73.【鮮血の生徒会】とか意味不


 カストルが決闘にて無様に死んだあの任命式は、いつの間にか生徒たちの間で【血の任命式】と囁かれていた。


 それに因んで【鮮血の生徒会1年生】と呼ばれている。


 血なんて一切出てないのにな?


 解せぬ。


 皆の記憶の中では、何故かカストルは血しぶきをあげて首ちょんぱされ、残った身体は汚物をまき散らして痙攣していたとされている。


 汚物をまき散らしたのは周りにいたギャラリーなのに、誰かが恥ずかしくなってそんな噂を流して上書きしたのか?


 そして生徒会は決闘禁止を訴えることはせず、今後何か陳情があれば生徒会立ち合いの元で決闘をすることが通達された。


 もちろん正当性が認められた場合は決闘なんてしなくても通る。


 正当性が存在せずにわがままを押し通すならば、死を覚悟して決闘を挑んでこいという感じだ。




「――やあ、【鮮血の番犬】と【鮮血の子弟】よ」


 放課後、1年校舎の生徒会室に赴くと仮面をつけたエドワードが俺とマリアナを出迎えた。


「その呼び方やめてください……」


「かっこいいじゃないか! 私は【鮮血の仮面】である!」


 キメポーズで格好つけるエドワードを見て、マリアナは溜息を吐く。


 バカだアホだとは言っていたが、こうなるとガチだ。


 仮面の理由はお察し。


 マリアナがエドワードの顔を見るたびに吐いてしまうからだ。


 エドワードに取ってマリアナは命の恩人であるため、エドワードは何のためらいもなく仮面をつけている。


 良いのかそれで、と思ったが、本人は【鮮血の仮面】を自称して楽しそうなのでもはや何も言うまい。


「【鮮血の仮面】は仮の姿、仮面を取れば【鮮血の王族】である!」


「あーはいはいです。かっこいいですね?」


 さらっと受け流すマリアナだった。


 アリシアはすでにいて、椅子に座ってコーヒーを飲みながら書類を確認しているので、エドワードを無視して隣に座る。


「アリシア、何してるんだ?」


「賢者祭典が始まるから、それぞれのクラスの予算配分ね? 催し物によって配分を分けないと無駄でしょ」


 仮面をつけて二つ名ごっこして遊んでいる奴がいる横で、至って真面目なアリシアだった。


 さすがである。


 ちなみに彼女の二つ名は【鮮血の女帝】。


 番犬を飼いならす者らしい。


 全部エドワードが付けた。


 一々反論するのも面倒だから好きにさせている。


 番犬とは俺のことだが、こないだアリシアにつけてもらった首輪を外すと【鮮血の蛮勇】というよくわからん存在にジョブチェンジするらしいぞ。


 意味が分からん。


「ラグナ、賢者祭典は学生同士が魔術を競い合う催しがあるのだけど、どうする? 出る? 多分出たら勝ち確定だけど」


「でないよ。興味ないし」


 学生の学生による魔術大会なんて、出たところで価値はない。


 そんなことより出店の管理という名目でショバ代替わりに食い物を巻き上げる方が楽しいだろう。


 ただで飯が食えるし、見回りという体裁でアリシアと学園内デートができるんだぞ、戦ってる暇なんてないじゃないか。


「そうだぞ【女帝】よ。【蛮勇】に学生の部は似合わない」


 エドワードがシュバッと会話に入ってきた。


「首輪をしたままだと【番犬】なんじゃないんですか? 殿下」


「ここでは【仮面】と呼ぶのだ。私は【番犬】の正体が【蛮勇】だと知っているのでそう呼んでいい。そして敬語もいらない。むしろ【鮮血の生徒会】における序列で行けば【蛮勇】を従える【女帝】こそがトップ。敬意を払う必要があるのは私のほうであります」


「はいはい、敬語禁止はわかったわよ」


 膝をつくエドワードを無視して、アリシアは書類に目を戻した。


 一言で言えば、面倒くさい奴。


 それが今のエドワードの扱いだった。


 どっちかって言うと【肌頭のアホ】である。


 アホはアリシアの対面に座ると言った。


「して【女帝】よ」


「……」


「アリシアよ」


「何かしら?」


「学生の部は所詮遊びだ、この序列最下位の私が出よう。【蛮勇】は、王都の宮廷魔術師や騎士も出場する一般の部に出る」


 えっ、勝手に決められてる。


 出て欲しいじゃなくて、出ることになってるだと?


