57.アクマとバケモノ


 熱い、熱い、熱い、全身が内側から燃やされているような感覚。


 心の中が、目の前が、全て炎で染まっていき暗転した。


「――ギャハハハハハハハハハハッ! ハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタレタレタ! ギャハッ、ギャハハッ、ウヒャハハハッ!」


 狂ったような笑い声が響く。


 暗転した視界がスッと戻ると、目の前にジェラシスと灼熱の魔人が二人立っていた。


 灼熱の魔人はまるで蛇のように胴体を長く伸ばすと、ジェラシスに巻き付いて顔を歪めながら言う。


「よくやったジェラシース!」


「……うん」


「可愛い可愛い可愛いジェラシスジェラシスジェラシス」


 明らかな別人格。


 悪魔憑きとなった魔人ではなく、あれが悪魔の本体か。


 狂ったようにジェラシスを愛でながら、悪魔は俺を向いた。


「ここはどこ? みたいな顔してるよなあ~?」


「精神世界だろ」


 今まで洞窟だったんだ。


「目の前に明らかな光源がいて、わからない奴はただの馬鹿だ」


 黒一色のこの世界、ごつごつとした剥き出しの岩肌はない。


 気を抜けば、平衡感覚さえも失ってしまいそうだった。


「ぷっ、光源だってさ」


「ジェラシース! そりゃないぜ? とりまあいつ殺す?」


「どうせすぐ死ぬよ」


「どうせすぐ死ぬなあ! ギャハハッ!」


 感情の起伏のままに纏う炎をめらめらと動かす悪魔を制すと、ジェラシスは俺に向き直って言う。


「言ったでしょ、僕に分があるって」


「ない。心臓を捻り切った」


 分があるとは、有利に状況を進めることだ。


 捨て身で使った魔術なんかに分は存在しない。


「事実は変わらん、死ぬのはお前だ」


「君は強い、けどこうなったら僕の勝ち」


 話聞けよ。


 精神世界でも相変らず会話がちぐはぐな男である。


「あれくらいじゃ僕は死なない。でも君は死ぬ。ここは君の精神世界、自分の心の闇の狂い火によって内側から灰になるんだ」


「ギャハハッ、燃やせ燃やせ、炎上だぁ!」


「得意の障壁でも意味ないよ? 自分の精神に障壁なんて展開できるわけがない。君はアリシアと何もできないまま死んでいくんだ」


「ギャハハッ、狂いに狂って死んでいくんだぁ!」


「これでやっとアリシアが手に入る。小さい頃に見た時から、あの美しい瞳に一目惚れだったんだ。これでやっと僕のもの」


「なあ、一つ聞きたいんだが」


 珍しく饒舌に語るジェラシスに俺は問いかけた。


「仮に俺が死んでも、アリシアがお前を好きになる保証は無いぞ?」


 ジェラシスの表情が真顔に戻る。


 殺して恋人を奪うだなんて、恋愛劇の中では極々ありふれたドロドロの展開だが、奪ってハッピーエンドになった物語はあっただろうか。


 好きな女が今の彼氏に虐げられているのならばまだいいが、別にそう言うわけでもない状況で横やりを入れるのは、悪役以外の何者でもない。


「手に入れてどうすんだ? 入れ物にでも入れておくのか? お前の家がお前にしたみたいにな」


「うるさい」


 睨みながら静かな声でジェラシスは呟いていた。


 まあ境遇を考えればそうなるのも仕方がないか。


 似てるよ、ある意味な。


 歪で、ちぐはぐだ。


「一目惚れなら仕方ない。俺は彼女の中身が好きだけどな? 一つ屋根の下で暮らしてるし、次元が違うよお前とは」


「ギャハハッ! ジェラシース、これは揺さぶりだぜ? あいつはお前を揺さぶって時間を稼いでんだぁ!」


「事実だよ。己の心に聞いてみな」


「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!」


「ギャハハハハハッ! そうだ耳を貸すなジェラシス! 狂え、狂え、それがお前の力だ! ギャハハ!」


 頭を振って錯乱するジェラシスを悪魔が煽る。


 どう考えてもこいつが悪さしてる気がしないでもなかった。


「お前に何がわかる! まともに育って、まともに人を好きになって、恵まれた人間に僕の気持ちなんてわかるはずもない!」


「ギャハッ、俺だけがわかってやれるぜジェラシィース。産まれた時から一緒だろぉ? 辛かったよなぁ、俺も辛かったぜぇ、だからほら、早くやっちまえよ。邪魔だろ、殺しちまえよあいつをよぉ」


