94.賢者祭典、エドワードとの闘い


「――私も本気で殺しにいく」


 正面から真っ直ぐと向けられた瞳の中には、強い覚悟を決めた光が宿っていて、カストルの時のような嘘偽りは存在していない。


「本気で殺しに来るのか」


「ああ、胸を借りよう」


 頷くエドワードは笑っていた。


 本気である。


 そして、その胸中は高揚感で満ち溢れているようなそんな気がした。


 俺がオニクスと戦う時のような、ワクワクとした気持ち。


「そっか」


 ならば、答えないといけない。


 試合ではなく死合いを望むのならば、ブレイブ家の当主として、一人の戦士として、命を対価に戦わないといけない。


 カストルの時とは違って、血が騒ぐんだ。


 この男の前だと。


「ならば、お前も全力で殺しにこいよ」


「無論だ」


 全ての魔術を殺すつもりで使う、とエドワードは頷いていた。


「ハハ、前座じゃ済まなそうだな?」


 思わず笑みが零れる。


 学生の大会で、互いに無詠唱で魔術を使えるもの同士が本気でぶつかるともなれば、その後の試合に影響が出そうだ。


 後の2年、3年の先輩たちの試合がなんかしょぼいと思われてしまうのは可哀想だが、エドワード相手に手を抜くことも無理な話である。


「私の中では、後も先もない」


「それもそうだな」


 無詠唱を覚えたエドワードは、天才に近い。


 俺の血が騒いでワクワクするほど、現時点では強い相手である。


 それに俺の魔術を何度か見ているし、体感している。


 その上で挑みに来ると言うのならば、勝てる可能性が数パーセント以上あるってことだ。


「エドワードの名に置いて、決闘を挑もう!」


「受けて立つ。ただのエドワード。もう仮面はいらないだろ?」


 互いに剣を片手に構える。


 家名を言わなかったエドワードをそう弄ると、彼は仮面を取った。


 強い意志のこもった瞳はそのまま、口元は本当に嬉しそうな笑顔を作っていた。


 決闘に地位は無粋だよな?


『それでは――始め!』


 司会の声が響く。


 その瞬間、エドワードは大きく後ろに飛んで距離を取った。


 距離を取ったということは、接近戦ではなく広範囲殲滅用の魔術を行使すると予測する。


 いつぞや暗部の雑魚をまとめて殺したあの魔術。


 その証拠に、彼の魔力が大きく広がりコロシアムを覆っていた。


「それは見たぞ」


 足元に障壁を展開して、一気に距離を詰めると勢いそのままで首を取りに行く。


「くっ」


 横薙ぎ一閃、エドワードはギリギリのところで剣で受けていた。


 間髪入れずに顎を蹴り飛ばす。


「ぐふっ」


 蹴った感じ、全身にも分厚い空気の層のような物を身に纏っているようだった。


 俺と同じだな、ほとんど。


 転がるエドワードに言っておく。


「猿真似で勝てる可能性があると踏んでるのなら、舐められたもんだ」


「理にかなっている魔術は、どん欲に取り入れてこそだろう?」


 普通に立ち上がらずに、スッと体を浮かせながらエドワードは続ける。


「そして猿真似ではない――リスペクトだ!」


 あまり違わないが、悪い気はしない。


 俺だってオニクスの纏う魔力を何とか再現しようと頑張っているのだから、やってることは変わらないのだ。


「息を止めて対策されるとは思っていなかったが、なんとも単純な落とし穴があったもんだ」


「そうだな」


 呼吸によって色々と狂うのならば、呼吸しなければ良い。


 単純な対策だが、勝負を一瞬でつけるのならば問題はない。


「その上でこうして喋っていることこそ、逆に君が私を舐めている証拠ではないか?」


「舐めてないぞ」


 悪魔を憑依させたジェラシスですら対応できないほどの速さで攻撃を仕掛けたのだが、エドワードは見事に受けきった。


 長期戦になれば、有利なのはエドワードである。


 ただ――。


「――この場でその魔術を使ったのは失敗だったな、息継ぎ可能だ」


 コロシアムは観客がいる。


 そうした前提の上で、エドワードは自分の空間を限定せざるを得なかった。


 新鮮な空気はそこにある。


 障壁を細く上まで伸ばして空気穴を作るのは簡単なことだ。


「水中でもどこでも戦えるようになっておくのが、ブレイブ家だ」


「さすがだ」


 予め空気を含んだ障壁を準備しておいても良いし、なんならグッと障壁を広く展開して魔力を中和し正常に戻しても良い。


「だが、一度見せた技が通用しないことなんかわかり切っていた」


 エドワードは話ながらさらに空中へ浮き上がる。


「君の障壁はすべての魔術を読み取ると見ていい。だが、範囲は魔術のみであり、そして弱点もすでに知っている」


「へえ」


「夏に見せてもらっただろう? 障壁を展開できなくなるまで消耗すれば、攻撃は貫通する。だったら最小限の力で削るのが正攻法だ――」


 エドワードはポケットから何かを取り出して投げた。


「――いつから酸素濃度を下げていると思っていた?」


 取り出したものはその辺で拾って来たような小さな石ころ。


 彼はそれを剣で弾く。


 カッと音がして火花が散り、目の前がとんでもない量の炎で覆いつくされた。


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