72.本当の任命式か


「これで決闘なんて馬鹿なことをする生徒はいなくなるわね」


「そうだね、覚悟がない奴は決闘なんてするもんじゃないよ」


 俺は、容赦なくカストルの首を斬り落とした人物として避けられる対象というよりは、恐怖の象徴のような形に収まるだろう。


 当たり前の結果なので別に良い。


 本来の決闘は、こういう結果に結びつくことをこの学園の生徒に知らしめたかったので、これで良かったのだ。


 これが抑止力となれば、変な決闘騒ぎも起きたりはしないだろう。


「これを機に決闘禁止を生徒会で訴えても良いと思うよ」


「みんな頷くでしょうね」


 短く言葉を返される。


 なんだか冷たかった。


 やっぱり彼女の前でカストルを殺してしまうのは良くなかったのだろうか、でも仕方がないからまあいいや。


 今なら決闘禁止は満場一致で可決すると思うし、その役目をアリシアたちに担ってもらえば彼女の地位も向上するだろうさ。


 今回起こってしまった死者の出る決闘の結果を元に、一度決闘を経験した身のアリシアが言えばみんな納得する。


「でも貴方はいつまで経っても恐怖されたままよ」


「それでいいよ」


 アリシアの決闘騒ぎを上書きできるなら、別にそれでいい。


 彼女は俺の婚約者で、もしかしたら一緒に怖がられるかも知れないが、恐らく捨て地のイメージ上、俺が悪くなればなるほどにアリシアは同情されることになるかもしれない。


 いや、俺の行動次第ではきっとそうなる。


 周りからそう思われることが普通だと思えるほどに、この世界は歪んでいて、その歪みの中にブレイブ家はあるんだから。


 どんな過酷な状況でもアリシアは友達を作れる。


 それだけ魅力的な女性だ。


 そんな彼女のイメージが回復した結果、公爵家の事情で婚約破棄を告げられたとしても、彼女の待遇が良くなるのならばそれでいい。


 多少は悲しいけど、近くなくても影から守るだけだ。


 いや、国ごと守ったって良い。


 元々――それがブレイブ家の役目、生まれた時から決まってる――


「――私は嫌」


 アリシアが俺の前に立つ。


 少し泣きそうな顔だが、真っ直ぐ俺を見ながら彼女は言った。


「だったら一緒に怖がられる方を、嫌われる方を選びたい。私は貴方みたいに強くはないけど、それでも貴方を独りにはしたくないの」


 アリシアは俺の袖を掴む。


「突き放そうとしないで、本当に追いつけなくなっちゃうから」


「アリシア……そんなつもりはないけど……」


「守られることは悪い気分じゃないけど、私は貴方の後ろじゃなくて隣にいたい。地獄の訓練も耐えるから、今はまだ手を離さないで」


 彼女の言葉は、頭の奥というか、心の中に重く響いていた。


 前世も含めて、一緒に怖がられる方を、嫌われる方を選びたいと言った存在はいただろうか。


 いないよな。


 単純に嬉しかった。


 優しくて、それでいて何となく懐かしいようで、すごく心が落ち着くというか、心地よい感覚がする。


 まさに聖母?


 マリアナが聖女であるならば、アリシアは聖母である。


 歪んだ世界じゃなければ、エドワードが馬鹿じゃなければ、彼女は国を背負うに相応しい女性だっただろう、そんな気がした。


 俺は彼女の前に膝をつく。


「アリシア……首輪つけてよ」


「はあ?」


 困惑する様子が、なんとなく守ると誓った時を思い出して笑えた。


「アリシアの物だって意味で俺にあの首輪つけてよ、ずっと」


 ギャグでもなんでもなく、俺はアリシアの物でいい。


 いやアリシアの物が良い。


「突き放さないし、手も離さない、呼ばれたら絶対傍にいる。言葉じゃ安いかもしれないからさ」


 彼女だけには壁を作らないように、障壁を再構成する。


「心配させるようなことしてごめん」


「私もわがままばかりごめんなさい……決闘騒ぎは本当に気にしてないから、ただその先のことを考えたら……」


「その先もずっと一緒にいるから安心していいよ。でもそう考えると逆に俺がアリシアに守られてるみたいだよね」


 歪んだ世界の、狂った心の道しるべとも言うべきか。


 命を賭けて挑まれたら、容赦なく殺すと思う。


 それはこれからだって同じだ。


 でもそんな俺をちゃんと見てくれて受け入れてくれる人がたった一人でもいるだけで、ただただ嬉しかった。


「……キスはしないんですか?」


 何か気恥ずかしいなと二人で黙っていると、背負っていたマリアナが唐突に喋り出した。


「二人は、いつキスするんですか?」


「マ、マリアナ起きてたの?」


「空気を読んで気絶した振りしていました。むず痒いので早くキスをしやがれください。見てられません。ンフー、ンフー!」


 興奮するマリアナ。


 鼻息がウザい。


「キ、キキキキスなんてまだ早いというか、学生としては、ほらなんていうか節度を守った方が良いというか、まだ婚約の段階だからそんな急にいくらなんでも」


 今の話を全て聞かれていたことに、アリシアは顔を真っ赤にさせて慌てふためいていた。


「首輪つけてキスするのは特殊過ぎるっていうかなんていうか」


「それはそうですね」


 俺もそう思う。


 確かに特殊だ。


「でも逆にそういう特殊なのが良い時ってないです? 普段と違って」


 それも同意するが、人前でするのはちょっとな?


「起きてるなら降りろ」


「ぶにゃっ」


 起きてるならば背負う必要もないため、そのまま地面に投げ捨てた。


「なんか締まらないな? 毎度のことながら」


「ラグナ、貴方が突拍子もないことを言うからでしょ……」


 そんなに突拍子もないかな?


 飼い主扱いならば一蓮托生だ。


 これからアリシアの番犬として真っ向から生徒とぶつかってやるぞ!


 そして生徒会の狂犬として嫌われたっていいので侮る生徒たちには圧政を強いてやるのだ。

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