52.殿下を論破、オーバーキルの女傑


 アリシアから「お引き取りください」とそう言われたエドワードは、涙目になって黙ってしまっていた。


「しかし」


「それならばお好きになさってください。私たちはこのまま引き続き訓練の続きを致しますので」


 エドワードが何か言おうとしても、アリシアがぴしゃりと言葉を被せて何も言わせない。


 アリシアの普段を口調に慣れているからか、エドワードに向けられる敬語は酷く冷たく聞こえていた。


 俺がもし彼女にこんな突き放すような声を出されたら、いったいどうなってしまうのだろう。


 この世界を亡ぼしてしまいそうになるだろうな!


 そんな世界が来れば、の話だが。


「ラグナ、行くわよ」


「うん、じゃあもう少し先まで行こうか。ここの倍キツイよ?」


「覚悟はできてる」


 真っ直ぐな瞳を俺に向けてアリシアは頷いていた。


 エドワードに背を向けて未だ倒れたままのマリアナの元へと向かう最中、――自分を貫けるだけ強くなるって決めたんだから、と呟く声が聞こえた。


 思わず顔が綻ぶ。


 アリシア、君はすでに強い。


 一度折れた後にまた立ち上がった者が弱いはずがないんだ。


 やっぱり良い女だよ、君は。


「ほらマリアナも起きなさい。そこ蟻の糞よ」


「ふわわわっ!」


 慌てて起きるマリアナを見て思った。


 あいつ寝たふりしてたな?


 少しキツめ、限界ギリギリすり切り一杯にしてやる。


「みんな、行きましょ」


 そうして俺たちの旅はここからだ、みたいな形で上手くエドワードの介入を免れたかに思われた。


「待て、ならば私もそのブレイブ式の訓練に混ぜてもらおう!」


「殿下……」


 いかん、アリシアが今にもキレそうだ。


 彼女の傍にいたマリアナが「げっ」と顔を歪めている。


「アリシア、落ち着いてください!」


 エドワードの前だと言うのに、アリシアが怒った方が怖かったのが急に焦り出すマリアナ。


「いい加減にしなさいエドワード!」


 アリシアは振り返ってエドワードを怒鳴りつけた。


「ここは王都ではなくブレイブ領、お忍びだとしても普通は領主に挨拶に出向くはずよね?」


「それは他の者が」


「来てないわよ? 今朝まで屋敷にずっといたんだもの?」


 それはそう。


 隣の領の駅から馬車まで、彼らと出会うことはなかった。


 連絡があればセバスが俺に何か告げるはずなので、ない。


「下らない嘘をついて、他領のそれもダンジョンに一人で来るなんて正気の沙汰じゃないのを理解しなさい!」


 さらにアリシアは勢いに任せて続ける。


「お忍びにしても度が過ぎてるとは思わないの? そもそも普通のお忍びは一人で街に出向いたり、わざわざ一般車両に乗り込んでキモい練習をすることじゃないのよ?」


「……ぐ」


「非常識、非常識、非常識!」


「うっ、ぐっ、むっ」


 とんでもない剣幕で詰め寄るアリシアに、エドワードは後退りしかできないでいた。


 たぶん俺も後退りすると思う。


「もう付き合い切れないわね! あの時貴方がご熱心なあの子に負けて清々してるわよ! 卒業後に、貴方が彼女を守れるとは思わないけど!」


「どういう意味だ、パトリシアは関係ないだろう」


「大有りに決まってるでしょ? 余り言いたくはないけど、王家が平民との結婚を認めるはずがないでしょ?」


「そんなことはない! そんな仕来りは認めない!」


「仮に賢者の子弟であっても身分というものはそういうものなの、互いが好きで結婚するんじゃなくて、権力を維持するために結婚するの」


 俺はアリシアのこと好きだけどな~?


 公爵家から色々貰ってるっぽいけど、それを抜きにしても目の前の王族をばちぼこに言い負かす女性はタイプだ。


 そんな俺の呑気な考えをよそにアリシアは言葉を続ける。


「パトリシアという女の子は、私に決闘で勝った瞬間から学園を出た後に色んな困難が待ち受けているのは確定なのよ?」


 周りの貴族がごちゃごちゃ言うだろうな、絶対。


 激しく裏から攻撃を仕掛ける連中だから殺される可能性は高い。


 そうじゃなくともエドワードが自分の意志を貫き通した段階で、オールドウッド家の他にも彼との婚姻を望んでいた貴族が敵に回る。


 権威が落ちて他の貴族が強くなれば、最悪王位簒奪の争いが起こっても仕方がなく国が揺らぐ。


 もうエドワードが継承権を放棄するくらいしかないが、それでも王族の血は政治的に有効だから、あ……どっちにしろパトリシアは邪魔だから殺される可能性が高いや。


 うん、困難である。


 マリアナのように聖女であるならば大逆転勝利可能だが、聖具を俺が順当に集めて行けばそれもなくなって詰みそうだ。


「パトリシアは私が守る、あの時そう誓ったんだ!」


「守れるなら、勝手に守りなさい。でも気を惹くためにお忍びなんて余計にしてる場合じゃないわよ? 今すぐ貴方が相手にするべきなのは、王都の貴族なんだから」


 一つ言えばとんでもない量の言葉が返ってくるので、エドワードは完全に何も言えずに唇を噛みしめている。


 エドワードのライフはゼロだ。


 だが、アリシアは止まらない。


 全ての鬱憤を吐き出すかのように、とどめの一言を告げた。


「周りの忠言からそうやってうだうだわがままを言って逃げ回ってる間は、貴方に愛しのパトリシアを守れるとは思わないけどね」


 ふう、と息を吐いたアリシアに俺は近付く。


「スッキリした?」


「多少はね」


 困ったように笑うアリシアは言った。


「でも貴方が守ってくれるって誓ってくれた時から、もう過去の私とは決別できてるの。これは邪魔された八つ当たりみたいなものよ」


「そっか」


「ごめんね、もしかしたら……って言うか確実に貴方の家に迷惑かけちゃうかも……」


「良いよ、国相手でも何でも戦うよ。この先何が起きても君のために」


 戦争をした場合、守護障壁があるから絶対に勝てない。


 オニクスを頼ってもあの障壁をぶち破ることはできないんだ。


 でも、王都の中で一矢報いることは可能である。


 その後はわからん。


 俺は死ぬかもしれないけど、オニクスに頼んでアリシアだけでも生きててもらうことは可能だ。


 大丈夫、地獄は慣れている。


 そう思っていると、アリシアは俺に抱き着いた。


「ラグナ、地獄でも一緒」


 上目遣いでそんなこと言われたら、ブレイブのケダモノが今のも檻を破壊しそうな勢いで暴れ散らかしてきた。


「ちょっとアリシア私も一緒ですよ! 地獄でもなんでも!」


 ケダモノは引っ込んだ。


 よし、そろそろエドワードを本当に殺してしまおうかと彼に目を向けると。


「そ、そんなことは知ってるんだ……!」


 なんと膝をついて泣いていた。


「それでも私は窮屈なこの世界で居場所をくれた彼女を守りたくて……パトリシアの立場をよくするために、このダンジョンの最奥に眠るとされる聖具と呼ばれる物を取りに来たのだ……」


 えっ、無いけど。


「私の身隠しのローブがあれば取りに行くことができるからとパトリシアに教えてもらったから……」


 いや、このダンジョンはただの蟻の巣だぞ。


 そんなもんがあるわけがない。


 他の聖具の場所は覚えているからあるわけがない。


 殿下、騙されてないか?


 普通に自殺に来てるようなものなのだが……。


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