62.サマータイム・メモリー "あくまで"過去の話


「消えちゃったわね……」


「消えましたね……」


 俺たちの目の前に現れた悪魔が颯爽と消えてしまった様子を見て、アリシアとマリアナは唖然とした表情になる。


「ほっほ、拒否られましたな」


「えぇ……」


 召喚に応じて、そして拒否るなんてことがあって良いのか。


 どういうことだ。


 甘芋とはなんだったのか。


 もう謎しか残らなかった。


 みんながポカーンとした状況でセバスは言う。


「いやはや、捨て地の異名も異界に轟いているようで」


「んなわけあるか!」


 だとしたら結構ショックである。


 悪魔からも捨て地だと思われているなんて、もうおしまいだあ!


「でもこんなことってあるのね……?」


「あっ、わかりました!」


 アリシアの一言に、急にマリアナが手をシュバッと上げて前に出た。


 何がわかったんだよ。


 今の状況から何がわかると言うんだよ。


 名前が甘芋しかわかんなかったよ。


「ふふふ、謎は解けましたよ?」


 メガネをクイクイクイクイと高速で動かしながらマリアナは言う。


 メガネを動かすたびに明かりが俺の顔に反射してきてウザかった。


「過去に悪魔関係でひと悶着あったそうですよね? その時にブレイブ家が怖くなっちゃったんじゃないでしょうか!」


「ほっほ、御名答ですマリアナ様」


「やったぁっ!」


 本当かぁ?


 にわかには信じられんけどな?


 ジト目で睨むとセバスは髭を撫でながら笑っていた。


「ほっほ、過去に悪魔を討伐しておりますからな、ブレイブ家は」


「でも俺が戦った相手は好戦的だったぞ」


「悪魔にも色んな者がいます故、ブレイブ家の恐ろしさを知らないのでしょうな?」


「本当かぁ?」


「坊っちゃんはオニクス様の匂い強く残っておりますから、悪魔といえど竜には勝てませぬ」


 確かにジェラシスに憑いた悪魔はオニクスにビビっていたが。


 うーん、怪しいな?


 生まれてこの方、俺はセバスに一度も勝ったことはない。


 実はセバスにビビってんじゃないのか?


「そもそも過去にどんな倒し方をすれば悪魔に恐れられるのよ……」


 呆れたアリシアの言葉。


 確かにそれはそう。


「当主様がベッドの中で奥様にナイフで色々と抉られましてな?」


 色々って、ひえっ。


「先代から語り継がれるブレイブ家の歴史に寄りますと……まあ主にどのように死したかの記録ですが……」


 セバスは髭を撫でながら物騒な歴史を語る。


 変に気にしても仕方ないか。


 今更セバスが悪魔に驚かれるくらいで何を疑ってかかるのか。


 セバスがいるからこそ、ブレイブ家は保たれている。


 安心して学園生活ができるのだ。


 もう一度言おう、セバスに感謝します、と。


「その時の一人息子が聖属性に長けた存在でして、父親を殺されたことに激怒いたしまして、黒髪が金色に見えてしまうほど神々しい魔力を纏いながら奥様ごと悪魔を一瞬で消滅させてしまったらしいですぞ」


「……なんだそれ、意味がわからん」


 とんでもねぇな、昔のブレイブ家。


「奥様ごとって、とんでもないわね……?」


「はっ! アリシアはそんなことしませんからね! ラグナさん!」


 マリアナがアリシアの前に立って守るようなしぐさをする。


「大丈夫、寝込みを襲われるようなヘマしないし」


 寝込みが一番危ないからバッチリ対処済みだ。


 もっともアリシアがそんなになってしまうようなことも起こさない。


 だから俺は尻に敷かれる道を歩むのだ。


「でも聞けば聞くほど悪魔の倒し方がよくわかんないなあ」


「ですが坊っちゃん、それが悪魔の倒し方ですぞ?」


「まあ……そうか……」


 悪魔に対して聖属性は確かに効果的な手段である。


 闇には光、邪には聖、負には正。


 悪魔は基本的に負側の属性であり、その逆がいわゆる効果抜群。


「でもそれで行けるならやってるよ、全部使えるし」


 あらゆる攻撃に対処するために、学んだのだ。


 障壁を再構築するには、深く理解する必要があるのだからね。


「完全に融合して死ななくなった相手にはどうしたら良いんだ?」


「それは自分で気づきませんと身になりませんぞ……と言いたいところですが、今回はアリシア様とマリアナ様もおりますので、簡単な対処法をお教えしましょうか」


「助かるよセバス」


 教えられるよりも自分で学ぶのが一番早く心に響き、頭で理解するよりも肌で覚える方が咄嗟の場面で活きるのだが、今回ばかりは仕方がない。


 どうせ再召喚して俺は戦うのだから問題ない。


「ふああ! 倒し方を教われるなんて貴重ですね! ふんふんっ!」


「マリアナ、あまり興奮しないの」


 またメガネを買い替えるハメになるぞ。


 何代目だ、その瓶底メガネ。


 そもそもどこに売ってるんだ、その瓶底メガネ。


「でもブレイブ家で過ごすならたしかに必要よね」


「悪魔が来ても俺が守ってみせるさ」


「自衛するからその間に貴方が倒した方が効率的でしょ?」


「それはそう」


 そこまで行けば、もはや何も言えない。


 完璧すぎる程にできる嫁である。


「良い心がけですな」


 とセバスは話を戻し、悪魔討伐講座がスタートした。


「悪魔は実態を持たないが故、媒介が無ければこの世に存在することができません。それは即ち魔力で身体が構成されているということです」


「ふむふむっ! ふんふんっ!」


 すっかり勉強モードになったマリアナのふんふんが隣でうるさい。


「授業中は、いつもこうなの?」


「そうだよ」


 定期的にメガネが壊れて授業が止まる。


 目立たないようにしているのだろうが、実際めっちゃ目立っている。


 残念元主人公。


「供物として代償をどこまで差し出すか、それは悪魔にどれだけの主導権を渡すかという形になります。身体の一部か、全身か、最後は――魂」


 そういえばゲームの世界のアリシアは悪魔に魂を売り渡していたなあ。


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