「エドワード、勝手なことを言わないでもらえる?」


「勝手も何も、元々そのために生徒会に推薦したんだぞ」


 エドワードは優雅に紅茶を飲みながら語る。


「元より一般の部には私が出る予定だった。2、3年も含めた総生徒の中でも私は抜きんでて強い自信がある。私の実力を知らしめること、そして上には上がいることを父上も母上も教えたかったのだろうな!」


 エドワードは立ち上がってマントをはためかせた。


 何故マントを付けているのか、その理由は知らん。


 仮面にはマントだ、と彼は言い張っている。


「だがしかし! 何故自分より強い者がいるのにその座に収まる必要がある? 学生の部は私が受け持とう。そして【蛮勇】は一般の部にてその他の軟弱な魔術師たちを蹴散らし、その名を王都に轟かせるのだ!」


「……ちょっと待ちなさい」


 堂々を語るエドワードをアリシアが遮った。


「生徒会に推薦したって、どういう意味かしら?」


「うむ、私が推薦した! 命を救われたのだ。何もお礼ができないままでは私の名が廃るだろう」


 ふふん、と胸を張ってエドワードは言う。


「残念ながら今まで仕出かしてきたわがままによって王位継承権の序列は最下位、赤子にすら負ける有様でたいしたお礼はできないが、その分捨て地と呼ばれるブレイブのイメージを変えることに助力しよう!」


「はあ……」


 本当に勝手なことをしていたので、アリシアは額を抑えて溜息を吐いていた。


 もっとも、カストルはエドワードが無理やり俺を生徒会に推薦したから除外されたかと聞かれればそうではない。


 普通に成績が悪かった、それだけだ。


 ただ推薦で食い込んだ枠に俺がいて、それで面倒くさいことにはなったのだが、もう後の祭りである。


「とりあえず勝手に色々決めるのはやめてもらえるかしら? そして一般の部出場に関しては断るわよ。当日は他国の生徒も来るんだから、生徒会である私たちはの役目は問題がないか見回ること」


「えー……我らが【蛮勇】の力を見せつけてやりたいのだが……」


「貴方の言う【鮮血の生徒会】とやらには、序列があるのよね?」


「うむ! 仮面をつけた私は序列最下位を自称し、そして仮面を取れば序列上位という位置付けていこうではないか!」


「なら【女帝】である私の意見に従いなさい」


「仰せのままに……」


 序列をチラつかせると途端に言うことを聞くエドワード。


 激しく面倒くさいが、ロールプレイに乗っ取ってやれば言うことを聞いてくれるっぽいのでそれはそれで扱いやすいのか、何なのか。


「とりあえず貴方はこの紙に載ってる集まり全部に即時解散命令を出してきなさい。それが【仮面】の初仕事ね」


「はっ! 仰せのままに! ふむ、毎日の茶会にえげつないくらいのお金が割り当てられているな、これは学生の領分を大きく逸脱している。まったく、そういう私的なことは自分のポケットマネーからやるものであるというのに……潰してやろう鮮血の名にかけて!」


 と、エドワードはマントをはためかせて生徒会室から出て行った。


「アリシア、茶会ってなんです?」


「茶会は貴族たちが集まって紅茶を嗜むことよ。放課後とかにそこかしこで集まってみんな談笑してるでしょう? あれね」


「ふええ、すごいですね、それに学園からお金が出ているんですか!」


 驚くマリアナ。


 確かに俺も貴族じゃなければ、すげぇ世の中だと思ってただろう。


 だが、学生の内から縁を作っておくのは貴族社会において大事なので別に悪いことではない。


 問題は金の使い方だ。


 一般クラスの貴族でも誰でも気軽に茶会を開けるように、ヴォルゼアの計らいで学園から茶代やお菓子代が出るのだが、特別クラスへの割り当てが一般の100倍くらいになっていた。


