71.あっけない幕切れか
「……ぁ――」
どさりと力なく崩れる身体、そのすぐ近くをゴロゴロと転がるカストルの頭部を前に、少しの沈黙を置いて悲鳴が上がった。
「きゃあああああああああああ!!」
「カ、カストル様の首が!!」
「身体が力なく……う、うわああああああ!!」
誰かが外へと駆け出して、釣られるようにして他の生徒も一斉に外へと逃げ出していく。
失禁もあれば、吐く者もいて、なんとも阿鼻叫喚の地獄絵図。
まさか命を賭けた決闘とは言えども、本当にやってしまうとは思っていなかったのだろう。
「決闘も安くなったな」
「確かに決闘は譲れぬものの多い貴族が行うものではあるが、まだ貴族としての家督を継いではおらん学生の領分ではない」
「俺は一応、決定してますけどね、継ぐこと」
俺しか生き残ってないから仕方ない。
「まったくお主は……」
額を抑える学園長だが、決闘を言い出したのはそこですでにコト切れているカストルなのでとやかく言うつもりはないようだ。
「ま、止血くらいはしといたんでギリ間に合うかもしれませんよ」
「む、本当だ、血が飛び散っていない」
いつの間にかエドワードがカストルの身体の前に近付いていて、その身体を詳しく調べていた。
「障壁を用いて止血か、この鋭い切れ筋は、まだ助かる見込みがあるかもしれないな。さすがだ、この技術」
首は確かに刎ねた。
このまま放置すれば、カストルは確実に死ぬだろう。
だが、俺は生き残る可能性も一応残してやっていた。
「生かすも殺すも学園長に任せておきますよ」
わがままを押し通す気持ちはわからんでもないが、勝てる策も算段もないままで本当に挑んで来るとは笑えない。
ジェラシスのように悪魔憑きだったりするのかと思っていたが、そんなことはなかったので本当にただの馬鹿である。
大馬鹿だ。
死んで然るべきだし、助けたところでどうせ近い将来どこかで無様な死を遂げるのが関の山である。
まさに小物。
「もう障壁を消しますよ、3、2、1――」
「――チッ」
障壁を消す前に、ヴォルゼアの手から生み出された粘性を持った水の塊がカストルの頭部と身体を包み込んだ。
障壁の消失とともに大量の血がカストルの切断面から流れ出るのだが、まるで循環するように切断面へと戻って行く。
やはり何かあった時の保険を持っていたか。
「学園長、ここで生かした結果、俺に再び悪意を向けた時は責任もってこいつを殺してくださいね」
おいたが過ぎる生徒は、責任もってジジイがやれ。
「じゃないと今後、学園長のいない場所で決闘を挑まれたら誰であれ容赦なく首を刎ねますから」
「……決闘は、決闘である」
ヴォルゼアは苦悶の表情で言う。
「カストル・フォン・ペンタグラムは、決闘によって死亡。その事実は変わらぬ。ペンタグラム家にはわしから説明をしておく」
「良いんですか?」
「良い。全てはわしの責務。生徒であるお主に罪はない。その罪を背負うべきはわしじゃ……」
水の中に浮かべたカストルの死体を持って、ヴォルゼアはこの場を後にする。
その背中には哀愁が漂っていた。
驚いたな、まさか死んだ生徒をそのままにしておくとは思わなかった。
胸中お察しはするが、いずれにせよ決闘という馬鹿な判断をしてしまった生徒と止めることができなかった教師が悪い。
アリシアの決闘騒ぎでも同じだ。
背負え教師。
みんなが沈痛な面持ちでヴォルゼアの後姿を見送る中で、エドワードが一言呟く。
「ふむ、これで浮ついた1年生も元に戻りそうだな」
1学期は一番浮ついていた奴が何を言うか!
みんなエドワードを呆れた様子で見ていた。
「おいおい、空気が読めないのは前からだがよぉ……」
これにはクライブも溜息である。
「学園長殿の言う通り、ラグナ・ヴェル・ブレイブに罪はない。この場にいた全員がカストルに警告したのを見ているし、それでもなお罪を被せられるのならば、見届けた私と折半だ」
「は、はあ……どうも……」
キラキラとした瞳で語られるが、別に罪なんてどうでもいい。
つーか近い。
カストルを殺したことに対して、俺は何の感情も抱いていない。
馬鹿な奴だった、それだけである。
いやマジで近いなコイツ、にじり寄ってきやがる。
俺はアリシアの後ろに避難しながら言った。
「ただ、別に情が湧いたわけじゃないが、命を賭してまで欲しがっていた生徒会のポジションをこの1年間はまっとうする、それだけだよ」
本当に命を賭してまで欲しがったのかは知らん。
恐らくは、いや確実に死ぬつもりはなかっただろうが、一度言葉に出してしまえばそこまでだ。
せめてもの手向けだ、生徒会はしっかりやってやるよカストル。
「うおおお、それでこそブレイブ家だな! うむ、うむ!」
「はあ……重く考えてたのがバカみたいじゃない……」
テンションをあげるエドワードを無視して、アリシアが言った。
「とりあえず、散らかったこの場を片付けましょ?」
「そうだね」
逃げて行った生徒たちの粗相が、生徒会としての初仕事とは、先が思いやられる。
ちょっと殺気を込め過ぎてしまったのだろうか。
でもそれで恐慌状態に陥るのは少しばかり生徒たちが軟弱過ぎるのではと思ったのだけど、そういえば夏に悪魔をボコして悪魔式魔術を覚えたばかりだったな、それが作用したのだろう。
俺のことを軽んじてる魂に直接作用するから致し方ない。
「掃除か、私がやろう!」
さて掃除用具は、と言ったところでエドワードが声をあげる。
「栄えある決闘を預かった身だ、後始末は私に任せよ。こう見えて掃除は得意だ、やっておこう。手伝えクライブ!」
「えぇ……俺もやんのか……」
「当たり前だ。ラグナ・ヴェル・ブレイブとアリシアは、気絶したままのマリアナ嬢を連れて医務室に向かうと良い。この場は私とクライブ、そしてトレイザ嬢で受け持つ」
急に話に上がったクライブの婚約者であるトレイザは、思ったよりも普通の表情で黙ってうなずいていた。
中々の胆力、さすがはクライブの婚約者と言ったところか?
まあ話したことないからわからないけど。
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて……行こうアリシア」
「え、ええ……」
背中を押されるようにして、俺は気絶したマリアナを背負ってアリシアと共にこの場を後にした。
医務室に向かう道中、アリシアがぽつりと呟く。
「本当に、殺しちゃったのね……」
「うん、殺す気はなかったとは言わないよ」
命を賭けられたんだ。
その上で決闘を申し込まれたのなら受けないわけにはいかない。
「たぶん、今後も面と向かって挑まれたら殺すよ」
今まではアリシアの立場を考えて、イラつく相手でもそっとしていたが、標的が俺であれば容赦はしない。
首輪をちらつかされたとしてもそこだけは曲げるつもりはない。
「そう……」
「でも別に殺しに対して快楽を感じてるわけじゃない。むしろ何も感じなくなってるだけだしね」
「わかってる」
けど、とアリシアは続ける。
「貴方が怖がられるのは、私は少し辛いかも」
「俺は平気だよ。冒険者に怖がられるので慣れてるし、これでアリシアが怖がられるようなことがないように自制もする」
「……そっか」
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