89.バカ=ハゲ


 あの雑多な不良たちはエドワードに任せ、俺は一人駆けて行ったパトリシアを女子トイレの前で待っていた。


「女子トイレの前で何してるわけ? まさか変態?」


 姿を現したパトリシアは、ハンカチで手を拭きながら鼻で笑う。


 心外だな。


 俺は小さくて細いタイプの女性は好みじゃない。


「目を離した隙にちょろちょろ動かれても困るからな」


「ムカつくわね、アンタ」


 身長にコンプレックスでも抱えているのか、ちょろちょろという言葉に対して露骨に不満な顔を見せるパトリシアだった。


 はあ、と溜息を吐いて、パトリシアは改めて俺の方を向く。


「同郷よね? あのゲーム、日本でしか発売されてないもの」


「そうなるな」


「何時から? アタシは生まれた時からだけど?」


 想像していた以上にフランクに話す姿には少し気が抜けた。


 俺は前髪をかき上げて額にできた傷を見せながら答える。


「3歳の頃、オークに頭をかち割られて気が付いた。もっともその当時は知りもしなかったがな、この世界が前世でプレイしていたゲームの世界だったなんて」


「ふーん」


 俺の傷をまじまじと見ながらパトリシアは呟いた。


「男のくせに乙女ゲーやってんの、やっぱ変態じゃん」


 うざ。


 この女、うざ。


「否定はしない」


 俺だってなんでやってたんだろうとは思っていたのだが、その当時のハッキリとした記憶はなく、漠然と知識だけ存在する状況だった。


 どうしようもない。


 ゲームをプレイしていた、そしてネットでプレイした連中の言葉まで網羅するほどのヘビーユーザーだったというのは紛れもない事実なのである。


 ここは男らしく、言葉を受け入れておこうか。


 もっとも。


「知識を利用して逆ハーレムを形成するお前もお前だけどな」


 ムカつくので言い返しておく。


「アタシ、アンタ嫌い」


「俺は別にそんなことないけどな」


 強かな女は嫌いではない。


 アリシアとの兼ね合いから決してこの女と仲良くなることはないだろうが、憎たらしいかと言われれば別にそんなことはなかった。


 敵になるなら殺すけど、それはそれ、これはこれである。


「キモ! キモイキモイ! うざいうざい!」


 この一言によって半径3メートル以内に近付いてこなくなったパトリシアであった。


「ま、欲望のままに逆ハーレムを作ってたわけじゃないことは、気付いてるよ」


「あっそ、ただのハゲじゃないのね」


 ハゲ=バカではないのだが、まあ何も言わないでおこう。


 少し遠くの廊下では、不良たちをエレガントに脅すエドワードの声が聞こえてくるのだが、バカとハゲが混同してもおかしくない事態だった。


『これが王国のおもてなしという奴だ。とある一族は毒耐性を付けるために微量の毒を日頃から摂取すると言う。むろん私も実践している。実力が全ての公国の生徒ならば、この毒くらいは平気だろう?』


『ひ、な、なんだそのクッキーは』


『特別配合した毒素クッキー、略してドクッキーだ』


『クソみたいな名前のもん作りやがって――ひっ、や、やめろ食わせるな! やめろ! やめろおおおおおお!』


『うぐぐぐぐぐ、は、腹が急に……! な、なにを……!』


『先ほどお前に食わせたのは敵に下剤を盛られた時の訓練用に開発したクッキーだ。学園を汚すような真似をすれば命はないと思え』


『ひ、ひい、ひいいい』


 そんな様子を俺とパトリシアは呆れた顔で見ていた。


「……」


「……」


「どうすんだ、お前のせいだぞ……」


「知らないわよ。どこをどうすれば振られただけこうなんのよ」


 それはそう。


 どこで道を間違えたのか、エドワード。


 いやしかし、根本的な原因はパトリシアだ。


 全て隣にいるちんちくりんの女が悪いのである。


 エドワードを篭絡して捨てた悪い女だっただけなのだ。


 俺のせいじゃない、断じて違うぞ。


「話を戻すぞ、目的は何だ」


 エドワードと不良のどたばたをしり目に、俺は問いかけた。


「成り代わりの魔術まで使ってマリアナのポジションを奪ったんだ。逆ハーレムが目的でもないとすれば、何が目的で動いている」


「戻ってないけど? そんな話、最初からしてないし」


 そう言いながら彼女は窓の外を眺める。


「ねえ、貴方から見て、この世界はどう思う?」


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