「豪勢にしてメンツを保つのは大事だし、好きにしたらって感じだけど、それで一般クラスが割りを食ってしまっている状況は良くないわね」


 エドワードの言う通り、ケチくさいことをせずにポケットマネーからやれってことだ。


 ゲーム内ではお金のない主人公に攻略対象キャラたちが贈り物をしていたが、さすがに学園内のお金からじゃないだろう。


 主人公は貧乏性で高価なプレゼントはあまり受け取りたがらないタイプではあったからだ。


 今のマリアナも基本的には倹約家で、一応設定には沿っている。


 一応、って感じではあるが。


「ふええ、なんでこんなことに……?」


「権力ってそんなものよ。学園長が如何に学生の内は平等を心掛けていても無意味ね。教師に圧をかければ弄り放題。ラグナこれを見てみて?」


 アリシアに渡された紙を見る。


 どこから紅茶やお菓子を購入しているのかが記載されていた。


「全部にイグナイト家とペンタグラム家の息がかかった商会が使われてる。学園に掛けられてるお金は公金なのだけど、これは露骨過ぎてもうどうしようもないわね」


「うわぁ」


 公金チューチューじゃないか、つまりは。


「イグナイト家の息子が留学したという報告が入ってるのもカストルが生徒会に入れないことが夏前に判明して、隠し通せないと思ったからなのかしら? ま、もうどうでもいいわね、どっちもいないし」


 アリシアはコーヒーを一口飲んでそう話を終えた。


 確かに不始末を何とか隠ぺいするために、カストルは命を賭けたとしか思えない。


 こういった裏金問題を解決するのがカストルルートなのだけど、この世界はゲームとはかなり変わってしまっているので何とも言えない。


 件のカストルは、もう死んでしまっているので真相は闇の中だ。


「アリシア、いきなり茶会の質が変わっちゃうと、貴族の方々から反発されそうなんですが大丈夫なんです?」


「そういうタイプにはあのバカ仮面がいるじゃない。何の遊びかわからないけど、言うことを聞いてくれるなら大きな武器よ。王太子じゃなくなったけど、何も考えずに甘い汁だけ啜ってた馬鹿に貴族たちにはまだ通用するんじゃない?」


「ふええ、そうなんですか。そこまで考えてるなんて、さすがアリシアです!」


「当然だ! アリシアはもうブレイブ家において書類仕事の速さ序列1位だからね! セバスを除いて!」


「ブレイブ家に序列なんてないわよ。できる人がやるのがブレイブ家なんだから」


「それはそう」


 よくわかってるじゃないか、アリシア。


「何が何でも反発するなら俺が殺すから大丈夫だよ」


「そこまで行きつかないようにするのが私の役目ね……まったく……で、ラグナ、話は戻すけど一般の部はどうするの?」


「うん? 出ないんじゃないの?」


「エドワードに勝手なことをして欲しくないから断ったけど、別に貴方が出たいなら出たらいいと思う」


「うーん、そもそも出れるの?」


「それはわからないわね」


 もう死んでしまった兄弟たちがそういった大会に出た記憶はない。


 そもそもブレイブ家はそういった催しごとにでれないのでは?


 エドワードが色々言っていたが、さすがに国の偉い連中に出ることを認められるわけもない。


「バカハゲの戯言ってことで流しとこう」


 自分で出てボコボコにさとけってことで。


 あいつもそこそこ強いが、無詠唱で魔術を扱う連中にはさすがに勝てないと思うしね。


「アリシア、浮いたお金はどうするんです?」


「均等に分配するだけだけど……? マリアナ、浮いたお金を利用してコーヒーを学園内に置くなんて無理よ? 普通に私たちの家に持ち込んだ分で賄いなさい」


「そ、そんにゃぁ~、休み時間にぐびっといきたいのです……」


「それは……浮くからやめときなさい……」


 アイスコーヒーを水筒に入れて持ってくりゃ良いと思うけど、普通に匂いで目立つから浮くこと変わりはないか。


「でもでもでもでも、勉強を集中して行いたいという理由があれば、コーヒーは適していると思います! 朝に一杯、昼に一杯、疲れた夜には甘いミルクコーヒーを!」


「それなら全生徒に放課後は学園内一周を義務付ける方がまだ良いぞ。疲れて何も考えられないようにして魔術学院の総生徒を兵士に変えた方が学園長だって喜ぶし」


「貴方達、さすがにそれは越権行為に近いからダメ」



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