96.賢者祭典、――君の勝ちだ


 心臓を刺したとしてもしぶとく動く姿は、まさに魔物である。


 しかし、世界に満ちる魔素は誰にだって平等だ。


 人間だって生まれた時から魔素を常に身体に取り込んで生きている。


 そうやってしぶとく生き残り、ここまで繁栄したのだ。


「ぺっ――」


 口にたまっていた血を吐き出す。


 丈夫だからと言っても、失ってしまった血はどうにもならない。


 長丁場はやめておこう。


 せっかく全身全霊のオールインを見せてくれたんだ。


「行くぞ」


 俺だってエドワードに全てを見せておこう。


「いいやまだ……だッ!」


 歩み寄るとエドワードはすぐに立ち上がって腕を動かした。


「まだ私のターンだ!」


 真っ赤に染まる手のひらから大量の水玉が生み出される。


 総数100個くらい。


 水玉というよりは、シャボン玉に近い球体の中では、風属性の魔術が圧縮されて乱回転していた。


 触れればシャボン玉が割れて、暴風が解放される仕組みか?


 いや、触れなくとも勝手にぶつかり合って混ざり合い、連鎖的に暴風が吹き荒れる、そんな魔術だった。


 さらには初手に見せた閃光弾まで織り交ぜて、学園で学んだ四大属性魔術を全て使ったような、そんな魔術だった。


「大気の成分を弄った方がよっぽど効率がいいぞ?」


 魔術的な攻撃は全て防ぐと知っているだろうに。


『ま、眩しいし、爆音で何が何だか! ――あっ、ラグナ選手、この半端ない魔術の中をなんと歩いています! 剣を片手に、平然と!』


 激しい爆発音、閃光、暴風、色んな現象が連鎖的に巻き起こる中を俺は悠然と一歩一歩、エドワードに近付いていく。


「もう再構成されてしまったか……」


「そうだな」


 障壁は、すでにエドワードの持つ魔力を読み取って彼専用にしていた。


 許容範囲を超える音と閃光もすでに最適化してある。


 どれだけ爆音が轟いても、眩い光が駆け抜けても、障壁を通して伝わるのは丁度良い程度だ。


 維持が面倒だが、どの魔術よりもそっちの方がや厄介なのである。


 どちらにせよ、これでエドワードは無力化したも同然だった。


「再構成された状態で、あの新月の夜のように障壁内に拘束すれば、私は無力に等しいか」


「そうだな」


 障壁を立方体状に展開して、エドワードを覆いつくす。


 この空間内にあるすべての魔力を掌握し、彼が作り出していた魔術のシャボン玉は掻き消える様に消滅した。


「だが、どうせ逃れる手段は考えてるんだろ?」


 喋る余裕があるってことはそういうことだ。


 観念したわけではない。


 戦う意思を宿した彼の瞳が、まだまだ何か隠し玉を持っていることを告げている。


「お見通しか、フフン」


 肩で荒く息をしながらエドワードは言った。


「だが……正真正銘、これで最後だ」


 思った以上に疲れているが、やはり先ほどのシャボン玉魔術は消耗が大きかったらしい。


「これで最後か。身体を空気にして逃れようとしても無駄だぞ?」


 悪魔にそれをさせないために、こうして自らの精神世界のような魔力空間を生み出す魔術を身に付けたのだ。


「そんなことできるわけがない!」


 今のこいつにはできそうだが、さすがに悪魔に魂を売らない限りは難しいことのようである。


 だが、エドワードは笑う。


「しかし、一度見た魔術の対抗策を講じないわけがない。君のこの魔術の対抗策はただ一つ、――」


「――障壁の外からの攻撃、だろ?」


 言おうとしていたセリフを先に言うと、彼は一瞬狼狽えて、そして声をあげて笑っていた。


「フフフッ! フハハハッ! やはり私の考えるようなことならば、全てお見通しか!」


「対抗策を考えないのはバカのすることだ」


「君の障壁ならばそんなもの考えなくても良いんじゃないか?」


「いや、相手がお前だから考えたんだよ」


 状況的に言えば再構成させられた、と言った方が正しい。


