65.【エドワード・グラン・エーテルダム】バカハゲ


 私、――【エドワード・グラン・エーテルダム】は、父上であるエーテルダム国王の私室にて叱咤を受けていた。


「エドワード、夏季休暇の間は城から出ることは許さん。学園は通わせるが今まで自由に過ごしてきた分、品行方正を心掛けよ」


「わかりました」


 父上の言葉を素直に受け止める。


「もういい、下がれ」


「はい」


「まったく、何がどうなればこのようなことに……」


 私の光る後姿を見て、父上は大きくため息を吐いていた。


 ブレイブ領での一件から私はたくさんの物を失っていた。


 一つは、パトリシア。


 書面にてラグナ・ヴェル・ブレイブたちに約束した内容を私はしっかりと履行していた。


 騙されて、死にそうな目にあってしまえば、もう如何に心に残ってようと離れるしかないのである。


 だが彼女との思い出は、まだ心の中に残っているのは確かだ。


 この一件があるまでの彼女は、穴の開いていた私の心を本当に癒してくれていたのだから。


 そのひと時を否定することはない。


 だが、騙されてしまったという自分の弱さと思慮の至らなさはしっかり胸に受け止めていこうと思っている。


 二つ目は、髪。


 ものの見事に綺麗さっぱり無くなっていた。


 すぐに高名な回復術師を城に呼んだらしいのだが、失われてしまった毛根を治すことはできなかった。


 しかし、これに関しては命があるだけマシである。


 火傷の痕は、私の上半身に痛ましく残っていた。


 恐らく直撃を受けた顔はもっとひどい有様だったのだろう。


 即死してもおかしくなかったあの状況を救ってくれたマリアナ・オーシャンには、しっかりと感謝しなければいけない。


 三つ目は、王位継承権。


 幼少期からの数々のわがまま、公爵家との婚約破棄、そして平民であるパトリシアとの悪目立ちするような学園生活、もともと周りから良く思われていないことは理解していた。


 それがブレイブ領での一件によって順位は一番下になってしまった。


 これについては別にどうでもいい。


 何なら放棄したって良かった。


 魔術大国における王家の血とは、例え愚息と呼ばれるほどの者であっても価値が高い。


 私にはまだ何かしらの価値が残されているとして継承権を下げるだけに留まっていた。


 ……血にしか価値のない状況は、結局変わらず。


 まあ、自業自得か。


 所詮私の中に流れる物は、創り出された運命の上を歩いていくだけのつまらないものである。


 どれだけ逸脱しようとも、変える力なんてないのだ。


 この国から存在を抹消された、勇者のような力は。


「ふふっ、ふふふふ!」


 しかし、得た物もあった。


 思わず笑ってしまう。


 パトリシアも、王位継承権も、髪も、もはやどうだって良いのだ。


 出会ってしまった。


 恐らく、全てはここに繋がるようにできていたのだ。


 城の禁書庫にて、興味本位で読み漁っていた書物の中に記載されていた過去の勇者の記録を思い返す。


 バレてこっぴどく叱られてからは、もう二度と禁書庫に入ることは許されず、その後こっそり入ってみたらすでに捨てられていた古の勇者の記録紙。


 みんな、私の記憶力を馬鹿にしているな。


 齢5歳にして、すでに城のあらゆる脱走ルートや使用人や衛兵たちの巡回ルートを頭に叩き込み、城下町の乗り合い馬車の時間すらも覚えている私にとって、暗記なんて難しい物ではない。


 まあ興味ないことに対してはめっぽう弱いがな。


 ええい、そんなことはどうでもいい。


 以前からブレイブ領には興味を示していた。


 パトリシアにかまけて、あまりラグナ・ヴェル・ブレイブのこと調べることができていなかったのだが、あの日、数百以上の蟻たちを息を切らすことなく蹴散らした姿を見て確信した。


 彼こそが、勇者の生まれ変わりだと!


 私は王家の中でも賢者の生まれ変わりに近いとかなりのレベルで魔術を扱うことができると自負しているのだが、それを遥かに上回る力だ。


 あれが勇者じゃなくして何なんだと言える。


 帰ってきてから調べれば調べるほどに、ブレイブ領という辺境領の異質さが目立ち、学園でも罵倒を受けていたことを思い返す。


 何故誰も何も言わないのか、今となってはそんな疑問が頭を過る。


 もう長いこと虐げられてきたそんな中で、まるで運命に抗うようにしてアリシアの隣に並ぶラグナ・ヴァル・ブレイブ。


 物語の中にいる勇者みたいで、正直憧れた。


 最初は平民であるパトリシアと学園で運命の出会いを果たして、自分こそが勇者であると、敷かれたレールの上を歩むのではなく、自らで運命を切り開けると思っていたが、それは勘違いも甚だしい。


 真の勇者の前では、こうして空を覆う守護障壁の中に籠るしかない賢者なのである。


「ふむ、どうにかして仲良くなれんものか?」


 近くで勇者を見たい。


「いやまずは彼が勇者であると周りの者に知らしめることが先か?」


 いや待て、思慮が至らないと気付いたばかりだろう私よ。


 前のめりになってしまう思考をいったん止める。


「ひとしきり影でほくそ笑んで勇者を堪能する方がよいではないか。それが男のロマンというものだろう?」


 決めたぞ、全てに実績が必要だ。


 夏休み明けの賢者祭典に、ラグナ・ヴェル・ブレイブを推薦しよう。


 順当に行けば、成績的に私が出ることになるだろう魔術の大会。


 学生同士が切磋琢磨した魔術をぶつけるというよくわからん催しごとだが、私の代わりに出てもらうことで勇者の実力を見ることができて、周りも知って楽しむことができる。


「そうしよう、うむ」


 私の周りを取り巻く運命は、大きく変わろうとしていた。


 私は私の運命を変えることに失敗した。


 だからそっと落ち着いていようと思う。


 反省の意を込めて。


 でも運命に抗える者を近くで見ることは構わんだろう?








 一方その頃――。


「うっ、なんか悪寒がする」


「風邪かしら? どれどれ」


「わあ、羨ましいですね! おでことおでこを合わせて熱を測り合うのはまさに青春の1ページです! こちらまで熱くなっちゃいます!」


「馬鹿なこと言ってないのマリアナ。熱は無いみたいね」



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