92.賢者祭典、クマさんライオンさん
言い残した言葉通り、パトリシアは部屋から一度も出ることなく、賢者祭典は始まりを迎えることとなった。
彼女の目的は、この国を壊すこと。
それは即ち、王都を囲う守護障壁を壊すことを意味していた。
国の仕組み自体をひと一人でどうにかできるとも思わないが、守護障壁という存在がそれを可能にしている。
ふざけた国だよな、まったく。
ブレイブ家としては、守護障壁はあってもなくてもどちらでも構わないというのが一つの意見である。
もちろん、俺個人としても守護障壁に対して思い入れもなく、恩恵もクソもないので壊れる分には構わない。
ただ、マリアナがあの守護障壁の生贄になってしまうと、アリシアが絶対に悲しむ。
彼女が言っていた、俺にとっても悪い話ではないという言葉の意味は、そういうことだったのだろうか。
平和ボケした捨て地の猿、か。
平和ボケしていることは確かなのかもしれないが、あの女にそう言われると多少ムカつく。
本来ならば、障壁を壊すのは俺の役目だと言わんばかりのセリフなのだが、そもそも物語には出てこない。
いやしかし、この国のお偉いさんがブレイブ家の血筋には警戒しているからこそ、本来は俺の役目だったのか?
知らねえ、そんなもん。
ブレイブ家なんて脇役というか物語の中に登場しないモブ中のモブだと思っていたのだが、どうやら違ったらしい。
権限の譲渡をせずに、障壁を消してしまうのならば、他の領を経由して近寄ってきている公国の軍によって、何も警戒していない王都は混乱の渦中に苛まれるだろう。
そしたらブレイブ領に帰ろうか、アリシアと。
……簡単に帰れるのか?
軍の規模がわからないので、王都側から逆にブレイブ領を攻め込まれた場合、色々と面倒くさい事態になる。
相手は公国であり、長年やり合ってきた因縁の相手だ。
今回の件でブレイブ領側を警戒していないことは絶対になく、ブレイブ領側で小規模な軍事行動を見せている頃かも知れない。
王都に近付けさせないように。
俺だったらそうする。
パトリシアは嫌な奴だし、俺に殺されないための何らかの対抗策を準備してこの場へやってきたのだから十分視野に入れていることも考えられた。
これを機に、ブレイブ領を潰すことも公国の一つの選択でもある。
やられたか、これは。
俺の役目うんぬんかんぬんではなく、単純に障壁を壊す際の障害である俺を止めるためだけに、言葉を一つ投げかけた。
やっぱり嫌な女である。
「ワンちゃん! 風船ください!」
「はいどうぞ」
「わーい! ママー! 風船もらったー!」
「良かったわね~? ちゃんとお礼を言いなさい?」
「ワンちゃんありがと~!」
そんなことを考えながら、俺は学園の中庭でイヌの着ぐるみを身に付けて来場した貴族の子供に風船を手渡した。
ついに始まった賢者祭典。
学園の入り口や中庭には、生徒以外にもたくさんの人の姿があった。
1年特別クラスの生徒の空気は死んでいるが、その分一般クラスのみんなが頑張ってくれているようで、大盛り上がりである。
貴族の学園で文化祭みたいな雰囲気は出るもんなのかな、と思っていたのだが、ちゃんとゲームの世界みたいに和気あいあいだった。
「生徒会は……いないわね? 町にある屋台も来てるみたいだから買ってみんなで食べましょう?」
「はい、エカテリーナ様」
久しぶりのエカテリーナである。
周りをキョロキョロと見ながら出店で串焼きを購入していた。
特別クラスの連中は、示しを合わせたように賢者祭典なんてくだらないみたいな空気を出しているのだが、それはどうやら生徒会である俺たちの前だけらしい。
イヌの着ぐるみでいる理由はこれだ。
生徒会の目があると、特別クラスの空気的に楽しめないだろうとアリシアが気を利かせてくれているのである。
優しいね、アリシアは。
まったく、コソコソするくらいなら普通に楽しめばいいのにな?
貴族のプライドとは、なんとも面倒くさいものである。
「ここにいたか、ブレイブ……じゃなかった【イヌさん】よ」
そんな光景を眺めているとウサギの着ぐるみが近寄って来た。
ウサギの着ぐるみはエドワードだ。
「何だよ」
「招集だ。【女帝】……じゃなかった【ライオンさん】から」
「ややこしいから普通に呼べよ……」
生徒会メンツは基本的に外に出る時は着ぐるみを来て盛り上げている。
アリシアはライオンの着ぐるみだ。
仮面で影ごっこが大好きなエドワードは、みんなで正体を隠す着ぐるみ案に大賛成し、こうして着ぐるみの名前だけでみんなを呼ぶ。
賢者祭典のみだけ生徒会は【鮮血の猛獣たち】となるらしい。
知らんがな。
ちなみにマリアナは【ネコさん】である。
クライブは【クマさん】、トレイザは【ペンギンさん】だ。
そういえばゲームの中のイラストでも背景にそんな着ぐるみたちがたくさんいたのだが、中身は生徒会だったのだろうか。
でもカストルルートではそういうのなかったし、中身はいったい誰だったんだろうな?
「ワンちゃん! 握手して! 握手!」
「はいはい……で、何だよ」
度々握手をせがむ子供たちに対応しながら話す。
エドワードは抱っこを要求されたために、子供を抱っこしながら返答していた。
「魔術大会で欠員が出た。それを生徒会で補わないといけないらしい」
「アリシアは俺に頼むのか?」
「クライブはイケメングランプリに出るらしいからな、仕方ない」
それを聞いて素直に疑問に思った。
「あいつがそんなもんに出るのか?」
「何やら勝手に応募されていたらしい。トレイザ嬢もやるな?」
「嘘を吐くな、トレイザはそんなことしないだろう」
あまり話に上がらないが、彼女はかなり真面目な生徒である。
差別もしなければ、毎日茶会をすることもない。
クライブと一緒に生徒会に入るために、勉強も鍛錬も欠かさないからアリシアもかなり信頼を置く女性なのだ。
生徒会の邪魔になるようなことをするとは思えない。
何より俺が出て一番嬉しい奴……それは隣のハゲ野郎だった。
「お前だろ、どうせ」
「見破るとはさすが【イヌさん】だな、フフン」
フフン、じゃねえよ。
欠員は公国の生徒側である。
昨日、エドワードにとんでもないものを食わされてそのまましばらく動けないでいると報告を受けていた。
「昨日のあれは、今日のための布石だったのか?」
「フフン、どうだか。だが魔術大会は公国側の来賓も、ペンタグラム家やスラッシュ家も見に来ている。【イヌさん】の力を見せつけてやれば、抑止力になるとは思わないか?」
「出場予定の学園の生徒相手にそれをやっても抑止力にはならないと思うけどな」
学生レベルだと、一瞬で終わるだろうし。
「出る予定だった1年の生徒は、謎の病気で寝込んでるらしい。だから相手は私だぞ」
「……」
着ぐるみの裏で、満面の笑みでフフンとしているのがよくわかる。
ふざけた男だ、まったく。
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