67.オニクスがスゥゥゥゥゥ
「――その娘がマリアナ・オーシャンか」
「そうだよ」
ユーダイナ山脈からブレイブ領を見下ろす崖の上にて、俺はマリアナとオニクスを引き合わせていた。
アリシアでも初めて会った時には卒倒したのだし、マリアナも貴族とあった時と同じように泡を吹いて倒れるのかなと思っていたのだが。
「ふわああああ! りゅ、竜ですか! 初めて見ました!」
彼女はメガネを高速でクイクイと上下させながら鼻息荒くオニクスに興味を示していた。
「……意外ね、ちょっと悔しい」
予想外のマリアナを見て、少し頬を膨らますアリシアは可愛い。
「何となくその片鱗はあったけどな」
貴族以外に関しては、割かし恐れ知らずな行動をするタイプだ。
魔術の授業では誰よりも率先して手を挙げて回答し、ダンジョンの壁や土をスコップで掘って持って帰ろうとし、オークロードを見ながら睾丸の価値を話をする。
そんな彼女が竜に慄くのかと聞かれれば、もしかしたらビビらず興味津々路線もありえる話なのだった。
「わっ、すごい、これが竜鱗!? リザードマンの鱗より硬そう!!」
「……そんな下等な魔物と同じにするな」
ビビるどころか、興味津々で触ってるぜ。
「あの一枚貰っても良いですか?」
「それはさすがにヤバいと思うからやめておいた方が良い」
それは果てしなくヤバい思考なので止めておく。
人で例えると、薄皮一枚貰っていいですかと聞いているようなもんだ。
敵兵に尋問する時によくやったが、ナチュラルなテンションでそのセリフが出て来るとは、本当に元主人公なのか信じがたい。
「……一枚くらいなら渡しておこう」
「ふわああああ! ラグナさん、アリシア、貰いましたよ!」
その様子を見て、俺とアリシアは唖然としていた。
「よ、よかったわね……?」
「あっさり渡すんだな」
彼女が聖女であるからこその大盤振る舞いなのだろうか。
後で俺、オニクスに怒られないだろうか?
とんでもない女と合わせたなって。
「そのために連れて来たのではないか、ラグナ・ヴェル・ブレイブ」
「いやまあそうだけど」
そこまでやれとは言ってない、というか。
「アリシアにも1枚、貰えたりする?」
1枚も2枚も変わらんと思うので、ついでに俺も竜の魔力を調べるために欲しかったからできれば俺の分ももう1枚欲しいところである。
「冗談はその存在だけにしておけ」
「あっはい」
殺気を向けられてしまったので今回は諦めようか。
大きな頭を近づけてオニクスは言い放つ。
「その娘は貴様が守ると我の前で誓ったであろう? それならば、我の鱗は必要ないではないか?」
「えっ! そんなロマンチックなことが!? 良いなあ、アリシアとラグナさん、やっぱり良いなあ……」
「いや、そんな……そうね……」
オニクスの暴露とそれを茶化すことなく羨ましがるマリアナの言葉によって、アリシアは少し恥ずかしそうにしていた。
何となく曖昧な返事であるが、卒倒していたのだからよく覚えてないのも当然である。
「ラグナ・ヴァル・ブレイブ、よく聞け」
「うん?」
「下等な人間が命を賭して守れるのは生涯で一人のみであることは歴史が証明している。ならばこの青髪の娘は誰が守る? ふん、特別に我が力を貸そう、肌身離さず持っておけ」
「あ、ありがとうございます!」
竜からのありがたい贈り物に、マリアナは大きく頭を下げていた。
すごく過保護じゃないか。
いったいどういう風の吹き回しだ、オニクス。
「連れてこられたことに感謝するんだな、マリアナ・オーシャン。今のままだと這い寄る影は夏を終える前に貴様を飲み込んでいただろう」
そんなオニクスの言葉にマリアナの表情が変わる。
「這い寄る影……ドラゴンさんは、見えてるんですか……?」
「オニクスだ」
「オニクスさんは私の背後にいる影が見えてるんですか?」
「我は竜だ。貴様ら人間とは見える次元が違う」
這い寄る影とは、何の話だろうか。
魔虫であれば俺は目視することができるのだが、マリアナに虫がついているところなんて一切見ていない。
聖女の魔力的なものによって、虫が寄り付かないと思っていたのだが、這い寄る影とはどういうことなのだろうか。
「オニクス、マリアナ、俺にも詳しく聞かせて欲しい」
「成り代わりの魔術。どこぞで印をつけられたのかは知らんが、掛けられた者の魂は希薄となって行き、本来歩むべき道を見失う」
なんか身に覚えのある魔術だった。
「オニクスさん、虫とは違うんですか……? アレの大きい版だと思っていたんですけども」
「似て非なる物だ。本人の恐怖する物に姿を変える。しかし、この呪い喰いのオニクスに掛かれば、人間程度の魔術は造作もない」
詳しい話を聞く前に、オニクスは饒舌に語る。
「スゥゥゥゥゥ!」
「わっ!?」
そして大きく息を吸うと、マリアナの身体から何か黒い靄のような物が剥がれ出て、オニクスの口の中に吸い込まれていった。
バクン!
もぐもぐしながらオニクスは言う。
「これで成り代わりの影は我が食べたからもう安全だ。ふん、この様に我に掛かれば造作もないことだ」
心なしか誇らしげな様子なのだが、話が急過ぎてそれどころではなかった。
「もっとこう、マリアナから事情をきいたりとか、そういった手順を踏んでいくのかなと思ったんだけど」
「一瞬で蹴りが付くのに、何故過去に拘る。まったくこれだから寿命の短い人間は」
「あっはい」
それもそうか。
上位存在である竜にそう言われてしまえば、もう納得しかない。
マリアナに何かが憑いていて、それが祓われた。
パトリシア関連でしかないのだが、これであいつに一泡吹かすことができたということで良しとしておこう。
「これでマリアナ・オーシャンは元の運命へと戻るだろう。かなり長い時間をかける魔術であるか、どこまで戻るかは知らんが、我の加護がある限りは誰にも邪魔はされんだろう]
何せ、我は竜だからなと高笑いをするオニクスだが、今更運命が戻ったところでどうなることやら……。
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