49.ブートキャンプ開幕
魔力を切らした状態で山脈の奥地から帰るのには一苦労だった。
行きはよいよい帰りは恐い、という奴か。違うか。
まだ多少疲れは残っているが、夏季休暇は限られているので、休んでいる場合じゃない。
そんなわけで、俺はマリアナとアリシアの二人を連れてユーダイナ山脈のダンジョン前にやってきていた。
学園のダンジョンで話していたブートキャンプを行うためである。
基礎的訓練ではなく超実践的なブレイブ式のやつ。
生と死の境目を彷徨うような、そんな感じのやつ。
「相変らず険しい場所よね……疲れた……」
「ぜぇぜぇ、ダンジョンに来るだけで……もう歩けません……」
岩肌にぽっかり空いた洞窟の入り口にて、ジャージの袖で汗を拭うアリシアと地面に座ってへたり込むマリアナである。
息も絶え絶えといったマリアナの疲れ具合を見て、やはりしっかり剣術や魔術の英才教育を受けていたアリシアの体力はさすがである。
王都に住む一般人は、ユーダイナ山脈を歩くだけでも大変なのだ。
「アリシア、ひ、膝枕を、膝枕をプリーズヘルプミー」
「甘えないの。私もギリギリ」
「しょんなぁぁぁ」
軟弱だなあ?
頭を抱えているが、最近のマリアナはアリシアに甘え過ぎだ。
依存は良くないぞ、依存は。
「はあ、疲れた。今回はラグナに手を引いてもらえなかったから」
アリシアが少し頬を膨らましながら俺をジト目で見つめる。
「甘えない甘えない」
今回ばかりは断腸の思いで受け流しましょう。
甘えた者から死んでいく、それがユーダイナ山脈なのだ。
さすがにマリアナの前でイチャイチャ手を繋ぐわけにもいかない。
俺たちは清く正しいお付き合いなのだから!
「二人とも、今年の山はまだ魔物が少ないから楽な方だよ」
学園に来る前に間引きもしたし、オニクスが捕食するから魔物は少ない、本来だったら襲われている。
それにダンジョンの中には間引き関係なく魔物がいるから、そっちはもううようよ魔物が出てきて大変だ。
「このくらいでへこたれてちゃ死ぬから張り切って行こう」
「死ぬならせめて最後のコーヒーを……」
「物騒なこと言わないの。そんなわけないじゃないさすがに」
と、アリシアは俺を見るのだが、天を仰いでおいた。
「気を抜けば死ぬのがユーダイナ山脈さ」
こればかりは首輪をチラつかされても揺るがない。
獅子は我が子を千尋の谷に落とすというが、本音を言えばそこまでするつもりはない。
しっかり安全マージンを取った上でやるのだが、意識的に本当に死ぬかもしれないと思って欲しいからこういう言い方をしているのだ。
しかし、死ぬ前提で行動されるのも問題ありか?
まあ、どうせ死にそうになったら生きようとするのが生物の性というものだし、心を鬼にしておきましょう。
「じゃ、入ろうか」
「ラグナ、いつも以上に生き生きしてるわね……」
「ラグナさん、笑顔が怖いです……」
そうして俺たちは暗いくらい洞窟の中へと足を踏み入れていく。
ユーダイナ山脈の中でも比較的簡単な洞窟型のダンジョン、――狂気の蟻の巣へ。
ちなみに二人にダンジョン名は教えていない。
「はあ……もっとこう、最初は観光をすると思ってました……」
「そんなもんないよ」
「ないわよ」
マリアナの呟きに、俺とアリシアが同じ言葉を返す。
「ふぇえええ」
ブレイブ領だぞ?