 最後の手段が魔術を介さない攻撃だとすれば、目の前のエドワードの魔術に障壁を全て集中させた状態の俺はカモと言える。


 最初の閃光は、魔術的なものではない。


 だから十分俺に通るように計算されていた。


「何をするつもりだ、エドワード」


 早く首を刎ねてしまえばいいのに、何故か俺はそう問いかけていた。


 こいつが何をするのか気になる。


 ワクワクする。


 もっともっと戦っていたい、そんな気分だった。


「準備に手間取ったがようやく整った。こうして私が君の魔力の中で何もできない限り、君は障壁の再構成していないと考えられる。ならば……通用する!」


『皆さん上をご覧ください! どういうことでしょう、真っ黒な雲が、雷雲が! 何故かこのコロシアムの上に出現しております!』


 エドワードの言葉の後に、司会の声が響く。


「なるほど、落雷か」


「元は魔術だが、現象自体は魔術じゃない。だから届く」


 無駄に疲れていると思っていたが、最初からこうしてこっそりセコセコ雷雲を作り出していたってことか。


 もはやどうすればこんなことができるのかも、俺にはわからん。


「落雷は通り道があってこそ生まれるものだが抜かりない。今までの行動で道は作り出した」


「天才だなお前」


「ならば君は何者か。仮に私が天才だとして、そんな私がここまでやって、心臓を貫いても顔色一つ変えない君は……何なんだ?」


 さあ、なんなんだろうな?


「ブレイブ家だな」


 としか言えないのである。


「フフ、建国以前から今までを戦い抜いてきた血筋は言うことが違う。しかし君が身体強化でどれだけ反射神経に優れていたとしても、光の速さには絶対勝てない――この雷は避けれまい!」


 そんなエドワードの叫び声とともに、上空から光が駆け抜けた。


 しかし、いくら待てども音は鳴り響かない。


『な、ななな!? 透明な巨人のような何かが雷を掴んでいます!? 雷を! なんと掴んでいます!! 透明な巨人が!』


「……フッ、これほどとは」


 司会役の興奮したような声に、「ここまでか」と諦めたような声色でエドワードは膝をついていた。


「誰にも見せたことが無い、奥の手だよ」


 巨人の正体は、身に纏う障壁を大きく拡大したものである。


 オニクスにどうしても勝ちたくて、だったら俺も竜みたいな巨大な体を手に入れたら良いんじゃないかと編み出した戦い方だ。


 コスパが悪すぎて維持は5分くらいが限界だけどな?


 もっとも、今は障壁を一度消して全てを防ぐ設定で再び全力展開したので、20秒くらいで消えてしまうが十分だ。


「落雷を掴むなんて、そんな方法をされてしまっては勝てない」


「そりゃ副次的なもんだな」


 出力全開にし過ぎて、掴んだものも障壁で包んでしまう。


 制御できてない証拠だが、防御くらいには使えるのだ。


 ギリギリのところで巨人化して雷雲を握りしめたら、イイ感じに雷が伸び切ったギリギリのところで固定化に成功していた。


「ま、今の状況だと都合の良い武器か」


「まさに神の怒りだ。もっとも私の血筋は罰を受けるに値するだろう。全てを私が引き受けよう、やれブレイブ」


「そんな怒りそもそもねぇよ。だけど一つだけ言っておく。たった一人の相手に全力を尽くすことは、ブレイブ家では誉れだよ」


「フフフ、この勝負――君の勝ちだ」


 笑うエドワードに、俺は容赦なく雷で作られた槍を振り下ろした。


 胸を張って逝け、ただのエドワード。


 雷雲ごと握りしめた雷は、強烈なエネルギーを秘めていて、障壁ごと叩きつけられたエドワードは影すら残ることなく消滅した。




 ――楽しかったな、もう二度と戦うことはできないが。






 同時に。


 王都を包み込んでいた障壁が消え去る。

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