87.パトリシアとの邂逅
「お、俺たちの役目は、学園内施設の案内と今日の宿舎の案内だ……」
心を静めながらやるべきことを復唱する。
「うむ、そこらのホテルよりも設備が充実しているからな、そして学園の守りは他の場所よりも固いので安心である」
「裏の奴らが幾度となく手引きされてるけどな」
学園から離れた場所にある平民街の安い宿の方が、物語から大きくかけ離れているので安全だ。
「無論、心配はいらない」
エドワードの身隠しのローブがはためく。
「ウェンディに制服を着せて潜伏させているからな、何かあってもすぐ私に報告が来るようになっている」
「なんでもいいけど、王権簒奪に俺は関係ないからな?」
もし王権簒奪が成功してしまえば、エーテルダム家は良くて公爵家となるか、最悪血縁ごと粛清されるだろう。
どちらにしてもエドワードが王位を得ることは難しい。
そこを助けろだなんて、一人で勝手なことをして虫が良い話だとは思わないか?
ウェンディに懇願されたところで、知ったことか。
「生き残りたかったら自分で何とかしろ」
「ケツを他人に拭かせてしまえば、前と同じじゃないか」
微妙に浮かせていた足を着地させながら、エドワードは言う。
「今は望んでこの道にいる。待ち受ける物が死ならば抗うだけさ――おっと、馬車が来たぞ」
公国の生徒を乗せた馬車。
円状の王都を真っ直ぐ突っ切る大きな街道に公国の旗を掲げて威風堂々とした姿だった。
公国は毎回ブレイブ家と小競り合いをしている敵国である。
しかしまあ、王都内では大した騒ぎにもならず堂々と馬車を走らせるなんて、虫唾が走るとはこのことだ。
「殺気が漏れてるぞ、ブレイブ」
「……お前もな」
隣に立つエドワードも殺気を込めて魔力を練り上げている。
「フン、事を起こすのが前提ならば、ただの学生が来るとも思わない」
さすがに障壁の中に入れるのは、非戦闘員の職員もしくは学生のみ。
ならば、そのために鍛え上げた学生が来るのは当たり前である。
公国となってから、ブレイブ領との戦いによって戦闘経験を蓄積してきた相手だ。
将ともなれば、俺の親父や兄弟をも殺せるような手練れ。
「ま、殺気を出してるくらいが丁度良いか」
「フフン、公国の学徒の実力はいかほどなのか興味深い。弱ければ、事故に見せかけて殺してしまっても問題は無いだろう」
「いいよ、死ぬ奴が悪い」
公国相手だ、殺しても構わん。
むしろ率先して殺せ、敵だ。
そこまで考えてすぐに頭を切り替える。
「いや一旦落ち着こう」
朝、アリシアに言われたことを思い出していた。
「殺気を出して威圧するまでは構わんが、殺しちゃダメだ。俺たち生徒会が大事にすべきことは生徒たちが賢者祭典を楽しむことだよ。それがアリシアの意見だ」
「ならば生徒が楽しめなくなる要素があれば、殺してしまっても問題はないのだろう?」
「それはそう。それで行こう」
ナンパな野郎がいたら、即処刑。
場を荒らす奴がいたら、即処刑。
怪しい奴がいても、即処刑だ。
「まあ、今はとりあえずあいつらを迎え入れるか」
公国も一枚噛んだクーデターが予定されているのならば、こうして最初に俺とエドワードが迎え入れるのは名采配と言えた。
俺たちを前で馬車が止まり、窓のカーテンが開いて中から誰かが顔を覗かせる。
「あら、久しぶりね、エドワード」
パトリシア・キンドレッドだった。
染めていた金髪ではなく、元の黒をベースに白メッシュの入った髪色になっている。
ナチュラルに俺を無視して、パトリシアはくすりと笑いながらエドワードに言った。
「素敵な頭ね、前より男前だわ?」
「パトリシア……フッ、君こそ変わったな」
ジッとパトリシアを見ていたエドワードだが、フッと鼻で笑って負けじと言い返す。
「いや、今の君が本来の君だってことか。守ってあげたくなるような、そんな雰囲気はどこにもない。どんな場所でも一人で生き抜くことができるしたたかさを感じるよ」
