61.サマータイム・メモリー 悪魔召喚


 恋とは何か、――それは戦争だ。


 セバスのアドバイスに則って、俺は悪魔召喚にアリシアとマリアナの二人も誘うことにした。


 おい、吊り橋効果って……知ってっか?


 恐怖や不安で心拍が高くなっている時に出会った異性に対して、ドキドキの原因は相手への恋心だと勘違いする効果だ。


 悪魔召喚は、かなり危険な試みである。


 だからこそ、ひと夏の経験として十分に効果を発揮するのではないかと位置付けたのだった。


「どうだセバス、俺の案は」


「妙案ですな」


 妙案だとさ、やったな!


 セバスの了承を得た俺は、すぐにお茶する二人を誘いに赴き、さっそく屋敷の地下室で悪魔召喚を執り行う。


「いきなり呼びに来て何かと思えば、悪魔召喚ですって……?」


「あ、ああ悪魔召喚……ふえええ……」


 頭を抱えるアリシアとビビりながらもメガネをクイクイするマリアナ。


 思いの外興味深そうなマリアナに、アリシアはさらに深いため息を吐いていた。


「禁忌に近い魔術ですね! 興味深いですが、いいんですか? そんなものをやって罪に問われたりは……?」


「問題ありませんぞ、ブレイブ領では」


 セバスの補足。


 その通り、敵国もやってくるので別に禁止はしていない。


 っていうか、どこの国も禁止にはしていない。


「悪魔なんぞ言うこと聞くわけないから行きつく先は自滅だしな」


 悪魔はどこまで行っても悪魔であり、言うことなんか効かない。


 己の快、不快のみでしか行動しないので行きつく先は自滅。


 だからジェラシスだってそんなもんだよ、どうせ自滅だ。


 ずーっと聞こえてくる悪魔の囁きに耐えれるくらいの精神力があれば持つかも知れないけど、あの様子じゃ無理だろう。


 なんか心がぶち壊れてるっぽいから悪魔の囁きも耳触りの良いアクセントになっているだけだ。


 やだやだ、人の話に耳を貸さない方がバケモノじゃん。


「そんなものを私たちに体験させようってのよね……?」


「でも呼んで契約じゃなくて、倒すことが目的だよ」


「ほっほ、呼ばれた側はたまった物じゃありませんな」


 いつも通りの俺とセバスの様子に、アリシアは小さくため息を吐いた。


「気軽に悪魔召喚ができてしまうなんて、すごいですね……?」


「それがブレイブ領よ。そういえばそうだった……」


 マリアナはどちらかと言えば興味深そうにしているので、ブレイブ適性が高いと言える。


「お二方は、こちらの石をお持ちください」


 アリシアとマリアナに、セバスが何か手渡した。


 白くてツルツルとした見た目の石だった。


「これは何かしら?」


「綺麗な石ですね? 不思議な肌触りです」


「ホワイトアゲーテと言いまして悪魔の誘惑から守ってくれますよ」


 なるほど、精神世界に入られたら俺には守ることはできないので、その時のための保険ということか。


「でかしたセバス、俺の分は?」


「ほっほ、あるわけないじゃないですか」


「薄々わかってたけど、そんなにハッキリ言う?」


「坊っちゃんに関しては悪魔殺しの訓練も兼ねているんですから、そんなものをもって戦いたいんですか?」


「いやいらんね」


 精神世界に来た時の対処はもうできる。


 欲しいのは殺し方だけなのだ。


「これは敵の多いブレイブ家において、奥様方にもしものことがあった場合にのみ作られたものですので」


「へー」


 母親と絡んだことなんてあんまりないからな知らなかった。


「昔あったのですよ」


 遠い眼をしながらセバスは語る。


「悪魔に唆された奥様にその時の領主様が殺されることが」


「ねえ、セバスっていくつなの?」


 アリシアが問いかける。


「ほっほ、代々使えておりますので、そういった事情も知りえているだけでございますよ」


 昔のことを懐かしく語るから、いくつなんだろうとは思っていた。


 ずっとブレイブ家に仕えてくれているのか。


 そんなセバスにこの言葉を残そう、セバースいつもありがとう。


「では召喚致しましょうか。マリアナ様、悪魔召喚には何が必要かわかりますかな?」


「ふえっ! えーと、供物です!」


 なんか授業が始まったぞ。


 メガネをクイクイと動かしながらマリアナは答える。


「特に血や臓器が必要ですね! 人間の者が好ましく、それを怠って動物の物で済ませてしまった場合、悪魔を怒らせて全員命を落としてしまうような事件が起こったことも過去にあると聞きました!」


「御名答ですな」


「えへへ、ふへへ、アリシア褒められました! セバスさんに褒められました!」


「よかったわね……? ってことは、怒らせる場合は動物の供物で代用すれば良いってことなのよね?」


「アリシア様も御名答です。いやはや二人とも聡明ですな」


 セバスに褒められて、アリシアも心なしか嬉しそうだった。


「でも動物で出てくる悪魔って歯ごたえなさそうだなぁ」


 怒らせて周りに被害が向くのも良くないし、ここは俺の血を用いて悪魔召喚を行った方が歯ごたえがある。


「ここは俺の血で」


「それはやめなさいラグナ」


 アリシアにガッと肩を掴まれ、その上で首輪まで出ました。


 くぅーん。


 でも誰の血が一番強い悪魔が出るのかは純粋に気になる。


 果てしなく危険だから、さすがにできないか。


「では、こちらに今朝獲れたばかりの新鮮な魔物の死骸がございます」


 どさっと虚空から出されたるは、ユーダイナ山脈にうようよ住んでいるオークの中でもその頂点に君臨するオークロード。


「デ、デカいわね」


 3メートルほどの巨体を前に、困惑するアリシア。


「オークロードだからね」


「もう誰の血でも関係ないくらい、とんでもない魔物じゃないの……」


「そうかな?」


 オークロードは確かに脅威だが、ユーダイナ山脈の中では別にそうでもない生態系の中位程度である。


 もっとえげつない捕食者が奥にはたくさんいるんだぜ。


「ふええ、初めて見ました。すごくデカいですね。この睾丸って確かすごい高値で取引されるんですよね?」


「こら! 言わないのそんなこと! ……はぁ」


 メガネをクイクイさせてオークロードの股を眺めるマリアナに、アリシアはもう諦めたように遠くを見つめて溜息を吐いていた。


 今日はすごくため息の量が多いな?


「では坊っちゃん、呼び出してください」


「了解」


 魔法陣の前に立つ。


 確か、来たれ現世を望む異界の者よ、汝の求める現世の一部を今この場において私が捧げよう、だっけな?


 無詠唱でできるのか試してみるか。


 魔法陣に魔力を流し込み、その中央に置かれるオークロードに向かって満たしていく。


 すると魔法陣が赤黒く光り出した。


「おおっ!」


 オークロードの死骸がドロドロ溶けて魔法陣の中へと吸われて行く。


 魔法陣の中で魔力がぐちゃぐちゃに混ざり合って、再び何かに置き換わるような感覚がして、中央に薄っすら人のような何かが現れた。


 燕尾服を身に着け、緑色の髪を持った男。


「ふむ、無詠唱で我を呼び出すとは中々の者よ。さぁ願いでよ、汝が我に求めるものは何だ、このアマイモ――げっ、さらば」


 悪魔は消えた。


 えっ!? 甘芋!?


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