◇
「うわああああ~! 一見普通の洞窟だと思ったんですが、本当にちゃんとダンジョンなんですね!」
入口ではへこたれていたマリアナだったが、ダンジョン内に入ってみれば一転してカンテラを片手にあちこちを動き回っていた。
もう鼻息荒くメガネをクイクイとさせ続けて、そのせいでメガネの耐久が減って壊れやすいんじゃないかと思う。
「……暗いわね」
逆にアリシアは、俺の後ろにピッタリとくっ付いてあちこちをキョロキョロ見渡して警戒していた。
うーん、ギャップ萌え。
普段は気高さと凛々しさと可憐さを全て併せ持つようなオーラを放つアリシアがまさかこうなるなんて思いもしなかった。
「土掘って持って帰りましょう」
ガンガンガンッ。
学園のダンジョンの時と同じように、スコップで壁を叩き始めるマリアナの行動にアリシアが怒る。
「観光じゃないのよマリアナ!」
「え、でもダンジョンの土……」
お土産欲しかったけどお金がなくて買えなかった子供みたいだ。
ブレイブ領にも観光地はあったようだ。
ダンジョンだけど。
普通の人には超危険な観光地である。
「貴方、前もそんな感じのことをして罠に引っかかったでしょ?」
「そ、そうでした……すいません……」
しょぼくれるマリアナだが、カンテラの灯りでメガネを光らせながら壁をスコップで殴り続ける姿は普通に狂気だった。
危険関係なしに、やめておいた方が良いと思う。
「ラグナ、どんな危険があるの? その前知識くらいは教えてもらわないと、何の訓練にもならないと思うけど?」
「まだ暗いだけで何もないよ」
狂気の洞窟はまずは真っ暗な暗闇が人を迎え入れ、その先に開けた空間があって、そこからが本番なのである。
蟻の巣みたいにいくつも道が枝分かれしては次の空間へ、再び枝分かれしては次の空間へ、の繰り返し。
そんでもって巨大な蟻の魔物が大量に巡回しているのだ。
普通の蟻から、羽の付いたタイプや顎のデカいタイプまでたくさんの蟻が存在し、どこかで女王蟻が働き蟻を生み出し続けている……と、言われている。
「駆逐してやるわよ、虫なら!」
「ひええ、虫ですか……苦手です」
一転して目に闘志を燃やすアリシアと弱気になるマリアナ。
すげぇ正反対だよな、この二人。
さすがは元主人公と元悪役である。
「で、今日の目的なんだけど。働き蟻自体は数が多いだけでそこまで強くないから、それを練習台にして二人には無詠唱で魔術を使えるようになってもらう」
「そうなんだ、だったらそこまで危険じゃないのかしら? ラグナ、無詠唱のコツは事前に教えてくれるんでしょ?」
「うん。魔術師がどうやって使ってるかは教えるよ」
「わあ! 詠唱なしで魔術を使うのって、自分でもちょっとやってみたんですができなかったので助かります!」
「ハハハ、コツがいるからね?」
詠唱とは、魔術をマニュアル化したようなものだ。
魔力を込めて言葉にするだけで、使用する魔力の量や密度、形、速度などが決められた分だけ構築される。
無詠唱はマニュアルなしで全て頭の中で自分で決めるようなものなので自由度は高いが、上手く構築できないと発動しない。
時間をかけて手軽なものからトライ&エラーで試していくのが良いのだが、時間がないのでその辺を魔物相手にすっ飛ばす。
出来なきゃ死ぬぞって感じで。
テスト中、すごくトイレに行きたくなった時、何故かとんでもない速さで問題がとけてしまう感覚に近い。
つーか、誰でもその発想はできそうなもんだがな?
学園での教育が詠唱をしましょうみたいな感じで教えてるせいだと俺は思っている。
まったく、だから弱くなるんだ。
「あ、ちなみにできるようになるまで帰れないからね?」
無詠唱で魔術が発動できることが帰宅条件ではなく。
生き残れる無詠唱魔術を構築することが条件です。
それを告げた時の二人の顔は、なんかもうとんでもない顔だった。
じょ、女性……? みたいな。
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