100.【パトリシア・キンドレッド】白雪姫みたい……ではない


「……ちょっと、あんまり見ないでよ」


「見てないわよ」


 顔を真っ赤にさせて、定期的にこちらを向いてはそんなことを言うアリシア・グラン・オールドウッドである。


 さっきからギュッと目を瞑って、掲げたブレイブの唇に自分の唇を近付けては離してを繰り返していた。


 うーん。


 奥手な女の子が寝ている彼氏にキスするかしないかで迷っている状況だったらすごく萌えるのだけど、残念ながら相手は生首である。


 しかも、死んでいるのかと聞かれれば、まだ蘇生の余地は残っているというレベルの微妙な殺され具合の生首。


 異様な状況だが、ブレイブ慣れしたアリシアには特に関係なく、むしろ血色を見て死んでないことに安堵していた。


 このくらいじゃ死ぬわけないわよね、ってレベルである。


 何とも重たい愛なのだろう?


 しかし、キス一つでこうもグダグダしてしまうという矛盾を孕んでいるのだった。


 ちなみに凝視している。


 目を瞑って口を少し開けてキスする瞬間の女の子は、本能的な女の部分をさらけ出している気がして、こういうシーンは映画でも好きだ。


 すっごいクる。


「うー……」


「すっごいもじもじしてるわね。手伝ってあげてもいいけど?」


「要らない!」


 本人が起きてるわけでもなく、何を覚悟を決めあぐねているのか。


 それほどまでにファーストキスと言うものは大事なのだろうか。


 前世では、大して好きでもない相手に言われるがままに、半強制的に、なんとなく普通の人はこうするんだろうな、みたいな感覚で全部散らしていた。


 私にとっては何もかもその程度でしかなく、だから今世ではジェラシスに全部くれてやっていた。


 チッ、神聖な恥ずかしい乙女の初キスを見ているってのに、嫌な感覚が頭を過る。


 その後、貴族の豚にも色々されたけど、身体が小さいから血が出て処女と間違えられて、それで興奮する顔がもっと醜かった。


 だから、私にとってはその程度でしかない。


 だから男は嫌いだ。


 頭部と離れ離れになっていたブレイブの身体の一部が何やら興奮しているようだったので蹴り飛ばす。


 起きてるでしょこいつ?


 自分でどうにかできるならさっさと何とか何なさいよ。


「ビクビクッ」


「ラ、ラグナ!?」


 すると連動して頭部の目がかっぴらいて白目を剥いた。


「恥ずかしがってる場合じゃないわね、時間がないんだった。ラグナ……この後のキスは治療だからノーカン。二人で絶対やり直しましょ?」


 その様子に覚悟を決めたアリシアが、すぐに唇を重ねた。


 勇ましいキスだった。


「ん?」


 黙って見ていると、ブレイブが光り始めた。


 おびただしい量の魔力が彼の身体からあふれ出ている。


 いつの間にかブレイブとアリシアの周りに障壁が作り出されていた。


 私の中にいる精霊が教えてくれる。


 これは障壁と言うより、とんでもない量の魔素がギュッと圧し固められた空間であるそうだ。


「突き破れる? ああそう、無理」


 魔術的なものであれば乱すことで貫通可能だが、純粋な魔力が圧し固められて作られたものには何もできない。


 そう精霊は言っている。


 これは私の持つ精霊の力に近しい何かであるそうだ。


 例えば、ドラゴンとか。


「……え? なにこれ?」


 目を開けたアリシアもやっとその状況に気付く。


「キスしたら出たわよ。彼の身体から」


「ラグナから……?」


 魔力なんてとうに尽きており、無意識下で薄い障壁を身体に張り巡らせておくのでギリギリいっぱいだったというのに、わりかし奇跡みたいな出来事だった。


「でも近づけないわね……? まあ近付く必要はもうなさそうだけど」


 魔力に手で触れると弾き飛ばされた。


 明確な拒絶である。


 お前は絶対に俺に障るなというそんな意志を感じた。


 これでは元に戻せないのだが、そんなこと必要ないとばかり、濃密な魔力空間の中でブレイブの身体が回復していく。


 貫かれていた胸元は塞がり、勝手にスッと立ち上がってアリシアから頭部を取り上げ首に挿げる。


「ええ、キモ……」


「ラグナ、逆! 首が逆よ!」


 めちゃくちゃ不気味な状況なのだが、アリシアは普通に対応していた。


 むしろ後ろ前になった頭部を元に戻してあげている。


 これが服とかだったら普通の光景だが、後ろ前の対象は首だった。


「よく普通にしていられるわね、この状況に」


「私はもう驚かないって決めたの。小さなことで一々驚いていたら命がいくつあっても足りないのがブレイブ領だから」


 アリシアは何かを悟ったような眼でそう言っていた。


 この状況以上に驚くようなことがあったような口ぶりである。


「ま、無事に戻りそうならなんでもいいわね。忠告だけど、首輪をつけているのなら飼い主役くらいはしておきなさい。その男、また同じことを繰り返すわよ?」


 猛犬を好き放題させているような状況。


 躾ておかないと手に負えなくなる。


 理性無くしてできあがるのは、勇者ではなく殺人鬼、化け物?


「止めないわよ。行きつくところまで一緒に行くって約束したから。それが地獄でも何でも」


 気持ち悪いほど重たい愛。


 ダメ男メーカーと呼ばれてしまってもおかしくない。


 ま、私も一緒か。


 もしくは血筋とか運命よりも大事なのはブレイブ家ってこと?


 そんなことを考えている私に、アリシアは続ける。


「私が何か言ってラグナが止まっちゃったら、その時点で私が彼の弱点になっちゃうじゃない? 私に関係なく彼は勝手に動くと思わせておいた方が敵からしてみれば厄介でしょ?」


 アリシアは私を見て笑う。


「守ってもらわなくても自分で戦えるって証明でもあったけど、四六時中彼としたら、足手まといになるのは目に見えてるから」


「アンタ、やるわね」


 つまり簡単に言えば、ヒロイン的なポジションからはあえて外れているってことだった。


 物語の渦中に加わらない、舞台の外にいること。


 今この状況で一番安全なのはそこだ。


 仲の良かったマリアナが何故かいなくて、こうして普通にこの場に、舞台裏ともいえるこの場にいるのはその結果かしら?


 ブレイブが私たちにはゲームの知識があるとは教えてなさそうだったし、単純に足手まといになりたくなかっただけね。


 それでこうして平気な顔でこの場にいる。


 それもそれで割と奇跡なのかもしれない。


「きゃっ」


 見つめ合っていると復活したブレイブがアリシアを抱きかかえあげた。


「ラグナ、無事に治ってよかった……」


「アリシア、すまん、我慢できない」


「へっ」

 

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