77.こみ上げてくる恥ずかしさと


 アリシアに論破された女子生徒が去った後、静かになった生徒会室で今まで黙っていたマリアナがポツリと呟く。


「あの方って誰なんでしょう? なんであの方が誰なのか言わずに帰っちゃったんでしょうか? 最初からそのあの方とやらと来ればいいのに」


 ごもっとも。


 最初からあの方とやらと来れば一回の論破で済むのに、貴族とは本当に面倒な生き物である。


「そうやって何度も何度も来るのよ、相手がうんざりするまでね」


「勝手に物を送り付けてきて、贈り物だと言い張ってお礼に色々と注文を付けてくる輩もいるぞ」


 嫌な経験でもあったのか、エドワードはうんうんと頷きながら会話に混ざっていた。


「ま、誰かは自ずとわかるから、こちらから攻めれば良いだろう」


「誰なんだ?」


 俺も何となくわかってはいるのだが、一応エドワードが本当にわかっているのか聞いておく。


「カストルの元婚約者、ベルダ・フォン・スラッシュだろう」


 エドワードはわざわざ仮面をずらして片目を露出させながら、射貫くような視線を俺に向けていた。


 格好つけてんのかな、これ?


 隣にいたマリアナが「うっ」と口元を抑えて生徒会室の中に設置されたトイレに駆け出してったので、シリアスシーンは台無しである。


「彼女は3年の生徒会メンバーで会計を担当している。伯爵家の娘が強気に出ることができるのは彼女の後ろ盾があるからだ」


「3年の会計ってことは、予算の総括ポジションね」


「1年生向けの金に細工をされるかもしれないが、何があろうとも【女帝】の手腕があれば問題はないだろう」


「あっそう、じゃあ引き続きよろしく頼むわね、シャドーさんとやら」


「ハッ!」


 跪くエドワードだが、もはやアリシアは何も言わなかった。


 慣れたというか、気にすることすらもう意味がないと自分の中で見切りをつけたのだろう。


 元婚約者ですよ、それ。


「アリシア、シャドーとはなんです?」


「さあ?」


「説明しよう!」


 げっそりしながら戻ってきたマリアナの疑問にアリシアも首を傾げる中で、エドワードは得意そうにマントをはためかせて語り出す。


「私は【仮面】、姿を隠し影で情報を集める者。先ほど叩きつけられた書類は私が朝からかき集めてきたものなのだ!」


 設定が追加されていた。


 最近になって、このバカのロールプレイをなんだかちょっとカッコイイと思い始めてきた俺がいる。


 二つ名は付けられて初めて自覚が湧くもんだ。


 自分で名乗るものではなく、強い印象を残した時に初めて他人にそう呼ばれ出し、浸透する物だけどな?


 捨て地の猿とかそういった蔑称も似たような物である。


 まっ、ここは退屈な学園生活のちょっとしたアクセントだ。


「昼間は【番犬】が屋根の上から学園を見張り、夜は私が諜報を担当しよう。これでもそれなりに色んな話が入る身分なのだぞ?」


 エドワードは、王位継承権をはく奪されたわけではない。


 赤子以下だが、何かきっかけがあればまた1位になれないこともないそんな立場なのである。


 そんな中この馬鹿は、そうした状況を楽しんでいる節があった。


 エドワードを丁重に扱う奴は、順位は下がったがそれはただの見せしめでしかないという状況に気付いている奴、もしくは王族の地位しか見ていない馬鹿。


 侮っていたり、それなりな扱いをする奴は、別の候補に鞍替えした勢力に取り込まれた敵みたいなもんだ。


 バカだが実は抜け目のない奴だと、俺は思っている。


 バカでハゲだが、ただそれだけの奴が詠唱しながらの剣技で蟻の魔物100体を相手に取れるか?


 そうした胆力は、心の強さに比例するもので、相応の苦労か血の滲むような努力によって培われる。


 弱い人間は、状況から逃げることの方が多いもんなのだ。


「授業には出なさい。日中の学園生活をまともにこなしてからなら勝手にいくらでも好きなようにしていいから」


「承知いたしました、序列最上位よ。この【仮面のシャドー】にお任せください。きっとスラッシュ家の不正を暴いてまいります」


「いや、不正してるなんて思ってないけど……」


「では、そろそろ世界が闇に包まれる時間故に、――陰である私は世界の闇の中に溶け込んでまいります」


 もう誰もついていけなかった、このノリに。


 ちなみに9月なので放課後とは言え、世間はまだ明るい。


 そしてエドワードが来ている制服は、攻略対象キャラクター組の特別仕様で白いタイプだ。


 ツルツルの頭も合わさって、結構輝いてるんだよなあ……。


「そうだ【番犬】よ」


 急に話しかけられた。


「な、なに……?」


「暗黒の使い魔たちは、鮮血の上を踏み抜いて刻々と傍に忍び寄る――必ず【女帝】を守り抜くことだ」


 やばい、なんて言ってるんだ、こいつ。


 とりあえずなんて返そうかな。


 ええと、暗黒の使い魔たちは暗部の魔術師たちのことを言っていると仮定して、鮮血の上を踏み抜いてってことは、俺たち生徒会に何か良くないことを考えていると見て……面倒くさい。


「敵は全部――噛み殺す」


 番犬らしくな?


 そう告げると、エドワードはフッと笑って生徒会室から出て行った。


「仇なす者に鮮血を――」


 そんな言葉だけを言い残して。


 空気がスンッと静まり返って、定時を告げる鐘が鳴った。


「ラグナ、貴方……」


「ラグナさん……」


 アリシアとマリアナの視線が俺に集中している。


「いや、わかってるから、うん、みなまで言わないで」


 なにこれ、すごい恥ずかしい!


 ヤバい。


 なんて言うかもう、恥ずかしい!


 とにかく恥ずかしくて、今すぐにでも世界を消滅させたかった。


「ラグナってそういうの好きだろうし、止めないわよ別に」


「えっ」


「突然首輪をつけてって言い出すくらいですしね? それをも受け入れるアリシアの懐の深さには脱帽です。いや、帽子被ってないので脱メガネです」


 かっこいいと思った俺が馬鹿だった!


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