「うん、うん」


「もう唾つけたもんなぁ? 片眼を燃やした時に唾つけたもんなあ? 次はもう片方だ、いいぞ、あの女の目は極上だ」


「うん、邪魔者は、全部、焼けばいいよ、ね?」


 囁く悪魔に導かれるように、ジェラシスは俺に手を向けた。


 その瞬間、全身が再び燃え始める。


「おい、今何つった? アリシアの左目の火傷はお前のせいか?」


「ギャハハッ、代わりに応えてやるよ! そうだぜ? 好きな女には唾つけとくもんだ」


 そうか、アリシアの火傷はこいつらの仕業だったのか。


「ふん!」


 意識を集中させて、全身を包み込んでいた炎を抑える。


「!?」


 悪魔とジェラシスは、呆気に取られたような顔をしていた。


 仕組まれた決闘だとは思っていたが、令嬢の顔に傷をつけてのうのうと過ごしてるのはさすがにおかしい。


 シナリオだから仕方ないのか、と思っていたが、単純にアリシアは自爆で自ら左目を燃やしたんだ。


 だからエドワードもそこまで責任を感じてそうな雰囲気でもなかったわけである。


 魔術大国で、自ら挑んだ決闘で、自分の魔術で自爆することは、確かに蔑まれてもしかたない。


 学園で無詠唱を教えないのもよくわかる。


「不思議そうな顔してるな? カスども」


「何が……どうなって……」


 狼狽えるジェラシスに言っておく。


「いくら俺を燃やそうとしても、おおもとは俺の魔力だろ、馬鹿にしてんのか? 悪魔の力もたかが知れてるな」


 ジェラシスがしようとしていたことは、俺の魔力の暴走のような物。


 喋ってる間に種がわかれば、どうってことはない。


 この力によってアリシアは決闘で自爆させられてしまったのだろう。


 不様な敗北を演出し、精神的苦痛を与えるために。


「言うじゃねえか! ギャハハ、舐めんなよ、テメェの中の狂気を今から全部膨らまして――」


「――それも手中だ、ボケ」


 もう、とっくに狂ってる。


 ジェラシス、お前は俺をまともだと言ったな?


 3歳から魔物と戦うことを強いられるのがまともなのか?


 年1で隣国が攻めてくる状況がまともなのか?


 捨て地と蔑まれて、王都は何もしてくれない状況はまともなのか?


 一つとしてまともなことはないよな。


 ああ、本当にこの世界はおかしい。


 慣れたつもりでいても、受け入れたつもりでいても、理解することは絶対にない。


「もう終わりか? くだらない子供のお遊びは?」


 たかが悪魔、人に憑りつくしか取り柄のない雑魚。


 竜と比べたら、天と地ほどの差である。


『――グォオオオオオオオオオオオオオオオオ!』


 精神世界で俺のイメージが具現化したのか、オニクスの首が俺の後ろに現れて、悪魔を背負うジェラシスに咆えていた。


「げっ、オニクス……ッ! ジェラシス、分が悪いから一旦退け。あいつの影響下だとこの世界で殺すのは無理だぜ?」


「うっ……」


 巨大な竜の顔を前に、焦ったように撤退を促す悪魔。


「ここまでやって無理ならもうあいつは化け物だぜ、ジェラシス」


「でもっ……」


「言うこと聞きな可愛い俺のジェラシス。チャンスはまた来る。そこを狙っていきゃあ良いじゃないか?」


「……わかった」


「逃がすと思ったか?」


「いいや逃げるぜ」


 近付く俺に対して、悪魔はジェラシスを抱えて大きく飛び退く。


「現世ではとっくにテメェの前で俺たちは燃え尽きてんだ。灰はとっくに洞窟の外、それだけありゃ俺とジェラシスは元に戻れる。ジェラシスと俺はもう一心同体、殺させるわけにはいかねぇよなあ? ギャハッ! 娑婆で会おうぜまたなギャハハハッ!」


「狂気も効かないくらい狂ってるくせに……なんで君はアリシアと普通にいれるの? そんなのおかしいよ……」


 悪魔とジェラシスは消えていった。


「君の方がバケモノじゃないか――」


 そんな言葉を言い残して。





 ……バケモノ、か。


 酷いこと言うなあ、必死で生きて来たってのに。


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