103.精神世界 セバスやべぇ奴だった


「悪魔サマエル……?」


 さようでございます、と頷かれてもいまいちピンと来ない。


 憑依しているのならば俺が気付かないはずもないのだが、その疑問を問いかける前にサマエルと名乗ったセバスは言う。


「と、言いましても別に坊っちゃんに憑依しているわけでもございませんが、私が仕えるのは今も昔も変わらずブレイブ家ですので」


「セバスという人物に憑依した悪魔サマエルってこと?」


「それもまた違いますな」


 セバスは首を横に振る。


「セバスであり、サマエル。私は普通の悪魔ではございませんので、供物を生贄にする必要もございませんから」


「結局ピンとこないけど、俺が生れてからずっと世話になった奴は目の前のお前であってるのか?」


「あっておりますとも」


「だったらどっちでもいい。セバスはセバスだ」


 こうしてピンチの時に駆けつけてくれるよくできた執事は、まごうことなくおれの知るセバスである。


 そこに悪魔がどうとか、別に関係ない。


「そうでございます」


 俺の言葉に、セバスは満足そうに笑っていた。


「じゃ、状況説明よろ」


 執務室の定位置に座り、向かい側のドアを見ながらセバスに尋ねる。


「不様にやられたところからでございますか?」


 セバスも俺の左後ろに陣取って、同じ方向を見ながら答える。


 これがこの部屋での俺たちの定位置だった。


「あの状態でベリアル相手に突っかかるとは、坊っちゃんも堪え性が無いですな、アリシア様には堪えっぱなしだと言うのに」


「いや、関係ない話を交えないでくれる?」


 時折、悪魔かコイツとは思っていたが、まさか本当に悪魔だったとは。


 以前夏、悪魔召喚で名持ちの悪魔が「げっ」と青い顔をしながら逃げ去ったことを思い出すのだが、セバスお前を見たからだったのか。


 下手したら親父よりも強いのではないかと思っていたのだが、その強さの謎がようやく解けた気分である。


「それでは、どこから説明いたしましょう坊っちゃん」


「最初からだ」


 捨て地の猿だと呼ばれても、戦闘狂に育っても、どうなったとしてもブレイブ家は勇者の家系だ。


 そんな家系に悪魔。


 王都に関して俺は歪だなんだと腐していたのだが、ブレイブ家も変わらず歪の中の一つじゃないか。


 そう思うわけだ。


「悪魔の登場、多過ぎないか?」


 ゲームでは敵役となったアリシアが魂を売り渡した存在として描かれていたのだが、登場はそれだけである。


 ジェラシスにもそういった描写はあれども、病み系男子としてのイメージが強く悪魔に魂を売り渡してとんでもなくなってしまったという描写は無かった。


 ……ん?


 まさかとは言わんが、ゲームの世界でアリシアが魂を売り渡した相手ってセバスだったのか?


 何のために、アリシアに手を貸す?


 考えれば考える程、ワケがわからなくなってきていた。


「事の始まりというか、この国の成り立ち自体は遥か昔、悪魔に魂を売り渡した王が周りの諸外国を滅ぼしたところからですなぁ」


 そこへ、まるで過去を振り返るかの如く、遠くを見つめながら呟くセバスである。


「弱い愚王と呼ばれていた当時の王が、一転して覇王とまで呼ばれるまでにスターダムを駆け上がりましたな。その後、数百年に渡り止むことのない動乱が待ち受けるとも知らずに……」


