56.二度目の戦い


 戦いは唐突に始まりを迎える。


 まずは火球。


「ギャハハッ」


 嘲笑う声と共に巨大な火球が生み出され、ゆっくりと前進する。


 以前と一緒だが、今は状況が違っていた。


 洞窟の通路を埋め尽くしてしまう程の大きさに、退くしかできない。


 俺は再び前に出る。


 剣先から障壁を縦長に構築し、ひと一人分ほどの大きさで巨大な火球に穴をあけた。


「ギャハッ、――だと思ってたよ」


「む」


 上から声が聞こえた。


 身体は炎に包まれているが、顔の半分だけはジェラシスのままで、洞窟の天井に張り付いている。


 アリシアのいる方向からは普通の灼熱の魔人に見えるように、上手い具合に顔を出しているのは器用だった。


 顔だけ半分マンとなったジェラシスは言う。


「アリシアと一緒に戦う選択肢、君は取らない」


「……その状態ってことは、今回は本体か?」


「どうだろうね?」


 鬼火のようにジェラシスの周りを火の玉が回って射出される。


 ボボボボッ!


 俺は無数の火球を躱しながら足元に障壁を展開して飛んだ。


 ジェラシスも炎を纏わせた短剣で応戦し、ギッと硬い音を立てて交錯する。


「やっぱり相当強いね、君」


「当然」


 障壁一本で今までこの過酷な世界を生き抜いてきた。


 他にも魔術を使えるとは言えど、学んだとは言えど。


 全ては障壁に結びつけるためである。


「でも相当疲れてるよね、どこまで持つかな? ――ギャハッ」


「くっ」


 再び全身が炎で作られた魔人の姿へと戻ったジェラシス。


 全身から生み出される炎は、前以上の火力を持っていた。


「ギャハハハハハッ!」


 纏う炎が拡大し、まるで灼熱の海のような状況になっていた。


 込められた魔力と熱量をいよいよ障壁が防ぎきれなくなって、ジリジリと肌先が焼けていく感覚がする。


「おい、ジェラシス――」


 呼吸も苦しくなる中で、俺はあえて大きく息を吸った。


 熱を、魔力を、肺を通して体内に取り込んだ。


 肺が焼けるように熱い、痛い、しかし耐えられないレベルはない。


「……?」


 そして俺の様子に首を傾げるジェラシスに告げる。


「――疲労状態の俺なら殺せるとでも思ってるのか?」


 障壁の構築方式をすぐに変更する。


 お前の魔術は覚えた、慣れた。


 対応するのは、目の前にいる灼熱の魔人の持つ魔力に限定。


 防ぐ属性も火属性のみ。


 俺は灼熱の海の中へと、大きく踏み込んだ。


「……ナゼ?」


 灼熱の海の中を平気な顔で歩く俺を見て、ジェラシスは首を傾げる。


 思わず再び半分だけ顔を戻して問いかけてきた。


「帯びる魔力は少ないのはわかってるよ」


「残りカスでも問題ないだけ、お前には」


 理屈は簡単で、構築した障壁から自由度を排除しているからだった。


 障壁は対象を簡略化することで、魔力の消耗を抑えることができる。


 あれもこれもそれもどれも、と細かく決めると維持が大変だ。


 しかし逆に考えて細かく絞ればさらに障壁は強くなる。


 先ほど構築しなおしたのは、ジェラシスの魔力と火属性のみ。


 俺はそれを最適化と呼んでいる。


 他の攻撃は通すけど、こいつの魔力や火属性のみは絶対に通さない。


 他人の魔力に絞って構築するは大変だが、もう3回も触れた。


 俺の障壁は感知に長けている。


 だからあらゆる魔術を学んでそれなりに使えるようになった。


 触れた魔術を、大本となった魔力を理解し、対応するために。


「もうお前の灼熱は通用しない」


 そこまで来れば、あとは純粋な剣術勝負と行こうじゃないか。


「強がりだね」


「お前がな」


