59.やはり殿下の上様はもう無理か


「ラグナ! ラグナ!」


 目覚めると、アリシアが焦ったように俺に呼びかけていた。


「アリシア」


「ラグナ! 急に全身が燃えて倒れて、心配したんだから!」


 上半身だけ起こすと、力いっぱい抱きしめられる。


 ギュッと、それなりに強い力だった。


 しかし、それ以上に柔らかく夢心地とはこのことだろうか。


「燃えた人も消えちゃったし、本当に大丈夫なの?」


「大丈夫だよ」


 精神世界ですったもんだしている間、現実での俺はそんなことになっていたのか。


 とてもホラーである。


「よかった……」


「これが無詠唱を使う魔術師の戦いだよ? どうだった?」


「炎に包まれて正直よくわかんなかったかも。勝ったの?」


「いや、逃がした」


「そっか……でも、ラグナが生きてる方が大事よ」


「ありがとう」


 抱きしめられながら出口の方角を睨む。


 結局逃亡を許すのも2度目、少しだけ不甲斐ない。


 だが、死ななくなった相手をどう倒す?


 灰になって外に移動できるまで悪魔と同化してしまった悪魔憑きなんて戦ったことはない。


 とんでもなく面倒な相手だ。


 悪魔憑きの倒し方は憑依された人間を殺せばいいのだが、ガチで死なない奴の倒し方なんで本当に知らない。


 俺も死ななくなればいいのか?


 いや、そんなことはないか。


 決着付かずで泥沼化した場合、周りに被害が及ぶ。


 考えろ、どうやって倒すのか。


 障壁による解析もできなかった。


 使用されていた魔力はジェラシスのものだったので、融合した相手を引きはがすこともできない。


 悪魔と契約する振りして呼べば戦えるか?


 そこでデモンストレーションして……あっ、デーモンとデモンストレーションして。


「何ブツブツ呟いてんのよ、早く立ちなさい」


「あっはい」


 すでにアリシアの抱擁はなく、仕方なく立ち上がる。


 今はさっさと家に戻って、そこでゆっくり考えよう。


 オニクスだったら教えてくれたりしないだろうか?


 今度聞いておくのも良いかもしれない。


「アリシア、ラグナさん、終わったんですか?」


 立ち上がった俺たちの元に、未だに意識を失っているエドワードの足をもって引き摺りながらマリアナがやってきた。


「そっちも治療は終わったの?」


「はい。ちょっと魔力が足りずに顔以外の火傷の痕は残ってしまいましたが、大事なお顔だけは何とか戻すことができました」


 アリシアの問いかけにマリアナはそう返す。


 上半身全部ケロイドみたいになっていたが、本当に顔だけは何とかなっていた。


 瞼は剥がれて目はつぶれて、頬も焼け焦げて歯とか剥き出しになっていて、人体模型みたいな有様だったのだが、ちゃんと顔だけ何とかなっていた。


 異世界の回復魔術って本当にすごいな、どうやって治すんだろう。


 あれを復元するんだから、魔力を相当消耗するのも仕方がない。


「ただ……」


 すごく申し訳なさそうにマリアナは言葉を続ける。


「髪だけはどうしても無理でした」


「ツルツルだな……」


「ツルツルね……」


「一応、見た目も大事かと思って皮膚は綺麗にしておきましたが、たぶんもうどうにもならないと思います。毛根から逝っちゃってます」


 あっ、もう二度と生えてこないのか。


 毛根から逝っちゃってるのか。


 アホ殿下からハゲ殿下へ。


 でもまあ、かつらでなんとかなるだろ。


「ほとんど死んでたんだから、生きててよかったじゃないの」


「それはそう」


 アリシアの言う通り、命あっての物種ともいう。


 ほら、昔の偉い武将は、命の代わりに髪を切って差し出したともいうし、エドワードは髪を犠牲に命が助かった。


 そういうことにしておこう。


「マリアナ、一応聞くけどトラウマは大丈夫なの?」


「エドワード殿下に関しては、グロさが勝ってしまって、恐怖よりも吐き気の方が強いです……うぷっ、ごめんなさい落ち着いたら吐き気が……」


 マリアナは我慢しきれずその場で嘔吐した。


 彼女が殿下を治療していた場所は、なんとも悲惨な状況である。


 これから彼女はエドワードの顔を見るたびに吐くのだろうか。


 ふ、不憫だ。


 少しだけ不憫だと思ってしまった。


 でもまあ自業自得か。


 これを機にお忍び癖も治れば、たぶんかなりの人間が救われるぞ。


「じゃあ、帰りましょ」


「そうだね」


「はい! そうだ、アリシアが無詠唱を使えたので、私も負けないように使えるようになっておきましたよ! 何度か失敗して魔力が足りなくなってしまったんですが、二人に追いつきました!」


 ……マリアナ、こいつ、すげぇ女だ。


 改めてそう思った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る