54.わかりきっていた真実


「そ、そんな……」


 狂気の蟻の巣の最奥には、セラーアント・クイーンと呼ばれる女王蟻がいて、それを手早くぶち殺した後、広い空間を隈なく探しきったエドワードは再び膝をついていた。


 それをしり目に一息つく。


「はあ、疲れた」


 それほど深い場所でもないが、何にせよ蟻の数が膨大過ぎる。


 数で障壁を削られると面倒だから、これ以上蟻を増やさせないためにとにかく最短ルートで来たのだが、オニクスと全力で戦った後の俺にはそこそこ堪えていた。


「傷は大丈夫なの……?」


「平気。すぐくっ付くから」


 心配そうにするアリシアに笑顔を返しておく。


「なんで腕が取れて平気でいられるんです……?」


「訓練してるからだよ」


 マリアナの疑問にも簡潔に答えておいた。


 セラーアント・クイーンは、六枚の羽を持った巨大な女王蟻で震わせた羽から風の刃を放ってくる。


 口からは岩を溶かす強烈な蟻酸を吐き出して、蟻酸の悪臭が鼻や目を刺激するのでそれなりに危険な敵だった。


 いやあ、焦ったね。


 蟻酸が障壁で防がれると思った矢先に、風の刃を一点集中させて攻撃を仕掛けてきたもんだから障壁を貫通して腕が取れた。


 え、そんなもん避けろよって?


 口の中に手を突っ込んで頭の核を弄ってる最中だったんだから無理に決まってるだろ。


 普段は風の刃とか何の影響も受けない代物だし、蟻酸を巻き散らかされると他の三人が辛いだろうなと思って無理をした。


 その結果、僅かに障壁を貫通して右腕の肘から先が切れ落ちたのだが、すぐに拾って断面をくっつけたので何の問題もないのである。


「これがマリアナの回復魔術の目標だね!」


「い、嫌です……」


 くっ付けた右腕の親指を立てると、マリアナはアリシアの背中に隠れながら普通に断っていた。


 絶対強いのに。


 明らかに振りを背負う傷だとしても回復魔術があれば意外と何とかなってしまうので、みんな使えるようになっておくべきである。


 得手不得手はあるけどね。


「そ、そんな……おかしい……き、きっとどこかに……」


 俺たちが話している間も、ブツブツと呟きながら石を裏返したり、洞窟の小さな陰に明かりを向けたりと探し続けるエドワード。


 聖具は虫じゃないからそんなところにあるはずもない。


 ゲームの製作陣が良い感じで、洞窟ではなく神殿っぽい雰囲気のダンジョンに置いてあるものなのだ。


 ここはダンジョンだが、ゲームに関わるダンジョンではないので、ただでかくで巨大な魔核が手に入るくらいのものさ。


「エドワード殿下、これでお判りですか? 貴方の実力で、身隠しのローブだけで、膨大な蟻たちを掻い潜って最奥までこれますか?」


「……難しいだろうな」


 何もかも諦めたような表情でそっぽを向きながらエドワードは言う。


「ありもしないものを探しに向かわされてるんじゃないかってことくらいは心の片隅にあったんだ」


 それでも、と彼は続ける。


「彼女からもらったものはそれでも返しきれないくらい温かい日々だったんだ。王族として生まれてみんな私ではなく私の地位しか見ていない中で、城下町で出会ったパトリシアは輝いて見えたん――ぶふっ」


「あ、そういうのはいらないので早く帰りましょう」


 無駄に長い昔話が始まりそうだったので、ケツを蹴って早く立つように促す。


 出会いなんて知ってんだ。


 エドワードと学園で出会った時に「そういえば小さな頃に同じ年くらいの迷子の男の子と知り合って定期的に遊ぶようになって、その男の子は街を全然知らなくてちぐはぐで面白かったなあ」みたいな回想シーンが挟まれることくらいな!


 感傷に浸っているところ悪いが、長いんで却下で。


「お、王族の尻を足蹴にするとは……だが、そう思うことすら今の私は大きく矛盾――べぼっ」


「早く行きましょう殿下」


「……約束を守る前に、少しくらい浸っても良いじゃないか!」


「家に帰ってから好きなだけしましょう。ブレイブ領では敵地で物思いにふけることはご法度なので」


 敵地でそんな暇はないのだ。


「殿下は魔性の女に誑かされていた。という事実しか無いので、それ以上は関与しないので早く行きましょう」


「うぅ……パトリシア……どうして、どうして……」


 泣くなよ。


 家で泣けよ。


「殿下、最短ルートで来たのでまだ蟻たちが残ってます。ここに来るまでに俺もかなり消耗したので、これ以上は守れる保証はありません」


「ブレイブなら、なんともないだろう?」


 今日に限ってはそんなことはない。


 女王蟻程度が俺の障壁を貫通したことがその証明だ。


「黙って後ろから見ていたが、君はやはり勇――」


「ラグナ! 蟻がこっちに向かってきてる!」


「ひええ、すごい足音です!」


 エドワードの言葉を遮って、最奥の入り口付近に立っていたアリシアとマリアナが叫び声をあげる。


 そう、女王蟻をさっさと倒したからと言って蟻の巣の蟻たちが全て消えてしまうとかそんな都合の良い話はない。


 むしろ残された蟻たちが、女王蟻の死に異変を感じてこの最奥に集まってくるのである。


 弔い合戦などではなく、単純に次の女王蟻を決めるために、候補となる卵を選びに来るわけだ。


 一番魔力の高い卵が次の女王となる。


「殿下、感傷に浸ってうだうだしてると死にますよ? 生き延びたいならさっさと立ち上がって武器を構えてください」


「……わ、わかった」


 すぐに最奥の入り口の通路に向かうと、大量の蟻がギチギチに詰まっていた。


 ギチギチギチギチギチギチ!


「うおお、ギチギチだ」


「ラグナさん、アリシアが咄嗟に入り口を狭くしたんですよ! しかも無詠唱で!」


「おおっ! ナイス過ぎる、アリシア!」


 死にそうな目に合ってないのに無詠唱をしてのけるとは、さすがは俺の婚約者である。


「また死ぬ気で魔物の相手をさせられるのは嫌だもの。これで一気に流れ込んで来ることは無いけど、逆にどうやって脱出したらいいのかしら……?」


「蟻自体は脆いから、魔術でまとめて吹き飛ばせばいいよ」


「そ、それは任せて欲しい! 私のウィンドブラストなら!」


 そう言いながら殿下が前に出た時、――ゴゥゥッ!


 大量の蟻たちを巻き込んだ豪炎が、細くなった入り口から一気に吹き出した。


「あああああああああああああああああああああああああ!」


 殿下が燃えた。

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