です!』
『それだと公家の貴方にも同じセリフが言えるわね』
現代のマリアナとは打って変わったように、正面からエドワードを見据える姿。
……パトリシアっぽい。
『ぐ……そうか、貴方がこの男に私を助けるように向かわせたのですね? そんな必要はまったくないのに!』
『いくら貴方が魔術に長けていると言っても、ずっと王都にいた人間がいきなり一人で森の調査に赴くなんて危険過ぎるってワケ』
違和感、違和感。
『貴族が平民に助けられるなんてあってはならない! こんな恩着せがましい男を寄越すなんて、オーシャン殿も意地悪だ!』
『すぐに駆け付けられて信頼できる人が彼しかいないから仕方ないじゃない?』
『そうだぞ、お礼言えよな』
『ラグナくん、貴方も立場を弁えなさい!』
『へーへー』
『この立場を弁えない男に強請られたらどうするんだ! 命の恩人だと言い張られたら! この男なら言い出しかねない!』
『うわぁ、ちょっと頭に来たな、本当に強請ろうかな……』
『ちょっと二人とも! 合わないだろうなとは思っていたけど、まさかここまでとは……』
初対面なのに何故か喧嘩しだす古の勇者と賢者。
話がぐちゃぐちゃになって進まない中、聖女は溜息を吐きながらこんな言葉を溢す。
『はあ……でも本当に無事でよかった。本当に、よかった』
その言葉に、賢者は言い争いを止め聖女の方を向くと、少しだけ頬を紅潮させながら頭を下げた。
『オーシャン殿、実際には助かった。貴方の計らいに感謝する。命の恩人として今度食事でもいかがだろうか』
『アハハ、まあまた今度ね』
『私は、いつでもウェルカムだ。暇が出来たら是非とも。何なら王に進言し公家の命を救ったとしてもっと上の爵位を――』
『ま、まあまた今度ね!』
『……こいつ、たぶん俺が助けなくても死ななかったと思うぞ』
困惑する聖女に詰め寄る賢者の姿を見て、勇者は呆れる。
『性欲強い奴って、どんな状況でも生き残るんだよ――パトリシア』
「パ、パトリシア!?」
彼らはその後もやいやい言い争いをしながら危険な森を後にするのだが、そんな映像なんてどうでもいいくらい俺は驚いていた。
似ているとは思っていたが、衝撃の事実である。
「そうですな、彼女がこれから聖女と呼ばれるパトリシア・フォン・オーシャンですな」
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