58.【ジェラシス・グラン・イグナイト】絶望
「――はぁっ! はぁ、はぁ……」
燃え尽きて灰になってしまった姿から元の姿に戻る。
「おえっ」
どこかもわからない森の中で激しく嘔吐した。
悪魔と同化する度に、心はどんどんグチャグチャになっていく。
すごく苦しかった、今まで以上に嫌な気分だった。
それでも何とか頑張ろうとしていたのに。
「また……ダメだった……」
せっかく悪魔と同化までして、弱ったところを狙ったのに。
どうして、どうして、どうして、どうして。
あのままだと、エドワードも死んでいないし、全てが無駄に終わってしまったことに絶望する。
どうして、どうして、どうして、どうして。
『そりゃあ、相手が悪いぜ?』
頭の中に悪魔の声が響く。
『あいつにはオニクスが付いてるから、分が悪い』
「そんなの知らない! 知らない! 知らない!」
叫ぶ僕に、悪魔は優しく囁いてくる。
『オニクスっつーのは、過去に勇者と一緒にいた竜だ。あいつは呪喰いだから俺らは喰われちまう。妹のメノウが禁忌で人堕ちしてからどっかに行っちまってたが、まさかこんなところにいるとはな?』
竜、ドラゴン。
そんなのがいきなり出てきて、どうしようもないじゃないか。
「お前は勝てるって言ったじゃないか!」
悪魔に当たり散らす。
勝てる見込みがあるからこそ、僕はお姉ちゃんに言われた通りに悪魔を受け入れて、今度は身体を全部差し出して、もう戻れない場所まで来たんだ。
それで倒せないなんて、おかしい、おかしいおかしいおかしい。
『おいおい、万能だと思って欲しくねぇぜ?』
「あんなのどうやって倒せばいいんだよ!」
普通に戦っても圧倒的な実力さで負けた。
弱ったところを狙っても僕の炎は無力化された。
剣の実力だって、何もかも敵わなかった。
心の内側に秘める狂気、僕が唯一お姉ちゃんに褒めてもらった物。
「それすらも、それすらも負けていた……?」
『ありゃバケモノだな、ギャハハ』
「笑い事じゃない!!」
髪を掻きむしる。
どれだけ耳を塞いでも、その奥の鼓膜を破っても、この悪魔はひょうひょうと僕の頭の中に囁き続ける。
腕や足がちぎれても、心臓を貫かれても、頭が潰れても、どうやっても僕は死ななくなっていた。
悪魔が治してしまうから。
灰になったまま、遠くまで、どこか遠くまで飛ばされて消えてしまいたいと何度思ったことか。
『お前もバケモノだなぁ、ギャハッ』
「うるさい」
もう戻れない。
引き返せないから前に進むしかないんだ。
『そうだなジェラシィス、求める物はなんだぁ? そもそもありゃ俺のせいじゃなくて、お前の心が弱かったんだ、自分に実力がなかったことを棚に上げて当たり散らしてると、死ぬ思いで努力してきた姉貴を否定することになっちまうぜぇ?』
「……お姉ちゃん、許してくれるかな?」
今のところ、何もかも失敗していた。
聖具を取ってくることも、エドワードとラグナ・ヴェル・ブレイブの殺害も、全部全部何もかも何もかも。
『怒られるだろうなあ? 可哀想なジェラシスゥ、抱きしめてもくれないし、キスも、その先もしてくれなくなるだろうなあ?』
怒られる、怒られたくない、いやだ。
お姉ちゃんに愛してもらえなくなるのだけは嫌だった。
それがなくなってしまったら僕の存在理由は無くなってしまう。
『だから?』
だから……。
『みんな殺して、みんな壊して、アリシアを奪って?』
みんな殺して、みんな壊して、アリシアを奪って。
「――僕と同じにしてあげないといけないんだ」
『それであってるぜジェラシス。クヒヒヒッ、いい子だ。俺様がもう一度だけあいつに勝てる方法を教えてやるよ?』
「どうすればいい?」
『まだ俺にくれてないものがあっただろぉ? ギャハッ!』
まだ悪魔に渡していないもの。
一つだけあった。
でもそれは、お姉ちゃんに取っておきなさいと言われた大切なものだった。