1学期から見て、二人とも容姿も雰囲気も何もかもが変わっていた。
いったい何が作用したのか。
逆ハーレムを構成していたキャッキャウフフの連中と言うよりは、どこかで決別した幼馴染のような感じである。
実際に出会いは幼少期に遡るのだから、それで間違いはないか。
「で、隣がブレイブ家の三男ね?」
エドワードから視線を外し、次は俺に目を向けるパトリシア。
「こうして話すのは初めてね? 初めましてラグナくん」
「単刀直入に聞く」
ニコリと笑うパトリシアに尋ねる。
「目的は何だ、パトリシア・キンドレッド」
「目的?」
首を傾げながら彼女は答えた。
「殺気を隠そうともせず、物騒な質問ね? 私は公国の来賓として賢者祭典を楽しみに来ただけよ?」
「嘘だな」
障壁を展開して、彼女の乗っている馬車のみを囲う。
ウェンディ相手に行った時のように。
パトリシアはそれに気が付いているようで、ジッと隙なく俺を見据えながら言う。
「貴方、戦争が起こるわよ?」
「ブレイブ家はずっと戦時中だよ、お前らのとこと」
言い返すと、彼女は溜息を吐きながら指をパチンと鳴らした。
「面倒な男。今は貴方に構ってる暇はないし、貴方も私に構ってる暇はないんじゃない?」
「……」
障壁内の俺の魔力空間の中で、何か大きな力が働いて、内部から障壁を突き破るような感覚がした。
それによって障壁は崩壊し、巻き込まれて動けなくなっていたエドワードが解放されて冷や汗を流しながら膝をつく。
「それは毎度のこと心臓に悪いな、ブレイブ」
「……どうやって拘束から逃れた、パトリシア・キンドレッド」
エドワードを無視して問いかける。
「フルネームは呼びづらくない? 貴方は私を呼び捨てにしても良いわよ? 何ならリシアと呼んでも構わないよ? 向こうでのニックネームみたいなものだから」
アリシアとちょっと似たような名前を呼べるわけがない。
パトさんとかキンさん、くらいが丁度いいだろこいつには。
パトリシアは問いかけに答えず煙を巻くようにして言葉を続けた。
「そろそろ開放してくれないと他の人が不審に思って見に来るわよ? 貴方達の役目って到着した私たちを案内することよね?」
公国の生徒から馬鹿にされても文句言えないわよ、と言われたので、一旦矛を収めて案内することに。
まあこの学園にいるのならば、幾らでも話す機会はあるだろう。
「行け。だが公国が好きに動けると思うなよ、俺の前で」
「そ? ありがと。まあ貴方の想像するように、公国と王国の関係上、それに便乗して何かが起こるかもしれないけど――」
去り際にパトリシアは言った。
「――私には関係のないこと」
◇
とかなんとか、格好つけながら去っていったパトリシアであるが、到着した彼女たちを案内しつつ、学園の設備も案内するのが俺たちの役目であるから、また会うのである。
「ゆっくりお話しする時間はあるぞ、パトリシア・キンドレッド」
「うむ、中々に鮮やかな去り際だったが、私たちの仕事は到着案内ではなくその後の公国側生徒の対応も含まれているのだ」
「……」
露骨に不機嫌そうな顔をするパトリシアに、俺とエドワードで両サイドを固めながら話す。
「では、公国の来賓様。俺らと一緒に賢者祭典を楽しむとしよう」
「フフン、エスコートは任せて欲しい。君のために必死で考えて導き出した最高のエスコートを、君のために使える日が来るなんて、これは神の思し召しと言っても過言ではない」
「うざ」
うざいだろう、うざいだろう。
何を考えているのか知らないが、今のエドワードは最強にウザい馬鹿になっちまったから、お前が何かしようとしても無駄だぞ。
うざうざ攻撃をくらえ。
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