50.愛を持って千尋の谷に突き落とすのだ


「練習の時って杖じゃなくてもいいのかしら?」


「そんなの悪い癖がつくだけだよ」


 アリシアの質問に答えておく。


「敵に近付かれた時、剣があれば多少は対処できるでしょ?」


 せっかく剣術も指導を受けているのなら使わない手はない。


 刃というのは心理的にも相手を威圧できるので都合が良い。


 だったら剣を振りながら詠唱すれば良いんじゃないか、と思うかもしれないが、どんな魔術かバレると対応されるからダメだ。


 可能な限り自分の手札を露出させずに初見で殺すことが、生き残る上で一番重要なのだ。


 誰かが言っていただろ?


 攻撃は最大の防御だって。


 もっとも、ブレイブ領において抑止力なんてあんまりないけど。


「アリシアは、地属性が得意だったよね?」


「そうね。でも基本四属性ならどれでもそれなりに使えるわよ」


 さすがは公爵家の血筋である。


 エーテルダム王家は空を操り、イグナイト公爵家はその名前から炎の家系、学園長のカスケード公爵家は水、そしてアリシアの実家であるオールドウッド家は地属性。


 王家、その他王族の血を引く三つの公爵家で四属性という何ともファンタジーな設定である。


 でも地属性ってガイアとかそんな感じの名前になるのかと思ってたが、何故オールドウッドなんだろう?


 カスケードは滝だからまだわかるのだが、オールドウッドは古い樹木で地面とはそこまで関係がない。


「オールドウッドなら草木とか操れそうだけどね」


「私の畑を見たでしょ?」


「それもそっか」


 どこか遠い眼をするアリシアに、俺は頷くしかなった。


 操れるのならば、あの惨状にはなっていないのである。


 木は大地に根を張るものし、そういう繋がりなのだろうね。


「それでどうすればいいの? 無詠唱のコツだけど」


「そうだなあ」


 地属性は、防御向けというより攻撃向けか?


 いや世界に溢れる四属性は、バランスの取れた万能型とも言える。


 地面を隆起させて死角から襲う槍を作ることも、攻撃や雨風を凌ぐシェルターを生み出すこともできるのだ。


 しかし、それはどこまで精密に制御できるかにかかっている。


 魔術は自由だ、その自由度は本人の力量次第なのだ。


 アリシアの中の魔術のイメージを引き出すしかなく、それは他人である俺にはわからない。


「最初はできるだけシンプルに考えると良いよ。死にたくないから、じゃあこうしよう、みたいなね?」


 俺は死にたくないから障壁を全身に纏う術を生み出した。


 そこがアイデンティティである。


「そ、そう……」


 そういう意味で伝えたのだが、アリシアはげんなりしていた。


 あれぇ……?


「ラグナさん、回復魔術が得意な場合はどうしたらよいですか!」


「それはめちゃくちゃ戦闘向けかな」


「そ、そうなんですか?」


 次はマリアナの質問に答える。


「だって、受けた傷を片っ端から治せば死なないじゃん?」


 身体強化にも応用が利くし、高度な回復魔術を使えるようになれば、頭部を守る限りはどれだけ体の一部を欠損しようとも関係ない。


 相手を殺すまで死なない状況ならば、それはもう勝ちなのだ。


 1対1では無類の強さを誇ると思うけどね、回復って。


 もうお互い何もなくなった状況でゾンビ戦法を取られたら、逃げの一手を選ぶしかなくなる。


 殺したと思った相手が実は生きていて、裏をかくことだってできる。


 マリアナの場合は他人の高次元で回復できるので、本人含めて周りもゾンビ戦法みたいな感じにしたらすごいことになるのでは?


 わくわく。


 致死率の高いダンジョンにおいて、容赦なく殺しにかかってくる大自然において、めちゃくちゃ有用な魔術だった。


 ワンチャン、死の向こう側の景色を見れるかもしれないぞ。


「痛いかもしれないけど、我慢するのが大事だね! だからたくさん傷ついてたくさん治して身体で覚えていくのが一番だよ」


「ひええ……」


 痛みで思考が鈍ることはよくある。


 恐怖してしまって焦ることはよくある。


 どうやって克服するのか。


 一回死にそうになるのが手っ取り早かったりするのだ。


「でも、強くなるためには仕方ないことなのよね」


「アリシア、なんでそんなに達観してるんですか! 遠い眼をせず帰ってきてください、これはあまりにも、あまりにも辛過ぎる!」


「ブレイブで生きていくには通過点なの」


 いや女性は別に戦わなくてもいいのだが、まあいいか。


 強くあることに越したことはない。


 それでこそアリシアだ、腹を括った女性は大好きだ。


「マリアナも覚悟を決めなさい。ラグナに本気で教えてもらう以上、こうなることなんてわかっていたでしょう?」


「いやそれは知りませんでしたさすがに」


「それはそうね」


「でもアリシアの傍にいるって私は決めたので、頑張ってついていきます! 二人で生きて帰りましょう! 絶対に生きて帰しますから!」


 死なすわけないのだが、本気で死を覚悟しているのなら良いだろう。


 本気で死にそうになるまで追い込むだけだ!


「じゃ、覚悟は決まった?」


 俺は黙って頷く二人に微笑んだ。


 これより、この場でのみ、彼女たちを訓練兵として扱う。


 死にたくないなら生き残れ、それがブレイブだ。


「じゃ、逝ってらっしゃい」


 後ろから二人の背中を押した。


 下には大量の巨大な蟻がカチカチと顎を鳴らしながらひしめき合っている。


 楽しみだ。


 無詠唱は、魔術の使い方は、人によってさまざまである。


 どういった使い方をするのかは、その人次第なのである。


 一種の固有能力とでも言うべきか?


 身に着けるとその一芸だけでのし上がることだって可能だ、運命を自分で切り開くことだって可能だ。


 頑張れ二人とも!


「ああああ、アリシア! 突き落とされるのは聞いてないですよ!」


「私も聞いてない! 普通にローブで降りると思ってた!」


「ラグナさん、本気で殺す気ですか!?」


「たぶんね! いや確実にね! マリアナ、真下に土壁で入れ物を作るからそこに水を頂戴!」


「はい!」


 おー、しっかり落下に対応できるなんてさすがはアリシアだ。


 彼女は、色んな境遇やブレイブでの対応を経て、なんだかんだ状況を受け入れる癖がついてるから、思考が混乱せずにやるべきこと見定めることができている。


 グランドホールは、ダンジョン相手には通用しない可能性もあるから、アースウォールを4枚使ってそこに水を流し込む方がいい。


 無事に第一関門を突破した二人は、ずぶ濡れになりながら大量の蟻たちを前に息を飲む。


 働き蟻の魔物は、人の身長を超えるほどではないが、大型犬くらいの大きさを持っていた。


 学園でしっかり勉強していれば、10体くらいは屁でもない。


 だが、100体以上いればどうなる?


 人は知恵を持ち社会を築き、数は力で生き残ってきたが故に、無意識で数に恐怖する。


 暴力という名の恐怖を克服するのだ、新たな兵士よ!


 いや魔術師よ!


 己の中の真理と向き合い、対話の上で答えを導き出せ!


 とかなんとか考えながら、剣や魔術で必死に蟻たちと戦う二人に目を向けていると、後ろから声が聞こえてきた。


「――空を満たす力よ、賢者の声に耳を傾け、足に繋がれた鎖を解き放ち、一陣の風となせ――ウィンドウォーク!」


「あん?」


 身に覚えのある金髪イケメンが、風の様に俺の隣を駆け抜けていった。

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