93.賢者祭典、浮足立つ者たち
賢者祭典、いわゆる文化祭のようなものだ。
イケメングランプリや演劇、色々な催しごとの中でも特に人気なのが魔術大会である。
魔術大国の学徒として、日々の成果を振るう機会というわけだ。
戦いにありがちな吹き抜けのコロシアムっぽい円形の施設は、いったいどこにあったんだと言わんばかりの存在感を放っている。
そのコロシアムの中の出場選手個別控室にて。
「ラグナ、ごめんなさい。私の監督不行き届きだった」
非常に申し訳なさそうな表情のアリシアが俺の前に立っていた。
「もう、ほんと、一瞬の気の緩みね」
額を抑えるアリシア。
「まさかクライブまでイケメングランプリに勝手にエントリーされてるだなんて……最近まともではあったから……」
あくまで表向きは、という形だ。
裏ではシャドーごっこを満喫しているし、勝手に部下までゲットしだしたんだから、もう手に負えない。
つーか、生徒会の職務を真面目にこなしていたとしても、仮面やローブを堂々とつけているのはまともではないぞ。
みんな、あいつのバカさ加減に慣れてしまっている。
慣れた結果、俺たちの常識すらもねじ曲がっているようだった。
「真面目だとしても素がまともじゃないよ。非常識の類だしねもう」
色んなしがらみから解放されたエドワードは、もう以前とはまったくもって違う別物なのである。
「貴方と似たようなもんね」
「えっ!?」
俺とあのバカを一緒にされても困るが!
どうやらアリシア目線では同じようなもんらしい。
げ、解せぬ。
「いっそのこと殺していいわよ、うん、ひと思いにやっときなさい」
「ええ……」
まさかアリシアの口からそんな言葉を聞くなんて思わなかった。
申し訳ない表情の裏に、般若がいる。
やぶさかではないが、パトリシアのたくらみが成功したら高確率であいつは死ぬようなもんだから放置で良いのでは?
まあ、本気で言ってるわけじゃないから、大人しく懲らしめる程度には済ませておくけども。
あ、パトリシアのたくらみで死ぬのは冗談でも何でもなく、割かし本当のことである。
ゲームの世界で公国を撃退したのはいつだって障壁を元に戻してからだったのだ。
障壁を壊す、公国の魔の手が忍び寄る……終わり。
障壁を壊さない、マリアナが人柱になる可能性があるので、パトリシアが壊さなくても俺がやってしまう……終わり。
哀れ、エドワード。
どう転んでも死ぬ可能性の方が高いのだった。
わりととんでもない契約を結んでしまったようなもんで、逆にウェンディが可哀想に思えてくる。
「ちなみにクライブはどうなったんだ?」
「順調に勝ち抜いて、今頃決勝なんじゃないかしら?」
アリシアはそう言いながら再び「はあ」と溜息を吐きながら額を抑えていた。
「どうしたの」
「トレイザってば、今まで真面目だったのに……クライブが出ることに決まってから応援に行ってしまったのよのね……抑え込んでいたものが出てしまったのかしら……」
一応、クライブの婚約者だから応援したい気持ちはわかる。
生徒会の職務をほっぽり出すのは、らしくないっちゃらしくないのだが、そんなに溜息を吐くほどのものなのだろうか。
「それは別に溜息を吐くほどでも――」
「――ふぇぇ、ただいま戻りましたアリシアァァ」
言いかけたところで、マリアナがげっそり疲れた表情で目を回しながらフラフラと部屋に入ってきた。
「おかえりなさい、マリアナ」
「アリシア、もうトレイザさんは……ダメです」
「そう……」
二人して悲しい眼をしている。
「なんだこれ? どういうこと?」
「ラグナさん、実は……」
首を傾げていると、マリアナが恐ろしい物を見たという表情で語り出した。
「トレイザさん、クライブ様親衛隊と呼ばれる集団を組織して、全員で派手な柄の同じローブを身に付けて最前列を確保していました」
「マジかよ……」
詳しく聞くと、額にハチマキ巻いて両手に槍旗を携えていたらしい。
普段は真面目なキャラが、実はえぐめの隠れヲタクという展開はよくあるのだが、そこまで行くともはやギャグである。
「私では、どうすることもできませんでした……!」
「マリアナ、大変な役目を押し付けてごめんね?」
なんかドタバタだな、どこもかしこも。
賢者祭典、即ち文化祭のようなイベントは、否応なく俺たち生徒を浮足立たせてしまうのだろうか。
甲子園の魔物のような、そういったナニカを秘めていそうではある。
否定はできない。
「じゃ、行ってきます」
マリアナが座るアリシアのひざ元でニャーニャーやってるのをしり目に、そろそろ試合が始まるので移動することにした。
「あ、ラグナ。余裕だとは思うけど、応援してるから!」
「ありがとう、勝ってくるよ」
毛頭が無い野郎に負ける気は毛頭ないのだが、改めてこうして応援されると非常にやる気がわいてくる。
なんか良いな、青春って感じがしないでもない。
◇
『今大会の1年生の部は、エーテルダム学園、コンティネント学園の両選手ともに体調不良で欠席となっておりますので、1年生徒会の方が代理を務めることになります!』
試合会場へ赴くと、拡声器の魔道具を通した声でそんなアナウンスが聞こえてきた。
試合は1年生、2年生、3年生の順番で行われるので、俺とエドワードが一番最初だった。
互いの練磨を国のお偉いさんに見せる舞台なので、入学して間もない1年生が前座なのは当たり前である。
しかし、観客はつまらなそうな表情を見せてはいない。
『1年生の部、臨時選手エドワード・グラン・エーテルダム!』
一般の部にも出場するエドワードが臨時でいるからだ。
結局のところ、どれだけバカが板についていても魔術師として、学生の中では抜きんでているというのが周りからの評価だ。
それには俺も同意する。
元々高いレベルで詠唱しながら戦闘を行えたエドワードは、本当に国の将来を任された奴だったんだろうな。
『1年生の部、臨時選手ラグナ・ヴェル・ブレイブ!』
名前を呼ばれたのでコロシアムの中心へと歩くが、エドワードと比べて俺への視線は冷ややかなものだった。
「みんな君のことを何も知らないみたいだな」
正面に立つエドワードが、フフンと笑う。
「相変らず人気者だな」
「みんなが好きなのは私ではなく血だよ。期待の視線の先にあるのは、私の努力ではなく血筋のもたらす才でしかない」
並大抵の努力が無ければ学生の身分であれほどの戦闘能力は身に付かないと思うのだが、彼も彼でそうやって自分の地位で全てを否定されてきたのだろう。
王家ならば、これくらいはできて当たり前だという謎の物差しの中で生きてきたのだから。
「フフン! 天気は晴れ、戦うには丁度良い」
「お前があまりにも勝手過ぎるから、アリシアから殺す気でやれって言われてるんだけど、それでいいか?」
「無論、そうじゃなければ困る」
エドワードは俺を真っ直ぐ見据えながら続ける。
「この舞台を用意したのは、君と本気でやりたかったからだ。本気で殺しに来て欲しい。私も本気で殺しにいく」
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