64.【アリシア・グラン・オールドウッド】近くて遠い


「グヒョホホホホ! オス二人にメス二人! 俺様になんのようだ? 糞見てえな供物で呼び出しやがって皆殺しにすっぞョホホ!」


「何かキモイな」


 ゴブリンの頭を供物にしたからか、ゴブリンのような小さな悪魔が出現した。


 黒い肌と尖った耳、蝙蝠のような羽に鞭のような尻尾を持つ小さな悪魔は、ラグナの言葉に激昂して持っていた三又の槍を彼に向ける。


「死にたくて呼んだみたいだなぁ?」


「何かダサいな」


「死ィィィィ――ッ!?」


 槍はラグナに届くことなく目の前で止まっていた。


「この武器も魔力でできてんのか?」


「ですな」


「具現化系かよ、やっぱ悪魔ってとんでもねえな」


 ラグナは興味なさそうに悪魔から槍を奪って、逆に頭に刺してしまう。


「そ、そそそそのくらいな俺様は死なないもん――ねばぁっ!?」


 強がる悪魔だが、ラグナは無視して悪魔の口に手を突っ込んだ。


 そこから悪魔の様子は大きく変わって行く。


 体の中を引っ掻き回されたかのように白目を剥いて痙攣していた。


「うひゃぁ……何やってるんでしょう……?」


「さあ? さっぱりよ……」


 目を覆っているが、隙間から明らかに覗いているマリアナと一緒に、私もその様子をジッと見つめる。


 表情から何かを探っているのはわかるが、それが何をしているのかは一切にわからないままだった。


「あ、なるほど」


 ラグナがそんなことを呟いた後、悪魔は何も言葉を発することなく消えていく。


 ふわあ、と塵が舞うように、風景の中に溶けていくようにして消えていった。


「まあ、上出来ですな」


「ラグナさんは、何をしたんですか?」


 できて当然という雰囲気のセバスに、マリアナが問いかける。


「坊っちゃんは感知に長けておりますから、悪魔の核たるものを探り出して破壊したんですよ」


「ぜんっぜんわかりませんでした! そんなことが行われていたんですねぇ……ラグナさんすごいです!」


 二人の会話を横目で聞きながら、未だに自分の手のひらを見つめながら何かを思い返すように考え込むラグナに目を向ける。


 彼には、何が見えているのだろうか。


 マリアナはラグナのことをすごいと褒めているが、私には目の前の出来事が全然理解できてなくて素直に褒めることができなかった。


 できれば褒めたい。


 いつも気を使ってくれる、優しくしてくれる、私を第一に考えてくれている彼を褒めたかった。


 屈託のない笑顔で、心の底から。


 でもどうしても何をしたのか理解できなくて、そんな表面上の褒め言葉なんて彼には伝わらないんじゃないかと思ってできなかった。


 この数か月間、彼と過ごしてきて一つだけわかったことがある。




 ――違い過ぎる、あまりにも。




 目の前で悪魔を消滅させてしまったこともそうだが、それ以前から彼の目線はどこか遠くの何かを見つめているようで、私はそこに壁を感じていた。


「アリシア、悪魔が来てももう余裕」


「ありがとう」


 彼の笑顔に、私も笑顔で言葉を返す。


 出会った当初は失礼な男、それからありのままの私を見てくれて彼は真っ直ぐなんだと理解した。


 でも今考えれば、理解していた気になってるだけ。


 そう思えてしまうほどに、遠かった。


 突拍子の無い行動は、今まで同世代の人と関わったことがなかったからなのだろうと思っていたが、たぶん違う。


 その違和感が何なのかわからなくて、ブレイブ領で彼と過ごせば何かわかるかなと思っていたけど、結局わからないままだった。


 近くにいるはずなのに、ラグナがずっと遠い位置にいる。


 なんだかずっとそんな感じがしていた。


 たまにとんでもないことを言うけれど、話せば普通の人で、他人とのコミュニケーションも取れて、手を握ったら温かい。


 私と変わらないはずなのに、何がそこまで違うのか。


 それはブレイブ領を生きてきた彼の境遇によるもので、私には一生理解できないものなのかもしれない。


 それはそれ、これはこれ。


 そんなふうに考えることができればどれだけ楽だっただろう。


 しかしそのままにしておくと、また繰り返してしまうんじゃないかと思って、エドワード本人のことを一切見なかった以前の私のように、同じことの繰り返しなんじゃないかと思って……怖くなる。


「戻ろう、アリシア」


「うん」


 手を引かれる。


 今はまだ、お互いに微妙な関係で近からず遠からずみたいな距離感だけど、もし今後もっと近くなった時はどうなるのだろうか。


 今はまだ、手を引いてくれるけど、もしその手を離された時に私はどうなってしまうのだろうか。


 彼を見てると、自分の弱さが際立つ気がして焦ってしまう。


 マリアナには回復魔術という彼の傷を治せる力があるが、私にはそういった魔術は無くて、今はまだ精々土を耕せるだけだ。


 婚約なんてものは、いつだって破棄できる。


 私がお荷物みたいな形になった時、ああ、どうしよう。


 ただ傍にいるだけで良いとは思わない。


 彼の中にある誇りは、諦めずに前に進むことを美徳とするのだから。


 それを怠ると、多分見向きもされなくなる。


 今まで彼の口から一切語られることのなかった母親や兄弟の婚約者たちのように。


 いや、シンプルなのが一番よね?


 うだうだ考えるよりも行動に移した方が、彼の婚約者らしい姿だ。


 でもたまにこうして考えてしまう。


 はあ、失望されたくないな――。


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