2学期、賢者祭典と生徒会

68.始業式を飾るツルピカ


 夏季休暇も終わりを迎えて、俺たちは名残惜しいブレイブ領を後にして王都の学園へと戻った。


 帰りの道中は、謎に人払いされた一般車両や攻略対象キャラたちとの遭遇などはなく、平和そのものだった。


 ブレイブ領での思い出を語りながら、コーヒーとお菓子に舌鼓をうつ車両内の居心地はまさに青春の1ページである。


 しかし、今までは刺客がそれなりに襲い掛かってきたというのに、何事もないのもそれはそれで嫌な空気を感じた。


 嵐の前の静けさか?


 何度かこっそり悪魔を呼び出して対処方法はバッチリだから、パトリシアでもジェラシスでもかかってこい。


 完封してやらぁ――……。




 そんな心持ちとは裏腹に、学園に戻るとパトリシアやジェラシスの姿はなかった。


「――2学期は賢者祭典が行われる」


 始業式、学園長であるヴォルゼア・グラン・カスケードが壇上にて挨拶を行っている。


「如何にお主ら学生が勉学に励んでいるか、そして健やかに育っているかを保護者や国民の方々に見ていただくべく寮以外の敷地を開放するわけだが、浮かれずに学生らしい行動を心掛けよ」


 椅子に座って学園長の話を聞かされるわけだが、周りの気配を探ってみてもパトリシアとジェラシスの魔力はなかった。


 他の攻略対象キャラクターたちは揃っているというのに、何故その二人だけはいないのだろうか。


 一応始業式もイベントで、こういった全生徒が集まる場面では決まって悪役が絡んできて、それを王子様が助けるエピソードがある。


 舞台はそこから学園祭も兼ねた賢者祭典への準備フェイズ、青春物によくある催し物の準備に追われた居残り学園生活が開始されるわけなのだが、どういうわけなのだろうか。


 ちなみに前世の文化祭などでよく行われていた出店とか、演劇とか、その他各種文化祭っぽいものが行われるぞ。


 古の賢者の伝承に則っているそうだ。


 極めつけは、何故か男だけが対象となったイケメングランプリみたいなものもあって、基本的に攻略対象キャラクターたちがトップにランクインする。


 今年はエドワードがいるのだから、全てを押しのけてエドワードがトップを取るのは出来レースみたいなものなのだが、今の彼は周囲から異様に注目を集めるハゲ具合だ。


 上半身の火傷も酷い有様なので、さすがに水着審査のあるイケメングランプリには出ないだろう。


「余り長く語るのも飽きるだろう。わしからの話は以上だ」


 手短に挨拶を済ませ、始業式は終わりを向けた。


 各々が席を立って公演用のホールから出ていくわけだが、今回は特に絡んでくるような連中はいなかった。


 平和だな、とは思ったのだが、恐らくは俺たち以上に注目を集める存在がいたからである。


「継承権の順位が下がったそうよ……?」


「それってもう廃嫡みたいなものじゃない……?」


「夏の事故で、髪も全て失ったらしいけど……?」


「あの平民は学校にいないし、何があったのかしら……?」


 集まってコソコソと陰口をたたく女子の声が聞こえる。


 そう、――ハゲ殿下だ。


 カツラを被れば良いのに、エドワードはそのまま堂々とした立ち振る舞いでツルツル頭のまま学園に来ていた。


 夏が終われば見た目に多少変化のある生徒は少なからずいるのだが、夏前とあまりにも違い過ぎていてみんながエドワードを見る。


 すれ違う前からあんぐりと口を開けて固まる。


 そのあと必ず3回振り返ってツルピカを見つめて固まる。


 どこからか噂が駆け抜けて、もう学園内の話題を全てエドワードが掻っ攫うという事態に陥っていた。


「ふむ、昼食か。寮に戻ろうクライブ」


「ういうい、今日も輝いてるぜ殿下ぁ」


「ふふ、毎日スキンケアを欠かさないことが輝きのコツだ」


 余りにも堂々とし過ぎて逆に王の風格というものを感じる。


 ブレイブ領での一件から落ち込んでいるかと思いきや、別にそんなことはなかったらしいな。


 ただ、取り巻きが明らかに減っている。


 パトリシアとジェラシスの不在なのが原因か、女子生徒らが噂していた継承権降格が原因か、いずれにせよ貴族の子は親の意見を尊重しなければならないので、そういったことは起こりうるもんだ。


 そんな中で残ったクライブを大事にするんだな、ハゲ殿下。


「なんか後ろから見るとゆで卵みたいですね?」


 アリシアと一緒にやってきたマリアナが、俺の視線の先にいるエドワードの後頭部を見ながらそんな言葉を吐く。


「不敬罪だぞ、ぷっ」


「笑ってる貴方もよ」


 それはそう。


 でも本当にゆで卵みたいにトゥルトゥルしているもんだから、アリシアも含めて貴族の中でも特に地位の高い者は食べてるものから違うんだなってのがよくわかる。


 出で立ちを直すと、唐突にエドワードが振り返った。


 殿下、ニッコリ。


「ふふん」


 ゾワワワワッ!


