76.解任要求とハイ論破


「アリシア、アリシア」


「何かしら」


 放課後、生徒会室でコーヒーを飲みながら書類仕事をする最中、マリアナがアリシアに尋ねていた。


「2年生、3年生の生徒会ももちろんいるんですよね?」


「ええ、いるわよ」


「上級生と会う機会がないので本当にいるのか心配になりました」


 学園では、校舎が完全に分かれているので確かに会う機会はない。


 一応寮は同じだし、放課後の茶会などは上級生と話す絶好の機会ではあるのだが、マリアナは実家通いで茶会に誘われることもないため一切接点がなかったのである。


 物語の中で上級生は何人か出てくるが、後は全部モブみたいな扱いだった原因は完全な校舎分けによるものなのだ。


「貴方気絶しちゃうから来ないように言ってるだけよ」


「ふええ、そうだったんですか」


 生徒会1年で、まともに2、3年の生徒会メンバーと話し合いができるのはアリシアとトレイザ、クライブのみである。


 マリアナは気絶するし、エドワードはバカでアホだし、俺は面倒ごとになるからとハウスなのだ。


 見事に半分使い物にならないかと思いきや、マリアナは貴族と会う以外の仕事は問題なくこなせるし、エドワードは多少強引に話を進めても何かみんな納得するし、俺は恐怖の象徴だ。


 そう、いるだけ良いのである。


「色々急激に1年を変えちゃってますが、怒られないんです?」


「変えるというより、拗れてたものを戻してるから大丈夫よ。それにパワーバランス的に言えば王家、公爵家、侯爵家、辺境伯家、伯爵家が揃ってるから迂闊に何か言ってくることはないわね」


「ふおおお! なんだか私が居ても良いのか悩みどころですね!」


「良いに決まってるじゃないの、選ばれて然るべきよ?」


「アリシア~! ゴロニャ~ン!」


「はい、ゴロゴロしないでちゃっちゃとこの書類をまとめましょ」


 座るアリシアのひざ元にじゃれ付くマリアナ。


 まるで飼い猫のように喉元をくすぐられて喜ぶマリアナの姿を見て、俺は心の中で少しだけ羨ましいなと思っていた。


 そういえば爵位だけで見れば、俺はこの生徒会でもそれなりか。


 お飾り爵位みたいなものだし、何の命令権も持ちえていないが、とりあえず「我、辺境伯ぞ」と言えんこともない。


 言わないけど。


「そういえば朝から生徒玄関の方が何やら騒がしかったみたいですけど、何かあったんですか? 教室でも、みんなざわざわしながらラグナさんを見てますし、異様な雰囲気で」


「ああ、気にしなくていいのよ」


「さして二人が気にしてないのなら私も気にする必要ありませんね」


 それだけ言ってマリアナは再び書類に目を戻す。


 うら若き乙女であれば普通は結構気にすると思うのだが、彼女も彼女で結構特殊な性格だよな、と傍目で見ていてそう思った。


 見てもスプラッターな映像だし、俺のことを知る人が見ればただの黒歴史映像なので見ても仕方ない。


「――邪魔するわよ」


 それからテキパキ賢者祭典用の書類をまとめていると、誰かが生徒会室の扉を開けて中へ入ってきた。


「なに!」


 女帝の命令によって一言も喋ることなく書類仕事をまっとうしていたエドワードが、やっと自分の出番が来たとばかりに立ち上がる。


「邪魔するのならばお引き取り願おうか」


 優雅にドアを開けた女子生徒を3歩ほど室内に入らせ、爪を整え、髪を直し、どこから出したのか上質そうなショールをかけて、小分けにしたお菓子と紅茶のセットを持たせると手を引くようにして退出させた。


 その間、約5秒。


「あっ、はい……」


 最上級のおもてなしっぽいことをされた女子生徒は、最初に押し入ってきた勢いとは打って変わって、少しだけ顔を紅潮させながらしずしずと引き返していく。


「これで生徒会の職務に集中できるな」


 何事もなかったように再び席について書類とにらめっこを始めるエドワードを見て、こいつすげぇなと改めて思った。


 王族の教育どうなってるんだ。


 バグってるぞ、色々と。


「何勝手なことをしてるのかしら? 序列最下位さん?」


「はっ、序列最下位故に、客人の対応等の雑務は私にお任せくださいませ……そして鮮血の生徒会として最善の持て成しをさせていただいた次第でございます!」


 笑顔で額に青筋を浮かべるアリシアの前にひれ伏すエドワード。


 その様子にさらに苛立ちを覚えたのか、ピクピクと青筋が増えていくアリシアの表情は、まるで歴戦の武将のような威圧感を放っていた。


 強そうだ、強い女だ、素直にタイプです。


「邪魔すると言われて馬鹿正直に追い返す馬鹿がどこにいるの……?」


 アリシアの一言はごもっともだった。


 でもそこに跪く仮面のハゲはバカなので、どこにいるのと聞かれれば、そこにいますと言う他ないのである。


 悲しい現実だ……。


「連れ戻しなさい。生徒のために例えどんな意見でも耳を傾けるのが生徒会の役目よ」


「はい――へぶっ」


 すごすごとドアに向かうエドワードだが、唐突に開いたドアによってぶっ飛ばされる。


「何なのよ! 私は陳情を申しに来たのよ!」


 せっかくお上品に退室してったというのに、ドアを蹴り開けてズカズカと大股で近寄ってくる女子生徒。


 すごい剣幕だが、アリシアはまるで何事もなかったかのようにスッと聞き返す。


「では、お名前とご用件を」


「ぐっ、ミラ・ヴァル・フリンジストンよ」


 澄ました様子にミラと名乗った女子生徒の顔が歪む。


 ヴァルという名は、伯爵家か。


 それなりの血筋、とは思ったがこの校舎にいるのはそういった奴らばかりである。


 ……それなりな血筋の生徒数多くね?


