51.誰も助けろとは言ってない
金髪の男は、風を背負って宙を駆け抜けた。
必死に戦うアリシアとマリアナの前に降り立ち、颯爽と言い放つ。
「私が来た! 助太刀しよう!」
上質そうなローブと軽装鎧を身に着けた男を前に、アリシアが呟く。
「殿下……」
そう、殿下である。
この国の王太子、エドワード殿下の登場だった。
「ぶくぶくぶく」
マリアナが気絶する。
ひしめく蟻たちよりも、貴族に対するトラウマの方が勝ったようだ。
「蟻の群れに叩き落とされたんだ、気絶するのもよくわかる。アリシア、彼女を頼むぞ!」
そう言いながらエドワードは剣を片手に前に走る。
蟻の攻撃を避け、剣で払い、詠唱が終わった魔術を叩き込む。
「おお、すげぇー」
無詠唱と比べて一段階下の戦い方ではあるが、それを自然を行える当たり、そこそこ修練を積んでいると見て取れた。
やはり、王道ルートのエドワードか。
エドワードルートがチョロいと言われるのは、集める聖具の数が一つしかないという手間の少なさと、何もしなくても勝手に好感度が上がって行くイベントが多数なのと、戦闘パートでもわりと力技のごり押しがスペック的に通用してしまうからだ。
「かかってこい、ダンジョンに巣食う蟻たちよ! 私が相手だ!」
それを体現するように、数百の蟻たちを倒していく姿は、まさに物語の中に出てくるような、ピンチに駆けつける英雄そのものである。
「――ウィンドブラストォ!」
ブォォオオオオオ!
吹き荒れる暴風、巻き散る蟻たちの千切れた足、その中でイケメン王子の金髪や白い歯は輝いていた。
アリシアはもう知らないとばかりに、マリアナの抱えて隅に身を寄せていたので俺も崖から飛び降りて近寄る。
「はあ……何でいるのよ、こんなところに」
「それはそう」
アリシアの呟きに頷いておく。
何でこんなところにいるのだろう。
そして、何故俺は気づけなかったのだろう。
エドワードの身に着けているフード付きのローブが魔力を帯びているから、恐らくそれが悪さしたんだろうな?
お忍びが趣味なエドワードである。
下手にスペックが高いため、誰がどう止めても、その身を犠牲にしても勝手にお忍んでしまうアホだ。
万が一にも何かがあった場合を想定して、特殊な魔道具を身に着けている可能性は十分にある。
でも本当に、なんでこんなところに……?
それだけはどれだけ考えてもわからなかった。
蟻を屠れるだけの実力者が現れてしまった以上、死の危険を感じさせない英雄っぽい雰囲気の奴がこの場にいる以上、ブレイブ式ブートキャンプは一時休止となる。
意味がないからね。
台無しだよ。
「どうするアリシア……帰る?」
「せっかく死ぬ気で頑張る覚悟を決めたのに、一度帰ってまた同じ覚悟をするのは嫌よ。絶対に嫌」
割とブレイブ式ブートキャンプが嫌だったらしいな。
ちょっとショックである。
「ここはブレイブ領、さすがにこの道だけを譲るつもりはない」
キッと、戦うエドワードを睨むアリシア。
今までは立場に免じて退いていたが、今回ばかりはそういうわけにもいかないそうだ。
そんなわけで俺たちはエドワードがこの場にいる蟻を倒し終えるまで待つ。
あわよくば……とは俺は思っていたが、さすがにここで死なれるのも憚られるので、俺たちのいないところにして欲しい。
さすがに一人でこんなところに来るはずもなく、同じような魔道具を持って見ていないとも限らない。
元主人公、元悪役。
ゲームの世界では、その二人が争う発端となる男がこの場にいて、よくわからないことが起こらないわけがないから警戒しておこう。
「ぜぇぜぇ……ど、どうだ蟻たちよ、私の方が強い……はぁはぁ、ふう、ぜぇぜぇ、げほっげほっ」
見事に100体近くいた蟻たちを倒し終えたエドワード。
息も絶え絶えの様子だが、素直に褒めるべき部分でもあった。
そんなエドワードは、俺に剣を向けて叫ぶ。
「ぜぇぜぇ、ブレイブ! ぜぇぜぇ、辺境伯!」
「はい、なんでしょう?」
「女性二人を、げほっげほっ、ぉぇっ」
最初に息を整えた方が良いんじゃないだろうか。
「ブレイブ辺境伯!」
ひとしきり咳き込んだ後、エドワードはさらりと汗を拭って仕切り直して叫んだ。
「女性二人をこんな魔物の渦中へ突き落すとはどういうつもりだ!」
「いやぁ……」
さすがに本気で死ぬかもしれないと思わせるために叩き落した、とは言えないか。
こればっかりは確かにエドワードの言ってることは間違ってない。
「ブレイブ式の訓練です」
そう言うしかなかった。
「私が来なかったら死んでいた可能性もあったぞ!」
「そんなに簡単に死にませんよ、人間って」
この世界の人間って結構頑丈にできてるからね?
世界に満ちてる魔素のおかげで。
打ち所が多少悪くても即死はしない。
即死じゃなければギリギリ蘇生が通るので大丈夫だ。
「そんな問題じゃないだろう! か弱き女性をなんだと思っている!」
「か弱くはないですよ、実際に叩き落された後に生存してましたし」
それはアリシアとマリアナに失礼だ。
「だからそういう問題じゃ――」
「殿下」
何を言ってもそういう問題じゃないと言われそうだったところで、エドワードの正面にアリシアが立つ。
表情は笑顔だが、額に青筋を浮かべていた。
「危なかったな、アリシア。間一髪間に合ってよかった」
「私が一度でも助けて欲しいと言いましたか?」
「む?」
「私が、いつ、助けて欲しいと殿下に言いましたか?」
「いや、言ってはいないが、緊急を要する事態だったから」
「殿下こそ危険です。こんなところに一人で来るのは。殿下にもしものことがあった場合、命を落とすのは殿下だけはありません」
「私にはこの身隠しのローブがあるから良いのだ。それにアリシア、もう婚約者でもない君に僕の道をとやかく言われる筋合いはない」
「だったら私も助けられる筋合いはございません」
綺麗なカウンターパンチだ。
いいぞアリシア!
ちなみに俺は「とやかく言われる筋合いはない」というセリフのところでエドワードを殺そうと思ったのだが、アリシアに止められている。
後ろに回された彼女の片手に首輪が握られているということは、恐らく黙ってろってことなのだ。
しかし自分は良くて相手はダメだって、すごいとんでも理論である。
「殿下、この場において一番ダンジョンに詳しいのは誰ですか?」
「私はこのダンジョンを入念に調べて来たんだ」
「ブレイブ辺境伯様ですよね?」
「……」
「彼の引率の元で行っていた訓練ですので、殿下の心配するようなことは何もありませんのでお引き取りください」
助けたと思っていた人から、助けろとは一言も言ってないと告げられ、エドワードは涙目になっていた。
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