75.災い転じて福となる


『お前らの中で、キスの味を知ってる奴はいるのか?』


『答えてみろよおおおおおおおお――ッ!』


『なあ、おい! なんだよ初恋の味って! 何味なんだよ!』


『魔物より美味いのか! わかんねーぞ教えろよ!』


 映像の俺は、そんなことを口走りながら教師たちを蹂躙していた。


 しかし、別にスプラッターな映像かと言われればそうではない。


 あの時は後始末が面倒だったので、可能な限り首を圧し折ったり、胸骨ごと心臓を潰して殺していたのだ。


 たむろして映像を見つめる生徒たちから少し離れた場所で、アリシアが俺をジト目で睨みながら言う。


「何よ、これ?」


「夏季休暇前に襲われたんだよね、マリアナがお泊りに来た日に」


「またサラッととんでもないことを……」


 みんなで虫の駆逐をした後に、俺は侵入してきた魔術師の駆逐を行っていたわけだ。


「教師の服装をしてるけど、明らかに違うわよね?」


「王都の暗部魔術師らしいよ」


「聞いたことないわね、そんな組織……」


「暗部って名前を付けてるくらいだから秘匿なんじゃない?」


「にしては白昼堂々と貴方襲われてるのね」


「それはそう」


 白昼堂々、大人数での大立ち回りである。


 それなりに音は響いていたと思うのだが、この映像がこうして晒されるまで何も言われなかったということは、恐らく音などが外に漏れない魔術が事前に使われていた、という形か。


 相手に魔術を使わせないようにする反魔術障壁もあったりするのだが、魔術に自信のある連中がそんなことをするわけでもなかった。


 もっとも障壁に関して、俺はエキスパートである。


 そんなもん通用しないし、魔術なしだったとしても負けるつもりは毛頭ないのだ。


 あれは夏季休暇が始まる前のお遊びみたいなもんである。


「全員骨すら残さず全て灰にしてあるから、その辺は抜かりないよ?」


 焼却炉が近場にあって良かった。


 残灰は畑の肥料でもされて、王都周辺の農地に撒かれてるんじゃないだろうか。


「そういう問題じゃないのよ……」


 まあ、そういう問題じゃないよね?


 いつ撮っていたのかわからないが、よくも人の黒歴史を公衆の面前で晒し物にしやがって許さねえ。


 って言う問題でもない。


 それを言うと、アリシアにさらに怒られそうなので言わないでおく。


 問題は、何も知らない奴らからすれば、大量の教師を虐殺している俺の姿が映っているわけで、学園の教師が一新された今、その原因はこの虐殺だったと言い張れないこともない。


 それを理由に色々と生徒会に対して要求してくる可能性があった。


 うーん、どうしようかな?


 これ全部、イグナイト家の手引きでやってきた王都暗部の魔術師を自称する雑魚連中なんだが、納得するような説明ができるのかどうか。


 ヴォルゼア辺りに言っておけば何とかなるか。


「アリシア、ちょっと一緒に学園長のところにいこう」


「困ったことに、あいにく今はいないのよ」


「え、なんで?」


「カストルの件で色々と動くことがあるのよ。ペンタグラム家に面と向かって説明できるのは学園長様だけだから」


 決闘騒ぎにあと、学園側とペンタグラム家側で責任がどこにあるのか話し合いの場が設けられているわけだが色々と難航しているらしい。


 ペンタグラム家の息子が勝手に決闘騒ぎを起こしました、そして死にましたで話が済むはずもない。


 話し合いの渦中に俺が呼ばれない辺り、ヴォルゼアが全ての責任を背負おうとしていることがわかる。


 せめてもの援護射撃としてほとんど横領に近い金回りの書類を渡しているので、そっちはそっちで頑張ってくれって感じだ。


 お任せである。


 目の前の映像騒ぎも俺には何の責任もないのでお任せしたいのだが、これ以上お任せしてしまうとさすがに過労死だろうか?


 でも対処しようにもなあ?


「とりあえず無視で良いと思うよ」


 色々と加味した上で、俺は無視を決め込むことにした。


「この映像は事実だし、周りに説明したところで理解されるとも思わない。生徒会の除名に繋がっても別にって感じだ」


「貴方ねぇ……まあ、気にしても今更かしら」


 特に何とも思ってない俺の様子を見て、アリシアは溜息を吐く。


「1学期に在籍していた教師一人一人に確認を取って行けばアレが教師じゃないことはわかるだろうし、まったく何の嫌がらせなのかしら」


「まあ、反感を持つ生徒はたくさんいるだろうし仕方ないよ」


 アリシアの言う通り、これはただの嫌がらせなのだ。


 精神的なダメージを負わせるために流しているのかもしれないが、カストル決闘事件で恐怖の象徴となった今、大して変わらん。


 いやしかし、あれか。


 内容を知る人が見れば、俺がただキスがしたくてたまらないみたいな、それで八つ当たりをしているように見えなくもない。


 ぐふっ、ちょっとそれは心にダメージを受けた。


 や、やるじゃないか……。


 俺の心境を知ってか知らずか、アリシアは言う。


「賢者祭典が近いってのに、みんな本当に暇なのね?」


「茶会開いてないからじゃない?」


 持て余した時間を勉強に使うことはしないもんだ。


 人間という生き物は、中々変わることはないのである。


 放課後こっそり如何に俺たちに嫌がらせをしようか企んでる奴もそこそこいそうな気配だな。


 陰口や暴言くらいならまだしも、色々と企てて危害が及ぶようならば賢者祭典なんて開けないレベルで事を構えてもいいぞ。


 閃いたのだが、それで良いんじゃないか?


