104.無駄に良心的な悪魔である


「障壁の中で死に行く人々の魂は、卑しいベリアルの腹の中でしょう」


「うん、笑いごとじゃないな?」


 さらっととんでもないことを告げるセバスに呆れる。


 300年ほど続く安寧の裏には、とんでもないモノが巣くっていた。


 死んでしまった魂はどこへ行くのか?


 死ねば終わりだから正直どうでもいいのだが、その魂は世界に満ちる魔素に溶け込んで新しい生命の魔素となる。


 そんなところだった。


 輪廻転生という言葉をそこまで信じていないのだが、それは朧気ながら前世の記憶を持つ俺の存在自体を否定することになるので、そういうもんだということで受け止めておく。


「つまり王都を守護する障壁は、悪魔の食卓の上だったってことか」


 死者の魔素を障壁内に留め、ベリアルは喰らう。


 それで行くと、新たな命は誕生しないようにも思えるのだが、知性ある悪魔ならば適度にバランスを保つことができるってわけか。


 何もせずとも供物が手に入る永久機関。


「それだと悪魔っぽくないな」


 悪魔は現世に来ることを願い、人をそそのかす。


 悪魔にとって、万物に溢れたこの世界は、色んな思惑を持った人間が溢れるこの世界はとにかく愛おしい。


「引きこもって魔素を食うのは、悪魔のやり方とは思えん」


「そうですな」


 俺の言葉にセバスは頷く。


「何か他に目的があったのでしょうな? 悪魔の身体に完全に適合する完璧な器が欲しい、もしくは傷を受けて回復までに何百年もかかり魔素を大量に必要としてるなど」


「セバス的にはどっちだ?」


 絶対こいつは何かを知っていると思うので、助言を求めながらさりげなく問いかけてみると、セバスはきっぱり言った。


「恐らく両方でしょう。過去に存在を8割消し飛ばしたこともあれば、私がこうしてこの世界におりますので」


「……」


「いやはや、昔から人の真似をするのが好きな子でして、系譜的には弟と言っても差し支えはないので、この世界の言葉を借り受けて言う場合、困った弟と言うべきでしょうか」


「セバス、ずっと聞いていれば、お前から色々と始まってないか?」


「切っ掛けとなったのは人の業ですな、私はあくまで力を貸したにしか過ぎませんので」


「それもそうか」


 悪魔なんかと取引するのが悪い。


 悪魔と関わると良いことにならないのは、遥か昔から決まっていることのようだった。


「じゃ、セバスはどうして家にいるんだ?」


 悪魔と取引するのが悪いと言ったが、隣に立つセバスの正体は悪魔である。


 元も子もない。


 アリシアやマリアナは俺のやることを「ラグナだから」と言うが、俺からしてみれば「セバスだから」が最初なのだ。


 全部セバスじゃん、今までの話の根本って。


「ほっほ、それを語るには、坊っちゃんはもう少し知らなければなりませんな、色々と」


 俺の気持ちを知ってか知らずか、セバスは笑う。


「何を知れと言うんだよ」


「ブレイブ家の成り立ちです。では歴史の勉強と行きましょう」


「えぇ、急に……?」


 確かに気になるが、今そこを学んで何か変わるのだろうか。


「まだ死んでないなら、ここから復活する方法を考えないと」


 時間が惜しい。


 不様を晒してしまって死んでしまい、一見俺はベリアルに負けたみたいな形ではあるが、まだ死んでないギリギリ生きていると言うのならば負けてない。


 ブレイブ家では、死んでなければ負けてないのだ!


 そういう理論なのだ。


「それはそうですが、これから坊っちゃんが向かう先こそ、ここからベリアルや王都王族に打つ最大の一手ともなりえます」


「向かう先?」


 セバスが指を鳴らすと、正面のドアが開いた。


 ドアの向こうは、窓の外に広がる真っ白な空間でも家の廊下でも何でもなく、真っ黒な空間の中を降りていく石畳の階段。


「前にも仰いましたが、坊っちゃん方が生れた切っ掛けは、目の前に迫った死をきっかけとした生存本能の発露」


「ああ、ブレイブのケダモノね」


「ケダモノですか、実に言い当て妙ですな」


「それが歴史とどう関係があるんだ? まさか生まれた切っ掛けが、親の情事がこの先に待ち構えてるのか?」


 見たくない、そんなもの。


 親父はもう死んでるが、そっとしておくべき、秘匿としておくべきプライベートな部分だろう。


「そんなものがあるわけないじゃないですか。坊っちゃん、いくらアリシア様と一つ屋根の下で暮らしてキスすらしてない発展度合いだからと言って、いささか深く考え過ぎですな?」


