99.【パトリシア・キンドレッド】アリシアとの邂逅
全員昏倒しているが、誰かが起きてきた場合を想定し私は観客席から移動することにした。
蘇生というか、復活というか。
精霊の力を借りて、ここまでボロボロになった身体を治療するには、お互いの体液を利用する方法しかない。
もっとも回復魔術だって、人体解剖やって色々調べないと並の人間にはこなせない代物だから、まだまだマイルドな方だった。
うら若き乙女にとっては、それでも嫌なものは嫌なのだが、今は緊急事態だと割り切っておく。
前世での年齢も足せばもうすぐ四十路ではあるけれど、今の私は華の十代なのだ。
「ま、華の十代と言っていいほどの青春はしてないけどね」
男は嫌い。
それでも目的のために逆ハーレムに耐え忍んだのだが、この生首になったバカ猿のおかげで色々と面倒なことになった。
だからこそ、つくづく思う、やはり男は嫌いだと。
時間に猶予はない。
人目に付かない場所でさっさとこの首ちょんぱ野郎を元に戻して、ベリアルにぶつけつつ、マリアナを助けて障壁を元に戻せなくさせなきゃいけなかった。
思いの外重たい頭を抱えながら身体を引き摺って歩いていると、ブレイブの控室の正面で思わぬ人物と出くわす。
「……貴方は、パトリシア・キンドレッド」
「げ……」
透き通るような銀髪に、ボンキュッボンの誰もが羨む超学生級のプロポーションを持った女、アリシア・グラン・オールドウッドだった。
相変らずムカつくほどにデカい。
何がとは言わないけどそれは置いといて、私は彼女からあらゆる手段を用いて婚約者を奪い取った過去がある。
そして今抱えている生首は現婚約者の物であり、さらに面倒が誤解を生んでしまうことが一瞬で予想できた。
この辺一帯静かだから全てベリアルが昏倒させたと思っていたのに、どうして彼女は普通の表情で立っているんだろう。
「――ラグナッ!?」
当然ながら、私の抱える物を見て酷く焦ったような顔つきで構えた。
「この状況、全部貴方の仕業だったわけね」
ああもう、説明も面倒くさい。
状況に眩暈がした。
エドワード対ブレイブの誰も得することのない謎の殺し合いすらも見てないなんて、いつも思うけどなんて間の悪い女なのかしら。
だから、ゲームの世界でも、この世界でも、ああして自分でも知らない間に婚約者を奪われるような立場になってしまう。
元々オールドウッド家は、コンティネント家の分家と言うか、この国では珍しく外から血を受け入れていた家系であり、コンティネント家が追い出された結果新たに公爵家入りを果たした家だ。
その身に流れる賢者の血は、守護障壁のあるこの国ではとりわけ重要視されているため公爵家の中では一番力を持たない立場にある。
だからこそ、なんじゃないかしら?
血が薄いからこそ、古の賢者が作り出した都合の良い世界にて、色々な不運が舞い込むのである。
あの世界で割りを食う敵役は、決まって血筋じゃない者たちばかり。
ま、真実はわからない。
私は障壁の中が箱庭だと思っているけど、ね。
この世界線では悪魔に憑りつかれることもなく、私に恨みを持つこともなく、状況を受け入れて平穏に暮らしているけど、ただただそういう間の悪い星の元に生まれたってだけなのかもしれない。
どっちにせよ、私にとっては面倒くさい女なのだった。
どういうわけか、マリアナとも四六時中一緒にいるし、本当に嫌いな女である。
「問答無用で、襲ってこないのは賢明よね?」
目を合わせながら少し構えていたのだが、ゲームの世界みたいに恨みつらみを暴走させて節操なく襲い掛かってくることはなかった。
「ラグナを殺せるとしたら、私じゃ勝てない」
「良い判断ね」
「戦いの結果なら、私は受け止めないといけないから」
悔しそうに唇を噛みしめながらも気丈に振舞うアリシア。
まあ、この男の家と関わっていればそう思うか。
彼女がしっかり手綱を握っておけば、面倒くさいことにはならなかったのだろうが、もう遅い。
「ただその死体だけは回収させてもらう。私はブレイブ領に戻って彼の葬儀をして彼の家を引き継ぐ。彼の好きだった場所を守るために」
アリシアは言葉を続ける。
「何をしようとしてるのかはラグナから少し聞いてるから、貴方は好きにすればいい。私はここに未練はないから。過去のことはもう恨んでないし、負けた私が弱かっただけ」
無理して強くあろうとする姿は少しムカついたが、ゲームの中とはかなり人が変わっているようだった。
ブレイブのせいなのかしら?
バカみたいに突っ走ってるようで、裏ではしっかりよろしくやってたみたいね。
この狂った世界で一番ラブロマンスやってんじゃないかしら?
ま、他人の色恋沙汰はどうでもいい。
話を聞く余裕があるのならば、無理やりにでも聞かせる必要がないのはありがたいことだった。
「何を勘違いしてるのか知らないけど、私は殺してないわよ。むしろ生きてるし、今からこの馬鹿を元に戻すの」
「はあ……?」
「これ、重たいから持ってて」
何が何だかわからないと困惑するアリシアにバカの首を押し付けて扉の前から退かす。
「よく見なさい」
「……血も出てないし、血色も良い……まるで眠ってる?」
この状況で生きてるなんて、人間とはとても思えない生命力。
アリシアに抱かれた瞬間、私の引き摺る身体の部分が若干動いた。
私が抱えている時は無表情だったのに、心なしか幸せそうに眠る顔つきになっておりムカつく。
巨乳に埋もれるくらい抱かれるのがそんなに嬉しいか?
このエロ猿が。
「ったく、間に合わなくなっても知らないわよ?」
それだけ言って、頭を抱えるアリシアを伴ってブレイブ専用の選手控室へと入る。
「頭を貸しなさい。あと、もう出てっていいわよ勝手にやっておくから。5分くらいしたら戻ってきなさい。それで元通り」
「嫌だ。貴方が変なことをしないかしっかり見張っておく」
アリシアは、頭部をギュッと抱きしめて放さない。
変なことをするつもりはないが、今からコイツとキスしなきゃいけないのを現婚約者であるアリシアに見られるのは面倒だった。
治療の一環だとしても、後からうだうだ絶対言ってくる奴は多いから、可能な限り見せたくはないのだけど。
「私の回復魔術にはお互いの体液が必要で、例えば唾液。つまりキス」
「キ、ス……?」
「だから頭部が必要だから貸してくれる?」
しかし、これだけ言ってもアリシアはブレイブの頭部を強く抱きしめたまま話そうとしなかった。
「えっ」
まさか、でしょ?
嘘、でしょ?
「アンタたち、同棲までしておいて、まだキスもしてないってわけ?」
「……わ、悪い?」
耳まで真っ赤にしたアリシアは俯きながらそういった。
その姿は可愛かった。
委員長系の真面目ちゃん女子はタイプじゃないけれど、何と言うかこういうのもあり、みたいな感覚が押し寄せる。
こいつ処女か。マジか。
この女は元から過剰にやっつけると決めていて、そこに感情の一切を持つことを止めたはずなのに、疼く。
「ならさっさと済ませなさい」
「……うっ、落ち着いたらしようと決意してたのに。こんな形になるなんて……」
キスに決意も何もあるの?
思いの外、この二人は進んでいない。
純情か?
どうやら狂った世界で、この二人だけはラブコメをしていたらしい。
意味が分からん、とりあえずさっさとキスしろ。
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