97.障壁消失? ハゲ、ヒロイン昇格?


『え、あ……えっ?』


 司会役の声が呆気に取られたような声が漏れる。


 あいつは王族だから当然だった。


 王族殺しとして極刑にされてもおかしくない出来事である。


 ただ、あいつは「ただのエドワード」として俺の前にいた。


 一人の武人として、いや人間として?


 そう本気で願って、本気で俺を殺しに来ていた。


 だから後悔はない。


 責任の追及?


 公爵家とバチバチにやり合って、侯爵家の倅もぶっ殺しておいて、色々と今更だと思う。


 もっとも、エドワードに雷をぶつけた瞬間、障壁が消えた。


 この後に起こるであろう国の動乱に身を任せるだけである。


 エドワードからすれば、今しかないタイミングだったんだろうな?


 どうしてそこまで俺と戦うことに固執したのか?


 自分の命を投げ売ってまで?


 もう聞くことはできないし、聞く気もない。


 ただ命を賭けて本気で戦いたかった。


 そこに理由なんていらないのであり、そういうしがらみを全て取っ払った何かを感じたかったのだろう。


「最後までわがままだな、やっぱ」


 ウェンディと血約を結んだ時からすでに、あいつは自分の中で何か覚悟を決めていた節ではあった。


 ハゲてからのあいつは、わりと嫌いじゃなかったよ。


 あと何度か戦えば、あいつは俺に勝てる可能性を秘めていた。


 もう戦えないのは残念だが、この一戦は一生の思い出として俺の心に残しておこう、そう強く決意する。


『――どういうことでしょう、エドワード選手の身体が浮いています』


「は?」


 名残惜しい気持ちになっていたところで、司会役のそんな言葉が響く。


 思わず上空を見ると、確かに浮いていた。


 身体はボロボロに焼け焦げているが、五体満足で空に漂っている。


「えぇ……」


 俺でもまともに受ければ取り返しのつかないダメージを負ってしまうレベルの雷撃だ。


 五体満足でいられるはずがない。


 つーか、障壁が消えたってのにみんな気付かないんだな?


 それほどまでに衝撃的な戦いだったのか、観客たちは固唾を飲んで上空にいるエドワードに目を向けている。


『無事なのでしょうか……?』


 無事なわけがない。


 継承権赤子以下のハゲよりもまず守護障壁が消えたことに気付けよ。


 ついにパトリシアとその裏に控える奴らが動き出したんだぞ。


 と、パトリシアに目を向けると――


「――……?」


 彼女はまだ観客席に座っていて、上空を見つめていた。


 エドワードのさらに先。


 今まで守護障壁が存在していた遥か上空を、まだ何も行動に移しちゃいないって感じの訝しむような表情で見つめていた。


 どういうことだ?


『誰かが、誰かがエドワード選手を抱えています!』


 再びエドワードに目線を戻すと、動かない彼をお姫様抱っこするような形で、何者かが虚空かフッと姿を現す。


 漆黒の燕尾服を身に付けた赤い髪の男。


 眼球は黒く、瞳は赤。


 物々しい雰囲気のこの男は、一目見ただけで分かる――悪魔だと。


「……ベリアル」


 パトリシアのつぶやきが聞こえた。


 悪魔の名前か?


 名前持ちの悪魔は一人だけ知っているが、ジェラシスに憑りついていた悪魔や夏に召喚した雑魚悪魔と違って、かなり歴史が古く、国の転換期に決まって現れるものらしい。


 どいつもこいつも波乱を呼ぶそうだが、どちらかと言えば呼び出した人間側に色々と問題がある場合が多いそうだ。


「その声は、パトリシア・キンドレッドか」


 ベリアルと呼ばれた悪魔はパトリシアのことを知っているようで、首を傾げながら言う。


「まだ生きていたのか? しぶとい女だ」


「誰が貴方を呼んだわけ?」


『ななななんと!? 公国からの来賓、あの謎の人物を知っているのかー!? この場に現れてエドワード選手をギリギリのところで救い出したあの人物はいったい誰なんでひょ――』


「耳障りだ」


 色々カオスになった空間で、司会役がこの場を実況しようとするのだが、ベリアルと呼ばれる悪魔がそう呟いた瞬間、白目を剥いて昏倒してしまった。


 司会魂ってやつだが、ちょっと時と場合を考えた方が良いかもしれないね……。


「供物が足らんから来てみれば、目障りだ」


 再び、膨大な魔力を伴った言葉によって、観客席を囲っていた全員が一気に昏倒する。


 この場において立っているのは、俺とパトリシアのみとなった。


「パトリシア・キンドレッド以外を昏倒させたつもりだったのだが、悪魔に慣れた奴がもう一人……? へえ、珍しいのがいたものだ」


 ベリアルが俺を見る。


「何者だ? エドワードをどうするつもりだ?」


「供物が足らんからこの死体を貰っていくだけだ」


 周りを見渡しながらベリアルは続ける。


「状況を察するに決闘か何かで貴様が殺した因縁の相手だろう? なら構わんはずだ。これで足りるからな」


「何をするつもり!?」


 俺が話す前に、パトリシアが観客席から身を乗り出すようにして、ベリアルを睨みつけながら叫ぶ。


「誰がアンタを呼び出したの!?」


「相変らずうるさい女だ。質問は一人一つまで、だ」


 うるさい女には賛成だが、律儀に質問に答えてくれるんだな?


 悪魔なのに優しいのか、いやそういう制約を元に生きているのか。


 不思議生物なので、よくわからんけどな。


「じゃあ何が目的で呼び出されたの!? そこのブレイブは誰が呼び出したかを聞きなさい!!」


「えぇ……」


 命令されてしまったが、従う義理はない。


「叩きのめして聞けば良いだけだろ?」


 障壁を足元で展開して一気に跳躍する。


 ハゲの死体を供物?


 そんなことは、ブレイブ家の誇りに賭けてさせない。


 殺しに道徳もクソもないが、誇りを胸に本気で戦った相手には敬意を払うべきであり愚弄は許さない。


「返してもらうぞ、その死体」


「叩きのめして聞けばいいだろうの答えは――」


 肉薄する俺に対して、ベリアルは無造作に鋭い爪の生えた手を構え、俺の胸へと突き込んだ。


 名持ちの悪魔だったとしても全てを塞ぎきるように再構成した俺の障壁を貫通することはできない。


 そのまま核の部分を破壊して終わりだ、とベリアルの胸を貫手で貫こうとした瞬間――パリン。


 障壁が粉々に割れる音が響いた。


「あ?」


 胸に鋭い爪が食い込み、心臓を貫き背骨を砕いて貫通する。


「――そんなことは無理、だ」


 すぐに腕は引き抜かれ、すぐに横薙ぎにピッと振り抜かれる。


 首筋に鋭い痛み、そして首と身体がズルリとずれて離れていく。


「あああああああああああ!」


 死に物狂いで噛みつくが、髪の毛を掴まれて何もできなかった。


 どさりと身体が地面に落ちる音が聞こえる。


 俺の生首を持ちながらベリアルは言った。


「首を斬り落としても死なんとは、どこまでもどこまでもしぶといしぶとい血だ。クフフフ、おっと時間がない。さらばだ勇者。今から私はパトリシアの質問に答えなければ――」


 そこで視界は暗転する――。

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