53.まるで占い師に洗脳された芸能人


「私の身隠しのローブがあれば取りに行くことができるからとパトリシアに教えてもらったから……」


 エドワードは、パトリシアからお願いされてブレイブ領のダンジョンに来ていたらしい。


「だから私はお忍びを偽装し、恐らく護衛をするよう言われているであろうクライブすらも引きはがしてここまで来たんだ」


 あいつはまともそうだったからな。


 逆ハーレムって、洗脳以外だとどんな理屈で成り立っているのかと思っていたが、大半はご熱心なエドワードに引っ張られるようにして、ごっこ遊びをしていたに過ぎない。


 王族、公爵家、侯爵家のメンツで平民が囲われるって意味が分からないからな、普通に考えて。


 俺、アリシア、マリアナの三人は、奇跡的な共通点で出会いこうして友好関係を築けているが、そんな出会いが無かったら基本的に交わることは一切ないのである。


「それがあれば……パトリシアと私の恋は認められるんだ……!」


 ゲームの中の物語を知る者としては、聖女はマリアナであり、学園内にそれを知るようなことを仄めかすお偉いさんがいたりする。


 パトリシアが聖女である事実は存在せず、如何に聖具を手に入れたところでそのポジションが変わることはないってのが俺の見解だ。


 俺の知ってる範囲で考えれば、だけどね。


 どこをどう進んでも、今後エドワードとパトリシアの恋が認められることはないし、目の前で膝をつくこのアホが立場を理解して妾にするくらいしか選択肢はない。


 わがまま言っていいのは、責務を果たした者だけだ。


 スケールの小さい話でいうところのゲームがしたいなら勉強してテストでいい点数を取れって感じである。


「だから頼む辺境伯! 私を最奥へと連れて行って欲しい! 屈強な冒険者の集うこの地の領主なら、勇者の血を引く領主なら! きっと最奥へと行けるだろう!」


 エドワードの懇願。


「そうなのラグナ、勇者の血って」


「いや知らない」


 ブレイブ家に言い伝えなんかないからな、あんまり興味もない。


 そんなもんより戦闘戦闘、鍛錬鍛錬が俺の家である。


「君たちを罪に問うことはない、絶対にない。この場にはクライブも誰もいないから罪になんて問われない。私だって命がけなんだ」


 パトリシアは最近少し冷たいし、と呟いてるのが聞こえた。


 反省してなさそう。


 エドワードは、パトリシアという女の手によって何もしなくても死ぬ気がしてきた。


 いやきっと殺される。


 騙されてここに一人で来たということは、パトリシア側は死なせてブレイブ領に罪を被せる気でいたということだ。


 地位という猛毒を使い、どう転んでもこちらに分が悪い形に仕向けられているのは素直に脱帽である。


 思惑通りに事が運ぶのはムカつくので殺すのは一旦やめだ。


「殿下、案内するのは良いですけど。本当にあるんですかそんなもの」


「ある、パトリシアが言ったのだから!」


 どこでその情報を仕入れたのか聞かないのか。


 恋は盲目ってやつなのか?


 無条件で味方するんだよね、まったく。


「でもアリシアの言う通り、それが欲しいのならばまずブレイブ家に連絡を入れて取りに行くようにすればよかったのでは?」


 ないから断るけど。


「私の独断でそんなことはできない。パトリシアが身分によって苦しい立場にいることは知っている。だから私自らがこの身隠しのローブを使って取りに来たのだ。彼女への愛を証明するために」


「じゃあ、もしなかったらどうしますか?」


「ある! ちゃんと地図も貰った! 彼女のこの恋文の中にある!」


 シュバッと殿下が出した手紙には、愛する王子様へと拙い文字で書かれていて、子供のお絵描きみたいな地図があった。


「これ本当にパトリシア嬢の手紙なんですか……?」


「彼女はいつも自分には教養がないから字が汚いと恥ずかしがっていた。そんな彼女が一生懸命書いてくれたこの手紙は私の宝物だ」


 俺もアリシアも真剣なエドワードの様子に頭を抱えていた。


 どう考えても子供が書いた文字であり、差出人の名前もなく、パトリシアからもらったと言われても、本人に平民の子供からエドワードに渡すように言われたとか言えばどうにでもなりそうな代物である。


 恋は盲目ってレベルじゃねえぞ、これ。


 占い師に洗脳された芸能人レベルでおかしい気がした。


 乙女ゲームを知る者ならば、そんなことも可能なのか?


「ラグナどうするの、本当に案内するつもりなの?」


「相手にするのも面倒くさいので、連れてって納得してもらって帰っていただこう」


 アリシアの耳打ちにそう返しておく。


 こんな男の命一つで、うちの人たちが大変な目にあってたまるか。


「だったら書面に残しておきましょう」


 そう言いながらアリシアは肩に掛けていたリュックの中から紙とペンとインクを取り出した。


「……一つ聞いても良い? なんでそんなものを持ってるの?」


「ダンジョンでしょ? 道を覚えきれなかったらメモしようと思って」


「なるほど」


 さすがアリシアだ! 素晴らしい心がけ!


 俺は本気で殺しにかかってきたら今すぐ婚約破棄しますと一筆したためられてしまうのかと思った。


 実家に帰らせていただきます的な感じで離婚届を書くように。


 でもそんなもんはこの世界には無いか。


「殿下に手伝って欲しいと言われて私たちが断れるわけないじゃない? だからこの場であったことは全て殿下が責任を持ちますってことを残しておきましょう。万が一のために」


 アリシアもそれで済むとは思ってないだろうが、あった方がまだマシだ。


「殿下、貴方の字で一筆残さないとダンジョンには行けません。それだけ危険なのだから当然ですよね? ちゃんとインクに魔力を込めて書いてくださいね? これはお手紙とは違いますので」


「う、うむ。もとよりそのつもりで……」


 笑顔で威圧されたエドワードは冷や汗をかきながら書面を残す。


 魔力にも持ち主があるから魔力を込めて書くと信用性があがるのだ。


「アリシア、もし聖具とやらがなかった場合、パトリシア嬢と縁を切ることも追加してもらおう」


「そうね」


「な! 何故そこまでする必要がある!」


「絶対あるんでしょう? だったら別に良いじゃないですか。それとも殿下はパトリシアさんのことを信じてないのですか?」


「信じているとも! 私は自分の道を信じて歩むのみ!」


 アリシアにそう言われたエドワードは大人しく書き記した。


 どうなるのか見ものだな、これは。


「じゃ、行きましょうか。その聖具とやらを探しに」


 俺たちは新たにエドワードを迎えて、蟻の巣を進むことにした。


 恐らく――。


 学園のダンジョンに眠る聖具を俺が入手した時点で、エドワードルートはつぶれたようなもんだった。


 それを知るパトリシアにとって、もうエドワードは必要のない存在なのだろう。


 本当に騙されていると知った時、果たしてこの哀れな王子様にはどんな結末が待ち受けているのだろうか。


 ま、デモデモダッテで信じない気がするけどな。


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