95.賢者祭典、エドワードのオールイン


 ――ドンッ!


 閃光弾のような眩い光と強烈な爆音。


「うわっ」


 突き抜けるような一瞬の爆風に思わず態勢を崩しかけた。


 火力自体は竜の業火やジェラシスの炎よりも劣る。


 しかし、視覚と聴覚にかなりのダメージを受けていた。


 奪われた視界。


 頭の中でキーンという耳鳴りが響く中、エドワードの声が微かに聞こえてくる。


「強者は五感を研ぎ澄ますが、それは弱点にもなりうる」


 ダメージを受けた箇所にすぐに回復魔術を使うが、間髪入れずに全身を何かが包み込む。


 閉ざされた視界の中で魔術を読み取ると、次は爆音でも爆風でも何でもない強烈な炎だった。


「無論、再構成する可能性も考慮している。一度見たからな」


 全身を覆う障壁に、次は竜巻のような風の流れが押し寄せて、無数の風の刃が乱舞する。


 さらに水弾、石礫、四大属性魔術のオンパレードだった。


 まさに小規模な台風のような現象、さすがは天の名を冠するエーテルダム家の一人である。


「私の魔術、いや身体に流れる魔力そのものをすべて最小限に弾くことも考慮するのならば、勝負の分かれ目は初手である」


「なるほど」


 俺を囲っていた荒らしも耳鳴りも収まり、エドワードの声が近く鮮明に聞こえてきた。


『や、やっと視界が戻りました! なっ、何と言うことでしょう!?』


 司会の声が響く。


『エドワード選手の剣が――ラグナ選手の胸を貫いています!』


 学生同士の戦いとは思えない惨状に、観客は思わず息を飲んでいた。


「ぐふっ」


 エドワードの前で吐血とは、なんとも仕返しされた気がする。


「何時いかなる時も障壁を身体に纏うとするならば、維持するためにはどう使う? すべてを防げるわけもない」


 真剣な目でゆっくりと刺す剣に力を籠め、エドワードは言葉を続けた。


「攻撃的な魔術のみに設定しているのか? いやブレイブは魔術を用いた遠距離戦ではなく前線に立ち迫撃戦を好む。物理的な攻撃を対処しないわけがない」


「よく見てるな……」


「君は障壁を常時展開しながら普通に生活しているんだ。ならば、重要なものは速度となる。致命的な速度の攻撃を防ぐようにしている……と私は予想した」


 俺を観察して、そこまでたどり着いたのか。


 思わず嫉妬してしまうくらい天才だ。


 初手、一度見せた魔術を使った時から何重にも張られたブラフの中に俺はいたのである。


 酸素濃度を下げたのではなく、別のものをぶち上げたのか。


 閃光弾みたいな挙動をしたのは恐らく水素によるもので、支燃性の酸素がある状況で濃度をあげると爆発する。


 構成物としてはバカみてぇに少ないから現実的とは言えないが、それを可能にするのが魔術か。


 ふざけてんな?


 いやむしろ、大気を操作するのではなく中身を細かく操るのが、一番ふざけた魔術とも言えた。


 きめ細やかなレディファーストに定評のあるエドワードだが、ハゲた今では大気の成分をエスコートしだすのか。


 ここまで来ればもう嫉妬なんてしないね。


 馬鹿げてるって笑えて来るほどだった。


 目眩ましからの俺に障壁を再構成させないように色んな魔術の行使。


 そしてそれすらもブラフで、風の刃や石の礫に混ぜてゆっくりと俺の胸に剣を突き立てていたのだった。


「ぐふっ、やるじゃん、エドワード」


 エドワードのことを決して舐めているつもりはなかったが、何をして来るかに興味はあった。


 お互いに手札の出し合いをするつもりでいた俺に対して、最初からオールインするつもりだったエドワードの読み勝ちである。


「最初から全力で行くと言ったはずだ」


 話しながらも一切隙を見せずにじっと俺の目を見るエドワード。


 観客全員が固唾を飲む中で、俺は笑う。


「ハハハッ」


「……?」


 笑う姿に少しだけ困惑するエドワード。


 すごい、すごいぞ、エドワード。


「万全の状態である俺の障壁を自力で攻略したのは、同世代ではお前が初めてだよ」


 でもな?


「お前のオールインは、あくまで心臓を貫くところまで。心臓を貫いたところで、俺は止まらない」


 狼狽えるエドワードに、ぐっと一歩だけ前進する。


 血が足元にたまっていく。


 その姿に、観客席から小さな悲鳴が上がっていた。


「どうした? 剣を横に振れば全て終わるかもしれないぞ?」


「……動かせないようにしている癖に」


 貫くことはできても、そこから強く力を込めて剣を縦横に斬ることはできなくしていた。


「ハハハッ! だったらさっさと腕も放せよな?」


「ぐふっ!」


 エドワードを殴り飛ばすと、剣の柄からべりべりと嫌な音がしてぶっ飛んでいく。


 疑問を感じて柄を見ると、彼の手のひらの皮が血と共にべったりと残っていた。


「なるほど、放せなかったのか」


「……ぐふっ、魔術の暴風の中で少しでも切っ先がブレてしまえば、仕留めきれない可能性があった。だから焼いてくっ付けた」


 自傷覚悟で決めに来ていたのか。


「その意気や良し。お前は強い、認めておくよ」


 胸から剣を引き抜いて血がこれ以上でないように回復魔術を施す。


 血が滾るのは、久しぶりだ。


 地面に流れる血すらも燃えるような沸き立つ魔力を放っている、そんな気がしてくる。


「さあ、お互い第2ラウンドと行こうか」


 ――いや、俺の番だな?





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