102.精神世界 死んでるのか生きてるのか
『首を斬り落としても死なんとは、どこまでもどこまでもしぶといしぶとい血だ。クフフフ、おっと時間がない。さらばだ勇者。今から私はパトリシアの質問に答えなければ――』
「――クソッ、まさか一撃で障壁をたたき割られるとは」
ベリアルに不様に負けた俺は、自分の失態に悪態を吐く。
今後も悪魔と戦うだろうと想定し、夏の悪魔召喚にて十分に訓練して対策を講じたはずだったのに、想像以上だった。
さすがに死んだか。
胸を貫かれ、首を斬り落とされ、身体は地面に落ちて力なく横たわっている光景が脳裏に浮かぶ。
だが。
「……なんで意識あるんだ?」
よくわからない状況に首を傾げる。
瀕死の重傷を負って意識を失ったはずなのに、何故か俺は五体満足の状態でとある一室に立っていた。
その一室とは、ブレイブ領にある俺の家の執務室。
まるで瞬間移動したような感覚なのだが、一時期魔虫が大量にへばりついていた窓の外には真っ白な空間が広がっていて、ここが現実世界じゃないってことは理解できた。
「……ふむ」
よし、一旦いつもの椅子に座って考え直そうか。
脳裏に存在する不様に敗北した記憶は、現実のものである。
あれはもう誰がどう見ても致命傷、つまり俺は死んだ。
そうすれば、ここは死後の世界なのか?
心残りはたくさんあるから、地縛霊として執務室に縛られてしまっていると考えてもおかしくない状況である。
「にしても、なんで執務室なんだ……」
領地経営に未練なんてないと言うか、むしろそっち方面で考えるならば解放された感覚の方が強い。
心残りがあるとするならば、アリシアを守るどころか勝手に死んでしまったことであり、約束を守ることができなかった、ただそれだけなのである。
「幽霊になるならアリシアの背後霊か守護霊が良かった!」
「――死んだと決めつけるのは時期早計ですよ」
ガンガンガンッと毎度お馴染み丈夫な机に頭を叩きつけて音を鳴らしていると、そんな声と共に誰かが入ってきた。
「不様にやられましたな、坊っちゃん」
「セバース!」
我が家の執事長、セバスである。
俺を見てホッホと髭を触りながら笑う姿は、夏季休暇で帰った時と変わりなく、見てるだけで不思議と気持ちが落ち着いた。
「セバスが出てくるってことは、心残りはブレイブ領だったか」
やっぱり故郷が心配だよな、俺で最後だったわけだし。
兄二人には子供もいなかった。
後継ぎは俺しかいないが、もうちょっと命を大事にするべきだったか。
エドワードとの戦いでテンションが上がってしまって、普段なら行かないであろう場面で行ってしまった。
家族が敵将に殺された時みたいに、な。
「ふむ、色々と勘違いしているようですが、坊っちゃんはまだ生きておりますぞ」
コーヒーで満たされたカップを俺の前に置かれる。
飲んでみたら味がしなかった。
「あれ、味がしない」
「坊っちゃん、ここは精神世界。イメージは再現できたとしても味覚まではどうにもなりません」
「どういうこと?」
「もう一度言いますが、坊っちゃんはまだ死んではいないということになりますな」
聞けば、ここは精神世界。
悪魔によって連れてこられた、あの精神世界と同じようなもの。
俺の記憶の中で強く思い入れのある場所が再現された空間だそうだ。
「もっとも、死んではいないですが生きてもいない、そんな状態ではありますが」
「生きてもいないなら死んでるのでは?」
「ほとんど死んでいて、ギリ生きてますな」
「ギリなんだ」
「さようでございます」
俺の身体は今現在、首と胴体が離れ離れになっていても、胸に風穴があいていても、ギリギリのところで障壁が出血などを防ぎつつ、生き延びているらしい。
「無意識下でそれだけやってのけるとは、さすがは坊っちゃんですな」
「風前の灯火だけどな……?」
魔力が尽きればそのままお陀仏ではある。
しかし、あの状態で俺生きてるんだ?
自分でもちょっと驚きというか、さすがにひく。
しぶと過ぎだろ本能。
しぶとく生き残るために障壁を極めたと言っても過言ではないが、無意識下で生き延びるとは、障壁最高である。
「で、セバス。どうやって復活すればいい?」
「それに関してはどうすることもできませんな。何せ、身体と頭部が離れ離れですし、魔力も大して残ってませんからな」
「じゃあ死んでるじゃん……」
蘇生の余地はあるが、詰んでるのならば死んでるって言うんだ。
状況的にも死んでるって。
肩を落とす俺を見てセバスは髭を弄りながら笑う。
「ホッホ、ですから私がこうしてここへ来たんですよ」
「ここへ来たって。そもそもお前は俺の作りだしたイメージなんじゃないのか?」
何となく察するが、生存本能が創り出した幻影みたいな?
人間は窮地に達すると脳のリミッターが外れる。
火事場の馬鹿力とか、そんな感じだ。
同じように精神に強いストレスを感じた場合も本能が精神を守るために別人格を作り出すこともある。
俺のもっとも信頼する人物、それはアリシアでもなく、幼い頃からずっと面倒を見てもらってきた執事長セバスなのだ。
「イメージではありませんな。こういった状況、坊っちゃんは一度経験したことがあると思われますが?」
「こういう状況……?」
明晰夢のようでありながらもそうではないこの精神世界でハッキリと意識を保って過ごすのは、2回目だ。
ジェラシスと戦った時が1回目である。
「こういう状況という言葉で括られると、つまりセバスは悪魔であり、俺に憑りついているような言い草になるが……いやいやまさか?」
「そのまさかでございます」
セバスが仰々しく深く頭を下げて礼をする。
「表舞台に出るつもりはございませんでしたが、緊急事態につきこうして古の約束に従い一つお力添えを致しに」
「えぇ……?」
「ベリアルは悪魔の中でもかなり古く、そして強い。現時点での坊っちゃんでは、どうにもならない相手ですから、同じ格を持つ私がご助力しなければ、セバス改め――」
いまいち話についていけない俺に向かってセバスはさらに続ける。
「――この悪魔、サマエルが」
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