88.不良ども


 こうして近くで並ぶと、【パトリシア・キンドレッド】の体つきは15~16歳の生徒と比べて明らかに華奢だった。


 目算でも身長は150センチ以下。


 俺や長身のエドワードに挟まれると、トレンチコートのノッポ二人が宇宙人を捕獲した際の有名な写真のようである。


「栄養価が高い物をもっと食べた方が良いぞ」


 王都を中心としてブレイブ領とは逆側の南の領地は、海や山脈があって侵略の心配はない。


 膨大な王都の食料はそこで作られている。


 300年も平穏が続けば、暇を持て余した人たちは文化に傾倒しだすために、割と飯は不味くないのがこの世界だった。


 ゲーム内でも、俺たちが取っつきやすい豪華な食事が描写されている。


 あくまで近世ヨーロッパ風、なのだ。風。


「うっさ」


 俺の言葉に、パトリシアは耳をほじりながら悪態を吐いていた。


 うーん、クソガキ感。


 か細さが守ってあげたいと男の欲望を刺激するのだろうかと一瞬思ったのだが、こいつは一人で国の上層部を相手どれる女傑。


 自衛くらいは自分でできるのだ。


「パトリシア、クッキーなら私が常備しているぞ?」


「……」


「栄養失調で倒れられたら王国の沽券に関わる」


 対するエドワードは、過去のことなんて大して気にもしておらず、普通にパトリシアを接待していた。


「特製のバターたっぷり、栄養価バッチリ、例えユーダイナ山脈で遭難してしまったとしても10枚持っていけば10日間生き残れる」


 1枚1日計算のクッキーって、馬鹿げたカロリーをしている。


 そんなもんブレイブ領の兵糧として採用したいレベルだった。


「い、一枚貰おうかしら」


 絶対に食わない方が良いと思うのだが、エドワードの圧に負けてパトリシアはその特性クッキーを一口齧る。


「――ッ! んんんんん!」


 そしてそのまま口を押えてトイレに駆け出してった。


 そりゃそうなる。


 誰が食ってもたぶん胃もたれすごくてとんでもないことになりそうなクッキーだった。


「失礼だな。魔力の垂れ流し訓練の後には丁度いい甘さなのに」


「変な訓練してんだな」


「近場にユーダイナ山脈があり、隣国との戦争で四六時中戦うブレイブならまだしも王都には危険が少ないから仕方ない。追いつき、追い越すためにはあと100回以上は死線を潜らないとな」


 おう、頑張れよエドワード、と心の中で返事をしておく。


 わざわざ死線を潜りにいく意味も分からないが、生物的な強さとは命を賭けて生き残った結果みたいなもんだ。


 でも闇雲に求めても意味は無いし、心の成長も欠かせないと思うのだが、それを俺が他人に説法するのはお門違いって感じである。


 他者から見れば、ただの人殺しと変わらないんだから。


「おいおいテメェら、パトリシアの姐さんに何食わせてんだ?」


 後ろから輩っぽい公国の生徒がズカズカと俺たちに近付いてくる。


 公国の制服は何故か学ランであり、先ほど顔を真っ青にしてトイレに駆けて行ったパトリシアはもちろんセーラー服だ。


 それが余計に輩感に拍車をかける。


 それにしても学ランとは、なんかあのゲームの次回作を匂わせているような、そんな気がしないでもない。


「テメェらあれだろ?」


「どうせ姐さんに捨てられたとかなんだろ?」


「ヒャハハ、その頭じゃ仕方ねぇよ」


 なんとパトリシア、公国に留学しても同じような逆ハーレムを作り上げているようだった。


 どいつもこいつもイケイケっぽい感じのちょっとヤンチャなイケメン集団なのだが、これが公国の貴族か?


「やれやれ公国の貴族は品がないな」


「ああ?」


 エドワードの呟きに、最初に絡んできた不良が言葉を返す。


「俺たちは貴族じゃねぇよ。だが公国は強さがあれば地位なんて関係なく通えんだ。俺らは貴族を押しのけて上位に入った猛者なんだよ」


「自分で猛者という言葉を使うな――弱く見えるぞ」


 そんなセリフに、一瞬にしてパトリシアという存在を失って血気盛んになった不良連中がキレ始めた。


「ハゲが偉そうなこと言ってんじゃねえよ!」


「振られた野郎はお呼びじゃねえよ! ハゲ!」


「ハゲ! ハゲ! ハゲが!」


「今ここで刻んでやってもいいんだぜ? おおん?」


「――ハゲではない。影だ!」


 さすがのエドワードも周りがウザかったのだろう。


 ブワッと一気に魔力を放出する。


 空気が圧し固められ、不良たちは一気に動けなくなっていた。


「ぐっ、な、なんだこれ」


「ちくしょう、何がどうなって」


 公国の学生だと聞いたから、かなり力を持っているのかと思いきや学生はやっぱり学生でしかない。


 そんな不良たちにエドワードは言う。


「公国の学生も所詮この程度か?」


「テメェ……」


「ここにはゴロゴロいるぞ、無詠唱で魔術を扱う奴らがな」


 いねぇよ、とは突っ込まなかった。


 今のエドワードの世界というか常識は、現状生徒会もしくは暗部の魔術師が対象となっている。


 生徒会で無詠唱ができないのはクライブとトレイザのみ。


 1年の生徒会メンツで半数以上無詠唱を使えることになるし、暗部の魔術師は無詠唱が前提だから一応ゴロゴロは間違っていないな、うん。


「チッ、だがそこの童貞くせえ野郎も巻き込んじまっ――ぶべらぁっ」


「何か言ったか?」


 何か変な言葉が聞こえたから思わず殴り飛ばしてしまった。


 障壁パンチ。


 点での攻撃ではなく、面での攻撃。


 全員まとめて壁にめり込んでいた。


 少しは手ごたえがあるかと思いきや、雑魚ばっかりである。


 そのキャラクター性からして雑魚っぽい。


「エドワード、こいつらどうせ賢者祭典で戦うことになるだろうし、普通に事故に見せかけて殺しても良いぞ」


「そうか、私とぶつかる相手だったのか。まあ公国が実力社会と言うのならば戦って死んだとしても別に良いか」


 見せつけてやれ、王国の魔術師の実力を。


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