60.領主と執事とコーヒーと
「ほう、このまろみ……これは、坊っちゃんは、とんでもない方とご友人になられたものですな」
マリアナの持ち込んだコーヒーを飲んだセバスが、珍しく俺を褒めていた。
「マリアナ様とご友人になられたのはアリシア様でございます」
すぐに使用人の一人が訂正をいれる。
「ほう、このまろみ……これは、アリシア様は、とんでもない方とご友人になられたものですな」
それを聞いたセバスは自分の言葉を修正した。
確かに俺はマリアナと友達になろう作戦に失敗した。
どう実行すれば良いのか考えている内に、アリシアが奇跡的な遭遇を果たし友達になってしまったためである。
間違ってないんだけど、わざわざ言葉を修正して言う必要性はあるのだろうか、俺の目の前で。
やれやれまったくこいつらは、仕方ない使用人たちだぜ。
「セバス、極刑で」
「いやはや、思慮深さが足りませんな坊っちゃん?」
「そうか、じゃあ打ち首で」
「変わっておりませんぞ、坊っちゃん。ささ、コーヒーを飲んで、サボっていた執務の方を進めましょう」
「うああああああああああああああああああああ!」
ガンガンガンガンッ!
こうして頭を執務室の机に打ち付けるのも久々か。
帰宅して早々、俺はオニクスの元へと向かっていたため、それをサボりと判断されて執務に追われていた。
せっかくの夏季休暇だから少しくらいサボっても良いのでは?
だがしかし、アリシアは帰ってきてからセバスの手伝いに、使用人たちの手伝いにと、色んなことをこなして颯爽と自分の畑の方へ向かってしまっていたため、俺は何も言えずにいた。
これを平気でいると、ダメ男の烙印を押されてしまいそうで。
全部使用人に任せてしまえばいいじゃないか、なんてことを言わないのがブレイブ家である。
貴族という地位はあるが、飾りみたいなもんだしな。
「私はアリシア様の無詠唱耕作を見に行ってまいります」
「やるべきことを過ごしたのならばそれでいいでしょう。恐らくマリアナ様と一緒にいらっしゃるので、何か飲み物や軽くつまめるものをお持ちしてください」
「もちろんです」
そう言いながら使用人の一人は執務室から出ていき、セバスと俺だけが残された。
無詠唱耕作とはまた、とんでもない魔術の使い方が生れてしまったようだが、俺も害虫駆除に魔術を使うので人のことをとやかく言えない。
「ところでセバス」
「いかがいたしましたかな、坊っちゃん」
「ブレイブ領はどうなっている? 山脈はオニクスがいるから良いとして、隣国の動きは?」
「きな臭さが多少ありますな。ですが、しばらくは大丈夫でしょう。ご学友の二人と一緒に学園生活を謳歌してください」
謳歌するほどの学園生活ではないのだが、思ったよりもつまらないということはなかった。
「殿下をお救い致したことは、私の方からオールドウッド家を通じて連絡を取っておきました。坊っちゃんとお二方に何かあることはないでしょうが、それでもお気を付けください」
「わかった、ありがとう」
連れて帰ってきたエドワードは、次の日屋敷にやってきたクライブに預けて送り返した。
どうしてこうなったのかの理由もちゃんと話して、である。
その上でセバスは俺たちに危険がないようにオールドウッド家に渡りをつけてくれていた。
できる男である。
「うーん、これでエドワードの庇護を失ったパトリシアは学園にいれなくなるのか?」
「ヴォルゼア殿は学生の身分である限り、実力を認めていれば学園にいることを許す方なのでそれはどうでしょうか?」
「でも一国を揺るがすような事態を引き起こそうとしていたのは事実だ。お咎めなしなるのはおかしくない?」
「彼女の裏にイグナイト家が付いているのならば、追及から言い逃れる手段はいくらでも残されておりますので、むしろエドワード殿下の立場の方が危ういですな?」
「それはどうでもいいよ」
馬鹿の相手をするのは疲れる。
「ですが彼のスタンス的には、ブレイブ家に対しても悪くないものですので例え愚かでも王にしてしまえば色々と変わるやもしれませんぞ?」
「うーん」
悪くない考えだが、エドワードの巻き返しなんてあるのか?
ゲームの世界では、スペック的には有能な部類だ。
色んな障害を乗り越え、主人公が聖女だと判明して一発逆転、それによって平民と寄り添い、民に愛される良き王となるのがエピローグ後の姿である。
もうバグり散らかして影も形もないけど、あるのか?
そんなやり直しをエドワードができるのか?
「うーん……」
ツルツルになってしまった彼の頭を思い浮かべるたびに、なんとも言えない気持ちになってしまった。
「ほっほ、悩んでおりますな」
悩む俺の様子を見て、セバスは髭を撫でながら笑っていた。
「そうだ坊っちゃん、蟻の巣の最奥で悪魔憑きと対峙したと聞き及びましたがどうですかな? 命の危険は感じましたかな?」
「特に」
「やれやれ、その様子ですとブレイブ家の後継ぎはまだまだ先ですな」
「いや、人をケダモノ扱いしないでくれる?」
ブレイブのケダモノになる気は一切ないのだ。
「俺たちはまだ学生だ。普通に関係性を深めて、そこから徐々に距離感を近づけていって、って至って正当な手段で進めるんだよ?」
まるで恋愛シミュレーションゲームのようにな!
恐らくこれでいけるはずだ。
「坊っちゃんから何かアプローチはしたんですかな? 私の見立てですと明らかにマリアナ殿との距離の方が近く感じますぞ?」
「うっ」
そういや最近は特に何かに誘ったりとかはなかった。
「でも家で静かに二人で過ごすのもいいとは思わないか?」
互いに激動を生きて来たんだ。
その平穏は幸せそのものなのでは?
「坊っちゃん、等身大でぶつかることは大事なことですが、女性の心には常に愛を注ぎ込むことが重要ですぞ? 幸せな思い出に浸って過ごせるほど若くもありません故に――」
「故に?」
ゴクリと唾を飲む。
セバスの助言でアリシアとも上手く話せた。
この恋愛軍師の言葉には従っておく価値がある。
「――日々怒涛の攻勢を仕掛けなければなりません」
「ふむふむ、恋は戦争ということか」
「いかにも」
「そうか、いかにもか」
「いかにもですな」
イカが食べたいな。
海が近くにあれば、なんと都合がよかったのもか。
「そうだセバス。悪魔本体って倒す方法はあるのか? 死ぬことはなさそうだけど、倒す方法がわからなければどうしようもないな、と普通に思ったんだ」
「彼らは現実を生きる存在ではありませんからな? 一度召喚して試してみるのはいかがでしょう?」
やはりそれが一番早いか。
今年のブレイブ領でのひと夏の体験は、悪魔討伐と行こう。
ちなみに去年は触手がたくさんある魔物だった。
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