 今まで感じたこともない、全身をなぶるような悪寒を感じた。


 歴戦の敵兵を相手にした時も、上位種の魔物を相手にした時も、感じたことのない謎の悪寒が全身を駆け抜けていく。


 何事もなかったように去っていくエドワードの姿を俺はただ黙って見ていることしかできなかった。


 なんだったのだろう、今の。


「おろろろろろろろ」


 うわっ、後ろでマリアナが吐いた。


「げっ!? マリアナあなたこんなところで!!」


 アリシアの足元に飛沫が掛かって、彼女の美しい顔がとんでもない形相になっていた。


 ……エドワード、恐ろしい奴だ。







「今日のお昼は卵サンドだったんですけど、なんだか食べる気なくなりました。アリシアどうぞ」


「その理由で譲られても困るわよ」


 お昼。


 今日はもう授業が無いので、俺とアリシアが寮として使っている洋館へと戻ってきて、3人で昼食を食べていた。


 マリアナ嘔吐事件によって、多少騒ぎになってしまったが、そこは俺の障壁によって一瞬で嘔吐物を隔離することで事なきを得る。


 食欲を無くしたマリアナの卵サンドを俺がいただく。


「俺が食うよ、そういうの気にしないし」 


 戦場に出ていれば、血肉と臓物の中で飯なんてよくあることだし、恐怖で失禁してしまった兵士たちも珍しくない。


 そもそも魔物喰ってんだからなんだって食えるんだ。


「そういえば2学期から生徒会も決まるけれど、貴方達は期末試験の結果はどうだったの?」


 アリシアから振られた話題。


 そういえば学年ごとに成績優秀者6名が選ばれて、強制的に任命される生徒会と呼ばれるものがあった。


 学園内の催しごとの運営を補佐し、取り仕切ることで貴族としての職務というか、どのようなことをしているのか学ぶ機会らしい。


 貴族の学園でよくわからん集まりなのだが、とりあえず王族は優秀なので生徒会入りする。


 そことのつながりを狙って意外なことにみんな勉強に励み、生徒会は憧れの的みたいな存在なのだった。


 攻略対象キャラクターの一人に勉強がすごくできる宰相の息子がいて、彼とのイベントを進めると生徒会に推薦されて入ることができる。


 誰もいなくなった生徒会室で、居残りで仕事をしながら貴族社会の現状などの愚痴を聞き、不正会計などをあばいて恋を進めていくストーリーなのだが、俺達には関係のない話だった。


「私は筆記は2位で、実技は10位くらいでした。アリシアは?」


「筆記は3位で、実技は13位ね。ラグナは?」


「それがよくわからないんだよね」


 悲しきかな。


 しっかりテストは受けたし、筆記試験も全部満点取れているはずで、実技もあの試験官をまたぶっ飛ばしたのだが、どういうわけか【落第】の文字が通知の紙に書かれていた。


 その文字の上から赤でバツされてもうよくわからん感じにされているのである。


「ほら、これ」


 自分の部屋に置いていた紙を見せる。


「本当ね……なにこれ……」


「こんなことってあるんですね……」


 たぶん俺のことが大嫌いなあの試験官の策略なのだろうが、ヴォルゼア辺りが修正したのだろう。


 おかげで何位なのかがわからんが、こんな子供の遊び場の順位なんて気にしたところで意味はない。


 1位しかあり得ないのさ。


「まあでも俺たちが生徒会なんて状況的にあり得ないから気にしても仕方ないよ」


「そうね」


 成績優秀者上位6名ではなく、優秀なものからさらに教師の好みで選ばれるようなもんだから俺たちが選ばれることはない。


「でもアリシアが入りたいなら実力行使も厭わないよ」


 周りを見返したいのならば、是非上に立って良い。


 アリシアには、上に立つ素質があるのだからね!


「とりあえず教員室に忍び込んで生徒会任命の候補一覧を見て、そいつらを全員――」


「――ハウス! 落ち着きなさい。別に生徒会なんて興味ないから。ただテストの成績はどんなもんだったのかなって聞いただけよ」


「わん」


 久しぶりの首輪が出たので大人しくしておきます。


 何故か物欲しそうに指をくわえるマリアナだが、このポジションだけは絶対に譲らんぞ、このゲロ女め。


「私、実は密かに賢者祭典だけは楽しみにしていたんですけど、アリシアのクラスではどんな催し物をするのでしょう?」


「さあ? まだ何も話し合ってないからわからないわよ」


 アリシアはコーヒーを飲みながら言葉を続ける。


「そうなんですか。でも何をするか決まったら教えてください!」


「ええ、そっちも教えてね? 行くから」


 貴族が一丸となって何かをするもんなのかね、と話を聞いてて思った。


 茶会は開くだろうか、演劇とかするのか?


 どっちかって言うと劇団を呼んでそれを見る側ではないだろうか。


 しかしながら古の賢者の言い伝えによって、学園の生徒たちは催し物を強要されるのである。


 うーん、意味不明。


 ――コンコン。


 今日はもう授業が無いのでリビングで談笑していると、玄関からノックするような音が響いた。


「ん? 誰かしら?」


「出てくる」


 ドアを開けると、ヴォルゼアがいた。


「久しいな、ラグナ・ヴァル・ブレイブ」


「学園長」


 学園長のヴォルゼアだった。


 ヴォルゼアはジロリと奥のアリシアとマリアナに少し視線を向けるがすぐに俺に戻して言う。


「ある者からの推薦にて、お主ら3人とも生徒会として任命する。先んじて言いに来たのはお主らにも色々と立場があるからだ」

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