「……殺すぞ?」


「まあうら若き男児たるもの、そういう思考になっても仕方ないと思っておりますし、世継ぎを仕込むのは早ければ早い方が良いですからな」


「聞けよ」


 もういい、と俺は立ち上がってスタスタと扉の前へ向かう。


 見下ろすと、どこまでもどこまでも深い闇の中に、一本だけ石畳の階段が伸びており、それを宙に浮かんだ燭台がぼんやりと照らしていた。


「薄気味悪いなあ、もっと何とかならなかったのか?」


 もっと華やかなイメージで描いても罰は当たらないと思う。


「私、悪魔でございます故」


「はいはい」


「では行きましょうか」


 階段の前で立ち止まっていると、先にセバスが下っていく。


 その姿に誘われるようにして、俺も続いて下り始めた。


「この空間って意味あるのか?」


「意味とは?」


「覚醒するようなナニカが存在するのならば、そのまま目の前に出した方がまどろっこしく無い」


 これは聖女覚醒イベント然り、勇者覚醒イベントみたいなもんだ。


 かつて俺の先代の当主は、親が殺された怒りによって覚醒したと聞く。


 ブレイブの血の中にある生命本能、闘争本能、そういったナニカの目覚めを促す目的ならば薄暗い階段を下りるのも面倒くさかった。


「別に、お前が悪魔だからと言って警戒してるわけじゃない。こうしてピンチに表れて何か力を授けてくれるのならば、手間が無い方が良いし、力の使い方を教えてくれれば俺はどうにでもできると思う」


 自慢じゃないが、それだけ努力してきたのである。


 不様を晒したが、一応の自負はある。


「ほっほ、あまりとやかく言うつもりもございませんでしたが、今の坊っちゃんはブレイブ家の中でもっとも勇者に近い力を持ちつつも、その心はもっとも遠い位置にありますな」


 セバスは鋭い視線を俺に向けながら言葉を続けた。


「あの障壁の中で、いったい何人殺めましたかな?」


「……」


「ベリアルの前で不様を晒したことは特に何とも思ってません。しかしながら、ブレイブ領と王都の差を前にして、少し驕り高ぶったような心が見えておりますな」


 驕りか。


「断じて驕ってない。が、敵対されたら殺すのは当たり前のことだ」


「それも業ですな」


 それだけ言って、セバスは俺の腕を引っ張った。


「うわっ!?」


 バランスを崩して、暗闇の中を真っ逆さまに落ちていく。


「何すんだ!」


「ショートカットですよ」


 慌てていると、目の前にセバスの顔が現れる。


「お前も一緒に落ちるんかい!」


「幾分、堕ちるのは得意なタイプですので」


 俺だけ落とされて、セバスは上で何か言う流れなのかと思いきや、一緒に落ちて付いてきてくれる新しい流れだった。


 意味が分からん。


「これから向かうのは坊っちゃんの根底。私が今まで記してきた血脈の記憶の一部にございます。私から詳しく話すのもまどろっこしいので、落ちながら見ていきましょうか」


「落ちる必要性は……?」


「坊っちゃんの精神と私の精神を回廊で繋ぐ必要がありますので。あ、ちなみに300年分ございます」


「さ……ッ!?」


「今の坊っちゃんが見れるのはあくまで断片、今必要な情報ですからそんなにお時間は取らせませんよ」


 精神世界に、脳内に流れ込んでくる記憶の一部は、まるで夢のように現実では一瞬のことらしい。


「さらに難しいところは私が解説する副音声機能付きです」


「無駄に良心的!」


「では過去へ参りましょう、勇者の何たるかを知り業で歪んだモノを一度叩き直しておきませんとな――」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る