 今年は開かれません、みたいな形になれば何かしてくるであろうパトリシアとジェラシスの牽制になるかもしれない。


 危険すぎるから開きませんルートに推し進むのだ。


 この世界は、エドワードを見る限り、もう先も読めないレベルでとんでもないことになってしまっている。


 逆に人がたくさん集まる賢者祭典は邪魔だ。


「アリシア、この映像を理由に賢者祭典を開催しない話に持っていこう。決闘騒ぎで学園長が色々立て込んでるならばそれに越したことはない」


 ゲームの世界では、丁度この頃にブレイブ領が消滅してしまうイベントが巻き起こる。


 賢者祭典を楽しんだ主人公たちの元に、辺境の地で強大な魔族が生れてその領地が消滅したという報告が来るのだ。


 王国は緊急事態となり、ブレイブ領の周辺領は、戦備がないらしく王都にみんな避難してきて王都防衛戦が開始される。


 その時、執拗に主人公が狙われて、賢者祭典で活躍した攻略対象キャラクターは、アリシア含む魔族たちと戦うことになるのだ。


 魔族の強い奴を打ち倒すことで、王都はさほど被害を受けることもなく、攻略対象キャラクターと主人公は王からお褒めの言葉を授かる。


 傷を負った兵士たちも主人公が必死に治療して回り「あれ、この子すごく優しい子だ……」みたいな支持を集めることになる。


 魔族の被害は生徒にも及んで、多少そこで生徒からの印象が変わる。


 平民と貴族の恋を応援する声が大きくなるので、物語の転換点みたいなもんだ。


 それから、えーと……。


 そうだ、生き延びていた悪魔憑きアリシアが王都の障壁を壊すことを切っ掛けとして、次はお隣の国が攻めてくるようになる。


 防波堤となっていたブレイブ家もない、そして邪魔だった王都の障壁もなくなることで、意気揚々と戦争を仕掛けてくるのだ。


 物語終盤、冬の訪れの前。


 隣国の兵士たちは何故か魔族よりもステータス値が高く、めちゃくちゃ強いのだが、ブレイブ家とずーっと小競り合いを続けていたのだからそれもそうか。


 だったら無い方が良い、賢者祭典なんて。


 隣国の厄介な奴は学園に入学する前に俺が殺したし、魔族が生れると可能性を持つユーダイナ山脈にはオニクスがいる。


 何か起こるとすれば、賢者祭典だ。


 マジで中止にした方が良いレベルである。


「中止にしようよ、いっそのこと」


「1年生だけでそんなこと決めれるわけないじゃないの」


「うーむ、それはそう」


 学園どころか国を巻き込んだ一大行事なので、やれ色々問題が起こりましたじゃ止められないのも仕方がない。


 でも理由があれば中止に追い込みたいのだが、何かないものか。


「ほら、さっさと行くわよ。ついでにこの映像も回収しておかなきゃ」


「うい」


 まるでモーゼが海を割った時のように、綺麗に両サイドに別れた生徒たちの間を通って映像を流す水晶を回収した。


 モブ生徒たちの声が聞こえる。


「おい、あの映像、本物なのか……?」


「カストル様相手に一切容赦しなかったからガチでは?」


「そもそもアレは教師なのか? でも一新されたってことは……」


「馬鹿、目の前で言うな、殺されるぞ」


「何で教師にキスの味を聞いてんだ……?」


「わからないけど、番犬はキスの味を知りたいらしい」


「知らないのか、なんかちょっと親近感湧いてきたかも」


「貴方みたいな生徒がこの学園に――」


「――わん!」


「ひいっ!」


 ムカつくことを言われたので悪乗りして咆えてみると、蜘蛛の子を散らすように走り去っていく生徒たちだった。


 一人だけ、何か意見しようとしていた奴がいたけども、雑踏の中にのまれて消えてしまった。


 余計なことをしてしまったのだろうか?


 まあ、言いたいことがあるなら生徒会室に来るだろう。


「こらっ! くだらないことしてないの!」


「すいません」


 怒られたので大人しくシュンとしていると、アリシアは言う。


「ラ、ラグナは、キスの味がそんなに知りたいわけ?」


「えっ」


「知りたくないのでそうねわかったわそういうことね」


「ちょっ、めっちゃ気になります! わたし、気になります!」


「じゃ、あまり騒ぎを起こさないようにすること、良い?」


「かしこまりました!」


「それならまあ、色々落ち着いたら……またデートに行きましょ?」


「はい! デートします!」


 少しだけ早歩きになったアリシアの耳は少し赤くなっていた。


 俺とセバスで企画した悪魔召喚ドキドキイベントはたいした効果を生まなかったのでどこかでデートに誘うつもりではいたのである。


 あの時はセバスもマリアナもいたし、そりゃ吊り橋効果なんて起こるはずもないよな?


 やはり二人きりでロマンチックじゃないと、女の子は喜ばないのだ。


 誰だか知らんが、デートの、その先のキスの切っ掛けを作ってくれてありがとう。


 映像流した人ありがとう!











「――うぐぐぐ、い、いきなりみんな踏みつけやがって、ちくしょう、こんなの認めない、認めないんだから……お姉さまの言った通り、あいつらはこの学園を壊す気だ。壊す気なんだ……」

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