 纏う障壁を攻撃に転用できないのと、攻撃用の障壁を展開するのは厳しいので強がりなのはあっている。


 だが言わない。


 良いじゃないか、大切な人の前でくらい強がっても。


 俺らは学生だ。


 そういう多感な時期だから、少しくらい強がる方がそれっぽい。


「余裕はどうした? せっかく悪魔憑きなのに、そんなもんか?」


「くっ」


 剣で切り結ぶにつれて、ジェラシスの表情に余裕は無くなっていった。


 それもそのはず、俺は剣、奴は短剣。


 取り回しの良い武器は、通常であれば火属性という強みを活かせる。


 熱でジリジリ相手を消耗させながら、動きが鈍くなったところで首を掻き切ればそれで人は死ぬからだ。


 だがこの場において、魔法を全て無視する俺を相手にする上で、そんな有利はそもそも存在せず、圧倒的なリーチの差によってジリジリと逆に追い詰められていくのである。


「君、童貞だよね?」


「下らんおべんちゃらで、焦らせに来てるのか?」


 そんなもんは来るべき時に備えて大事に取っておくべきもんだ。


「俺はケダモノじゃない」


 逆に聴こう、盛りの付いた猿はどっちか?


 お前はキスがどうとか、俺に勝ち誇ったような顔をしたよな?


「好きな人以外のファーストキスか、可哀想に」


 大きく踏み込んでジェラシスの腕を斬り落とした。


 今回はブシャッと血が噴き出ていた。


 惜しいな、首を狙ったのに腕から咄嗟に出した炎の勢いで狙いをずらされた。


「誰とファーストキスしたんだ? パトリシアか?」


「……」


 俺を睨みつけるジェラシス。


「図星か」


 だったらキツイな。


 あいつは馬鹿を誑し込むことだけは上手な馬鹿専だ。


 つまりジェラシスも馬鹿である。


「お前に何がわかる」


「知らん。意味深なことを言っても関係ない」


 この場において俺とお前は敵対していて、わざわざ宣戦布告だってしてきただろう?


「今回は斬れば殺せそうだな」


「どうやって無力化してるかは知らないけど、君の障壁には一つ欠点がある。攻撃に用いれないってことだよ」


「それで?」


「片腕を失っても転用できる分、僕が有利」


 ボッと、ロケットのように炎をその身から噴出させながらジェラシスは動き始めた。


「ギャハハハッ! イマノキミ、タダノヒト」


 再び灼熱を纏った魔人となって、斬れた腕を炎で補って、灼熱の海の中を、洞窟の壁を、縦横無尽に飛び回る。


「おー、すげぇ」


「ギャハッ、シネ――ッ!?」


 ジェラシスの動きが止まる。


 俺と目が合ったからだ。


「森の中だと、そういう事してくる奴はよくいたよ」


 動きで撹乱して死角から攻撃しようとしてきたのだろうが、後ろから来るとわかっていれば問題ない。


 森の中で戦ってる時に、木を利用して同じような攻撃をしてくるやつが敵兵にも魔物にもいた。


 目の前に剣を突き立てておけば、勝手に突き刺さって死ぬ。


 その間の投擲物は俺には無効だから、別に目で追う必要もなく、殺気を一番強く感じた場所を振り向けばいいのだ。


 ジェラシスの炎は無効化しているので、状況はまるで同じである。


「ぐ、ぅ……ぐはっ」


 胸に深く突き刺さった剣を見て、ジェラシスは吐血する。


 だがまだ目は生きていた。


「掴んだ、よ……これで殺せる……言ったよ、僕に分があるって……」


「もう死ね」


 剣を捻るがジェラシスは止まらなかった。


 決して引き抜けないように俺の腕を掴みながら、彼は言う。


「狂気よ燃えろ、嫉妬の炎で内側から焼き尽くされろ――」


 詠唱のような言葉が紡がれたあと。


 心の内側から灼熱の何かがこみ上げてくる感覚がした。

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