 今気づいたけど、明らかにこの国って貴族多いよな?


 まあ人口もめちゃくちゃ多いけど。


「では、ご用件を。何かしら?」


「今朝の騒ぎ、生徒会としてはどうなさるおつもり?」


 何か文句を言おうとしてる生徒が朝いたから、どこかで文句を言ってくるだろうなとは予想していたが、本当に放課後さっそく現れた。


「あんな凶悪な生徒がこの学園にいるだなんて、私、怖くて怖くて仕方がありません! 他の方もそう申しておりますし? 最近の生徒会の暴挙には皆不満を抱えておりますのよ?」


 わざとらしそうにヨヨヨと泣き真似を始める女子生徒と、ドアの向こうには取り巻きの連中もこっそりこちらを窺っており、同じようにヨヨヨしていた。


 さてどう言い返そうかな、と思っていた時である。


 アリシアは堂々と女子生徒を見据えながら言い放った。


「で、結局何が望みなのかしら? 不満を言うだけならお茶会の申請でもしてそこで語らいなさい。今は茶会も少ないし、すんなり補助金が下りると思うわよ?」


「惨めに婚約破棄された傷物風情が、生徒会に入ったからと言って調子にのりやがって……私たち生徒一同は生徒会一同の解任を要求します。これは正統な権利でしてよ?」


「正当な理由があればお受けいたしますが、どこに正当な理由が?」


「任命式の決闘騒ぎ、あれは最初から仕組まれていたものでは? カストル様の言う通り、こんな捨て地の猿が生徒会に入れるはずがございませんもの? あれから生徒の冷遇が始まりましたし、皆そう思っておりましてよ」


「学園長様も言ってましたが、選ばれるべくして選ばれたのが私たち生徒会ですので、仕組んだ仕組んでないという話じゃないのだけど」


「そもそも、あの映像のように教師を平気で人を殺せるような人間がそもそもこの学園にいるのがおかしい話です。もう怖くて登校も嫌がる生徒が多いんですのよ?」


「平気で人の悪口を言える貴方の方が、私は怖いと思いますが」


「ぐっ」


 アリシアにフルカウンターされて狼狽える女子生徒だが、すぐに歪んだ表情を元に戻して言い返す。


「一同は言い過ぎでしたわね、ホホホ。一先ずは教師にあのような暴挙を働くそこの捨て地の猿の解任を求めます。自浄していただきませんと、私のように暴力に屈せず意見を述べる方はごまんとおりますから」


「はあー……」


 ドンッ!


 アリシアは溜息を吐くと、書類の束を女子生徒の前に叩きつけた。


「ひっ」


 いきなりの出来事に女子生徒はビクッと怯える。


「これは1学期の教師名簿よ。疑うのなら、あの映像と一人一人顔を見比べてみてはいかが? ほとんど存命だから、一緒に挨拶周りしても良いわよ? まったく、アレが教師だと思っているなんて、貴方の目はどこについてるのかしら?」


 アリシアはさらに続ける。


「学園への襲撃者の件は、確かに他の生徒の恐怖を煽る形になるから私の方から学園へ警備を見直すように言っておきましょう。この責任の所在は学園側、生徒会に言うのはお門違いね」


「で、ですが! 事実そこの捨て地の猿はカストル様を殺して、さらには他の方々まで平気で手に掛ける野蛮人。そのような方がいる状況で紅茶も美味しく飲めませんわ!」


「むしろ学園の危機を未然に防いだ英雄とも言えるのだけど、その辺はどう考えてるのかしら? この学園は貴族のご令息ご令嬢が通う場所であり、貴方が誘拐されていた可能性まであるんですよ?」


「うっ」


「それに爵位で言えば辺境伯家は伯爵家よりも上位であり、捨て地の猿だの野蛮人だの、口のきき方に気をつけた方が良いわよ?」


「こ、この学園では爵位は関係ありません!」


「でしたら大人しく下がりなさい。特別クラスはそもそもそれなりに優遇されております。冷遇されていた一般クラスとの差を改善しただけです。親の爵位で差が生れるなんて良くないものね?」


「くっ、上級生のあの方もカストル様の決闘騒ぎに心を痛めています! そうやっていい気になっていられるのは今だけよ! ふん!」


 見事に全て言い返されてしまった女子生徒は、悪態を吐きながら尻尾を巻いて逃げていった。


 すげぇな、完全論破である。


 そして何故か俺は学園への侵入者を未然に殺した英雄みたいな形になっていた。


 アリシア、すごい!


「それにしてもいつの間に、こんな書類を」


「どうせ色々言ってくる生徒が出ると思ったから、事前に準備させておいたのよ。裏金問題に絡んでる教師もいただろうから、それを洗い出すついでにね」


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