クソみたいな家の中で、ドブのような環境の中で、来るべき日のために残しておいた――僕の魂。
お姉ちゃんの言葉を思い出す。
『――ジェラシス、どれだけ辛くても大事にしなさい。汚されても踏みにじられても、それがちゃんとあれば私たちはいつだって前に進めるんだから』
「ダ、ダメだよ!」
お姉ちゃんと前に進むための、未来に向かうための。
大事な意志が宿る魂。
悪魔に渡しちゃいけないんだ。
『でもよぉ、全部失敗して、前に進めなくなっちゃってんのは、どこの誰のせいだあ?』
「それはあの男の」
『いいや、ジェラシスお前だよ。全部負けたお前のせいだ』
「そんな……でも、僕だって頑張ったのに……」
『頑張ったぁ? ギャハッ、同じだけ生きて来たのに、これだけ基礎の実力に差が有った。それは事実なんじゃねぇのかぁ?』
「あ、う……」
『せっかく力を貸してやったのに、お前が実力で負けてんだからどうしようもねぇよなあ? ギャハッ』
だから、と頭の中に響く悪魔の声は続いていく。
『ちょっとだけで良いんだぜ? ジェラシスゥ、俺らは運命共存体だろぉ? お前が生きてるだけで俺様は嬉しいんだよ』
「……わかった」
もう全てを渡したようなものだ。
少しだけ、少しだけなら、お姉ちゃんも何も言わないはずだ。
「それで勝てるなら、次こそ殺せるなら」
『たりめぇだろぉ、ギャハハッ! 悪魔の魔力になりゃ、あの障壁じゃ防ぎきれねぇよ? 再構築される前に殺せんだぜ? だから宣言してくれよ――魂を捧げよう、って』
悪魔に言われるがままに、僕は宣言する。
「いいよ、お姉ちゃんのためだからね? ――僕の魂を捧げよう」
その瞬間、心の中が真っ黒になったような感覚がした。
ドロドロとした黒い感情で埋め尽くされて、でもそれと同時に強い快感が頭の中を駆け抜けて下半身がドクドクドクと脈打つように震える。
「ヒャハハハハハハハ! ギャハハハハハハハッ! 良い子だジェラシス、これでお前の身体も魂も俺様のもの!」
『ッ!? 話が違うじゃないか、悪魔!!』
「ああん? まだ意志が残ってんのか? 馬鹿か、オニックスドラゴンなんか相手にしてられっかよ。ギャハッ!」
『そ、そんな……』
「可哀想なジェラシスゥ、でも、俺が現世で好きなように生きてやっからその幸せを噛みしめな? グフッ、ギャハハッ! 俺様は最高に運がいい、適性持ちの馬鹿なシスコンは騙しやすくて笑えてくるぜ! クヒヒッ、グヒッ、アヒッ!」
下衆笑いを浮かべる悪魔。
身体の自由はもうどこにもなかった。
深い深い海の底に落とされたような感覚がして、もがいても浮上することはできずに、真っ暗な何もない空間に堕ちていく。
僕は、なんてことをしてしまったんだろう。
後悔してももう遅かった。
「まことに哀れな魂ですな」
声が聞こえた。
「救いの手すらも歪んでしまっているとは、由々しき事態です」
「あん? 誰だジジイ――あえ?」
薄れる意識の中で、身体が両断される感覚がした。
魂ごと引き裂くような、そんな感覚。
「ぐああああああああああああ!」
悪魔の叫び声が聞こえてきていた。
激しい痛みは……僕は特に感じない……。
それよりも心が痛かった。
「な、なんだお前ええ!」
「坊っちゃんは完全に同化した悪魔の倒し方をまだ知りませんからな」
「ま、待て、取引しよう、俺様が願いをなんでも叶えてや――」
「必要ありませんな。ブレイブ家は代々自分の力で切り開くのです。それに……下等な下級悪魔如きの叶えられる願いなんぞ、たかが知れてるでしょう?」
いただきます、そんな言葉と共に悪魔が消えた、そんな気がした。
でも僕はもう戻れない。
心が折れてしまったようで、もう手足が動かないんだ。
ああ、パトリシアお姉ちゃん。
約束を破って、本当にごめんなさい――。
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