「まるでお前がやったような言い草だが」


「ええ、その時呼び出されたのが私でございますから」


「お前かよ」


 セバス、遥か昔に何をしたんだ。


 俺の知る情報である、古の賢者やら聖女やら勇者やらよりも先に、この国の根本に深く関わる悪魔サマエル、それがセバスである。


「何気に衝撃的な事実だな……? 当時の王は、悪魔に魂を売ってまでも自分の力を誇示したかったのか……?」


 しかし、周りの諸外国自体は滅ぼしているし、王としての役目は全うしているっぽいが……。


「ま、その後に魔物の厄災でかなりの国民は死にましたな。当然、諸外国の向こう側の国からも目を付けられ動乱に次ぐ動乱で、国はどんどん疲弊しました」


 まったく悪魔なんぞに力を求めるからですぞ、とセバスは溜息を吐くのだが、悪魔が何を言っているんだって感じだった。


「で、それから? そんな悪魔がなんでブレイブ家にいるんだ? 順当に行けば、悪魔に魂を売った愚王はブレイブ家の先祖みたいな形になりそうだけど」


「ほっほ、ブレイブ家が悪魔に魂を売る? ブレイブ家をあまり舐めてはいけませんぞ坊っちゃん」


「いや、そのブレイブ家なんだけど」


「王家の血筋に、ブレイブ家は全く関係ございません」


 セバスは続ける。


「魔力は意志にも宿りますな。何百年も厄災が続けば、何万、何十万の人間が一様にして救いを求め、やがて形作られて行くもんですぞ、英雄と呼ばれる存在が」


 苦難に救いを求めたるは、聖女に。


 混乱に統治を求めたるは、賢者に。


 外敵に対抗を求めたるは、勇者に。


 疲弊した国、そこに住まう人々は、戦乱動乱の最中に願い、そうして生まれたのが聖女、賢者、勇者という存在だった。


「そこからは坊っちゃんが知る話と概ね変わりませんな」


「賢者が聖女を利用して障壁を作って、勇者……ブレイブ家の先祖がブレイブ領に追いやられたって話だな」


「ですな。細かい部分は色々と差異がございますが、そこは省きまして、問題は当時の賢者のやり方にあります」


「賢者のやり方? 聖女を障壁にしたことか?」


「ベリアルの出現に関してですな」


 セバスが指を鳴らすと、目の前にベリアルの顔が出てくる。


 精神世界、何気に便利だった。


 そのままイメージで過去の様子も見せて欲しいのだが、一旦セバスの話を聞いておこう。


「愚王によってもたらされた国を滅ぼしかねない私の呪いを同格ともいえるベリアルの力を借りて相殺したわけです」


 悪魔の呪いみたいなのが、悪魔の力で掻き消えるのには違和感しかなかった。


「厄災の先送りとしか思えないけど?」


「さすが坊っちゃん。先送りにしかなりませんな。しかし王家の血を引く四つの血筋を用いて、場所を限定することによって成し遂げました」


 セバスが太古に振り撒いた魔物が湧き出るほどの瘴気というか、魔素に関してはユーダイナ山脈に限定。


「うちの隣だな、その山脈」


「ブレイブ領の傍ですな。本来ならば色んな厄災が生れているところですが、坊っちゃんがしっかり押し留めております。さすがです」


 と、とばっちりじゃないか!


 ユーダイナ山脈の近くにブレイブ領ができたのは、そういった理由でもあるのだった。


「さらに過去の賢者は、聖女を生贄とした障壁を王都に築くことによって、敵国からの侵略も魔物からの厄災も全てを帳消しにしてしまったというわけでございます」


「なるほど」


 過去の王の愚行の呪いを止めるために、賢者は悪魔の力を用いて、さらにその後の影響も最小限にするべく、聖女を生贄に障壁を築きあげたというのがこの国の成り立ちである。


 守護障壁は強力無比。


 悪魔も中で行動することは可能だが、強大な力を以て国を亡ぼす程の力を出すことはできないというわけか。


「そんなことをされたらベリアルが協力するとは思えないが」


 悪魔には代償が付き物である。


 現れたベリアルは、王家に協力するような素振りを見せていた。


「障壁の作り方すら教えたのはベリアルですからな、代償はあの障壁を保ち続けること」


 セバスは笑って告げる。


「障壁の中で死に行く人々の魂は、卑しいベリアルの腹の中でしょう」

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