86.ブ、ブレイブ(紅潮)


 クーデターがどうのこうの言われてもその対処は大人の役目であって、俺たち学生には関係ない。


 障壁の権限を切り替えることによる王権簒奪は、やりようによっては血の一切流れないクーデターとなるので、学園の生徒たちは変わらない毎日を過ごしていた。


「いよいよ明日から賢者祭典ね、気を引き締めていきましょ」


「うん」


 朝食を食べながら、アリシアと二人で今日の予定を確認しておく。


 賢者祭典開催と一般開放は明日からなのだが、他国の魔術学園の生徒に関しては1日早く受け入れを開始するのだった。


 生徒会の役目は、その雑用である。


「何とか今から中止にならんかな?」


「なるわけないじゃない」


 正面に座ってパンをかじるアリシアがさらっと答えた。


「貴方がどれだけ騒ぎを起こしたとしても、クーデターの切っ掛けとして賢者祭典が重要なんだから中止になんてならないわよ」


「カストルが死んでも続けるんだもんなあ」


 哀れな男だった。


「まあ、あまり生徒に被害が出ないように注意しましょ」


 公国の魔術学院生徒の受け入れ、過去に色々あったとしても子の世代には関係なく時代を経て意識を改革させていくために必要なものだと学園長は決めている。


 以前、運命がどうのこうの言っていたジジイの言葉は、色々と知った今だからこそ少しだけ理解できた。


 何とか外堀を埋めて変えていこうとしていたのだろうかね?


 ウェンディは、古の賢者が残した【アカシックレコード】とやらに賢者はアクセスして情報を読み取ったと言っていたし、同じようにヴォルゼアもそれでシナリオのような物を知っていたのだろう。


 怪我で目を悪くして両親も失ったマリアナを支援して学園に入学させたことに説明がつく。


 まあ、俺とかパトリシアというシナリオブレイカーによって、ヴォルゼアの地道な努力は無情にも崩壊してしまったわけだがな……。


「まあ、クラスの行事に参加してても碌なことにはならないし良いか」


 非常に面倒くさい役目なのだが、現状無駄に殺伐とした特別クラスの中で賢者祭典に臨む方がもっと面倒くさいので、何か仕事があった方が暇をつぶせて良かった。


 1年生の女子たちが頼りにしていた3年生もクーデターの件で唐突に動かなくなり、僅かばかりの対抗心か、同調圧力により茶会は開かれず、特別クラスの生徒たちは冷え込んでいる。


 教師が雑に決めた催しごとも大してやる気ないみたいだし、恐らくだが特別クラスの生徒にとっては最悪の催しごとになるのかもしれない。


 リーダシップを取る人がいないのだ。


 物語はリーダーシップ溢れた攻略対象キャラクターたちが全て推し進めて主人公を導いてきたのだが、ハゲもクライブも生徒会でそんな暇はなく、カストルは死んでジェラシスは留学、残る一人のカスケードの息子はどこにもいない。


 物語を動かす連中が軒並みいなくなってしまったおかげで、エアレーションを失った水槽みたいにみんな死んだ魚の目をしている。


 すまんなヴォルゼア。


 楽しい学園生活なんて夢のまた夢で、ここは墓場だ。


 しかし、一般クラスの皆さんは息を吹き返したように最近頑張ってくれている。


 きっと一般クラスの方々は楽しい賢者祭典になるはずだ。


 生徒会である俺の役目は、今まで不遇だった一般1年生諸君に楽しんでいただけるよう学園の平穏を守るだけなのである。


「予定は各自確認。私はトレイザを連れて2、3年の生徒会と打ち合わせ、マリアナはクライブと生徒会室で待機。貴方はバカと他国の生徒の案内ね」


「えっ、ハゲと一緒……?」


 嫌だなあ。


 露骨に嫌悪感を出していると、アリシアが溜息を吐きながら言う。


「バカが何か勝手なことをする時に、クライブじゃもう止まらないでしょ? 裏で貴方仲良しじゃない、見張ってなさいよ」


「仲良しじゃないよ、いつでもハゲ殺せるよ」


「ハゲが貴方に向ける視線がキモイくらいに特殊だから、貴方が居ればとりあえず自分勝手に行動しないでしょ?」


「うぐぐ」


 そう言われてしまえば何も言い返せなかった。


 アリシアがクライブではなくトレイザを連れて行くのは、彼ら二人の関係性に配慮した結果であり、生徒会のメンツであればマリアナもそろそろ慣れているそうなので、クライブと待機させても問題ないらしい。


「バカは、とりあえず所作は優雅で人当たりも悪くないし、貴方が目を光らせていれば変なことはしないわよ」


 そして、ジト目で俺を見つめながらアリシアはさらに言葉を続ける。


「問題は貴方ね」


「えっ」


「突拍子もないことはしないこと。貴方は自分が何を言われても平気な顔してるけど、私のことを言われた時も一旦落ち着きなさい? 変なことになればバカが真似してもっと事態は悪化するから」


「はい」


 胸が当たるくらいの距離でぐいぐいと言い聞かされて、俺は素直に頷くしかなかった。


「他の生徒に迷惑をかけない。そして楽しんでもらう。それが私たちの役目よ。楽しくない人もたくさんいると思うけど、楽しみにしてる生徒は多いんだから」


 と、アリシアは俺の手を握る。


「じゃ、行きましょ」


「うん」


 面白くないと思っている奴らはたくさんいるが、それ以上に楽しみにしてる人が大半だ。


 ひねくれ者より、そっちを大事にする方が良いことをアリシアはよくわかっている。







 昼前から到着する他校の生徒を案内するために、俺は学園の門までやってきていた。


「フフン!」


 隣には仮面を身に付けたエドワードが浮いている。


「なんで浮いてるんだ……?」


「気付くとはさすが【蛮勇】だ。立っているか浮いているか、よく見ないとわからないレベルの魔術、さて、他学園の奴らが私のこの高等技術に気付けるかな? フフフン」


「普通にしとけよ」


「何、他学園の奴らに我が学園の魔術レベルの高さを見せつけてやろうではないか!」


 確かにすごい精密な魔術だけど、学園の生徒はカリキュラム的に無詠唱を使えない。


 すごい技術ってのがわからないのだ。


「後、人前で仮面も禁止だ。そして俺のことを人前で【蛮勇】とか【番犬】とかで呼ぶのも禁止。ブレイブと呼べ」


「なに!? 良いのか、その名で呼んでも!!」


「いや、別にダメって言ってないけど」


 許可制でも何でもなく、ブレイブはブレイブなのである。


 エドワードは素直に仮面を取ると、若干頬を赤く染めながら言った。


「ブ、ブレイブ……」


 つあああああああああああああああああああああ!!


 寒気がした。


 ちくしょう!


 何で俺はこいつと一緒に過ごさないといけないんだ。


 嫌過ぎる、嫌過ぎる、嫌過ぎる。


「家名で呼ぶと、なんだか勇者の親友っぽくて良いな? フハ」


「あっそう……」


 落ち着け、俺。


 我慢だ、我慢。


 今すぐにでもこのハゲ頭をぶん殴りたかったのだが、勢い余って殺してしまいそうな気がするので必死に心を静める。

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