101.抑えきれないこの衝動


「アリシア、すまん、我慢できない」


「へっ」


 抱きかかえたアリシアをそのまま控室のベンチの上に寝かせると、顔を真っ赤にして何が何だかわからないと言った表情をしていた。


 初心な彼女の表情を見て、果たしてこのまま勢いに任せてキスの境界線の向こう側へ行ってしまっても良いものかと一旦理性を取り戻す。


 しかし、しかーし。


 心の奥底から、内側から、抑えきれない感情がムラムラムクムクと沸き立ってきてどうにもならない。


 こ、これがブレイブのケダモノか。


 ちくしょう、セバスめ!


 先ほどまで心臓を貫かれ、首を斬り落とされ、ほとんど死んでいた時の記憶を思い返す。


 何が「頑張ってください、坊っちゃん」だ。


 どっちを頑張れば良いんだ?


 キスの向こう側、先に進めと言うことか?


 それともこのあふれ出てやまない性欲を抑え込めってか?


 抑え込んでこそ、真のブレイブだってか?


 周りを取り囲むまるでドラゴンレベルの濃密な魔力と同じような、俺の中のとんでもなく濃密な性欲が、今にも爆発しそうだった。


 爆発しそうっていうか、もう一部爆発してる。


 暴発だ。


 死の瞬間に、生きとし生けるモノは生を実感するというが、確かにそうかもしれない。


 生物としての本能が子孫を残そうとする。


 俺は、それがブレイブのケダモノだと思っていた。


 しかし、俺がブレイブのケダモノと呼んでいるソレは、本当は違っていたのである。


 脳内にドバドバ溢れてくる高揚感と我慢しきれないほどの性欲。


 その裏には、ブレイブ家の血筋に関わる一つ重要な事柄が隠されていたのだった。


「ラ、ラグナ! ちょっと落ち着いて! ステイステイ!」


「つぁっ!」


 アリシアの声が耳を通って脳に直接響くたびに思考がクリアになり、身体から魔力が溢れ出て、抑えが効かなくなる。


「ど、どうしたの!? さすがに今ここでそれ以上はちょっと人が見てるって言うか、隣にパトリシアがいるから恥ずかしいから!!」


「アリシア、今、心を静めてるから黙ってて!」


 この魔力暴走のような状態には、アリシアという存在も深く関わっているため、何とか言葉を捻り出して――。


「っ」


 ――黙っててと言われて口元を抑えて息を止めるアリシアが、可愛過ぎる美し過ぎるヤラし過ぎる無理。


 この先死ぬまでアリシアをおかずにパン食えるレベルだった。


「わお、私もいるのに、まるで盛りの付いた犬ね、犬」


 本能の赴くままに、首輪を引きちぎらんばかりの勢いで今にもアリシアを貪ろうとしていた俺の耳に、声が届く。


 二人だけの空間に、圧倒的な異物の声。


「でも顔は我慢できない、待ても出来ないただの子犬」


 パトリシアが俺たちを見ていた。


 彼女は鼻を鳴らす。


「フン、ジェラシスも初めての時そんな顔してた。頑張って気遣ってるくせに、もう我慢できないって顔。童貞って感じ、マジウケる」


 まるで私は一歩先を行ってますよと思ってそうな表情と彼女のちんちくりんな身体を見た瞬間――


「――うわ萎えた」


「は!?」


 急激に体温が下がっていく感じがした。


 色々あって抑えきれずに溢れ出していた魔力の迸りが、一気に治まっていく感覚。


 うーん、竜は精霊が苦手だからだろうか?


 苦手というか嫌いか。


「うっざ!! 何アンタ!! 助けてやったってのに!?」


「助けてもらった恩はない」


 恩着せがましいこの女に言っておく。


「ほとんど死んでたようなもんだったしな? つまるところ助かってない、ワハハ」


 もっとも不様に犬死したことは認めるし、あのタイミングで助太刀に入れとも言わない。


 入って状況が変わるとも思えないし、不様に殺されヘイトを免れ、こうして復活を遂げたのが最適解って感じがしないでもない。


 死にイベントってやつだな。


 一応、感謝する部分をあげるとするならば、ここまで運んできてくれて、かつアリシアと再会させてくれたってところだろうか。


「あの時そのまま捨てて来ればよかったわ!」


「はあ人間ってなんで争うんだろうな」


「聞けよ賢者タイム野郎!」


 地団駄を踏んで憤慨するパトリシアは放置し、「ふぅ……」と落ち着いて改めてアリシアの方を向く。


 暴走しないように、視線は少し逸らしておく。


「お、落ち着いた?」


「う、うん……いきなりごめん」


 お互いに視線を逸らして、ぎこちない会話。


 仕方ない、ブレイブのケダモノが全部悪いんだ。


「び、びっくりしちゃったけど、えっと、その……こんな場所じゃなくて家でなら……」


「つぁっ!」


 キスホライゾンの向こう側、オッケー発言に理性が飛びかける。


 すんでのところでパトリシアを見てスッと真顔に戻ることができた。


「……ふぅ」


「いちいちアタシを見て汗を拭わないで、キモイ」


 ダメだな、まだアリシアの刺激的な言葉を耳にするだけで衝動を抑えきれなくなってしまう。


「ラグナ、どうしちゃったの?」


「えっと、ちょっとこの女見ながら話すことになるけど良い?」


「複雑だけど、それで会話になるのならそれでいい」


「アタシは嫌よ。こっち見んな」


 アリシアの許しを貰うことができたので、俺はこの状況を説明することにした。


「すごくセンシティブな話になるんだけど。ブレイブ家が代々子供を仕込むのは命の危機に――」


 そんな話と共に、時は少し遡る。


 丁度俺がベリアル相手に不様に負けたところからだ――

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