48.【オニクス】竜は少し思い出に浸る


 我が名は【オニクス】、誇り高き竜種であり、世界の生態系の頂点に位置するオニックスドラゴンである。


 そんな我は今、一人の人間と戦っていた。


 人間は脆い。


 しかし、得た知見を次代に伝える術を作り上げ、それによって大きく繁栄を遂げた驚異的な存在である。


 そして愚か。


 増え過ぎた代償か、身に余る知識を得た影響か、同種同士でよく殺し合い時には大きく数を減らすこともある。


 だが興味深いこともあった。


 そのような不安定さがもたらした結果の産物か、生物の生存本能がこの世界に満ちる魔素によって刺激された結果の産物か、長きを生きてきた中で、竜のも届きうるような者も確かに存在したのである。


 それを人間の世では英雄などと呼ぶ。


 目の前に立つ小僧もその域に到達しそうな風格を持っていた。


「グォオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 咆哮と共に、我は翼をはためかせて魔力を高めた。


 巻き起こる風は、竜の持つ高密度の魔力によって巨大な竜巻へと変貌を遂げる。


 並の人間ならば、どれだけ集ろうがこれで一気に吹き飛んでしまうのだが、小僧は違っていた。


 竜巻の渦中から真っ直ぐ我を見据え、剣を片手に踏み込んでくる。


 その眼に恐怖などは一切存在せず、的確に急所を見定め攻勢に打って出るのだ。


「――ッ!」


 小僧の強い踏み込み、剣の切っ先が我の目に届かんとする。


 密度の高い魔力で守られている場所を無理やりこじ開けるような感覚がする。


 ふん、障壁を上手く使ったものだ。


 だがそれだけでやられるほど竜は甘くない。


「グォオオオッ!」


 遊ばせていた尻尾で小僧を弾き飛ばした。


 全身を覆う竜鱗と、鋼鉄をも引き裂く爪を持つ四肢に、翼に尻尾に牙に、生物として頂点に君臨する我ら竜は完全無欠の存在である。


 フハハハハ!


 思わず気分が高揚して強めに殴り飛ばしてしまった。


 小僧は、ハゲ山の岩に衝突して砕けた瓦礫の中に埋もれた。


 死んだか?


 やはり人間は脆い。


 だが、すぐに立ち上がり再び我に向かって駆け出す。


 爪で殴っても、尻尾で叩いても、翼で吹き飛ばしても、何度も何度も立ち上がって我の前に立つ。


 その姿に、少しだけ我は楽しくなった。


 ああ、思い出す。


 過去にもこんな奴がいた。


「――まだ来るか、小僧」


「ああ、まだまだいける」


 我の言葉に頷く小僧の瞳から強い魔力の迸りを感じた。


 彼の全身を覆う魔力がより一層密度を増す。


 その姿に、余り感傷に浸らぬ我だが、過去を思い返してしまった。




 いたのだ、過去にも。


 同じ瞳を持った人間が。




 竜を相手に一歩も引かず、七日も続いた戦いの果て、ついには人間の分際で竜と仲良くなってしまった人間が。


 その男の名は、――ラグナ・ブレイブ。


 奇しくも目の前に立つ小僧と同じ名だった。


 出会った理由もなんと言うか、似たか寄ったかなものである。


 奴も民を守ろうと我の前に立ち、小僧も同じように我の前に立った。


 死ぬ一歩手前ギリギリのところで踏みとどまり、本気で竜を倒そうと食らいつき、戦いの途中で気色悪い笑顔を見せる。


「オニクス! アハハハハハ! 竜って本当にすごいな!」


「人間の分際で竜に興味を抱くな、反吐が出る」


「酷い!」


 似ているのではなく、まるで同じか。


 ただ一つ違うところは、奴の実力はすでに熟していて、小僧の実力は我の足元にも及ばない。


 しかし、それは些細な話である。


 まったくどういう因果だろうか。


 数百年の時を超えて、同じ名前と同じ瞳を持つ人間が、彼の名を冠する地に生まれ竜と相対する。


 運命という言葉を竜は信じない。


 そんなものは人間の作り出した言葉。


 業火を吐けば、全てが塵と化す。


 だが歴史は繰り返すという言葉は、人間を見て事実であると感じる。


 現に今、繰り返しているのだからな。


 だから我は、小僧の行く末を見定めることにした。


 狂ってしまうか、英雄となるか。


 残念ながら我が妹との約束を果たすことはできないが、それでも我は多少の力を小僧に貸そう。


 下手に出ると、すぐ調子に乗って我を呼びつけるところが気に食わないからたまにではあるがな。


「オニクス! なんか別のことを考えてない?」


「ふん、貴様の攻撃が温すぎて暇だったのだ」


「ぐやじい! なあ、最後にちょっとだけ本気出してみてくれない?」


「気安く願うな。我は貴様の君主よりも上位に位置する竜だ」


「でも友達だろ」


「殺そう。本気を出してやる。その言葉が傲慢であることを知れ」


 友と呼んでいいのは、奴だけだ。


 小僧は近い存在だが、別人だ。


 戯言は、我の硬い竜燐を削り、肉に刃が届くようになってからほざくがいい。


 我は上空へ飛び上がると、眼下に佇む小僧に灼熱の業火を吐いた。


「げっ」


 ふん、ご自慢の障壁は削った。


 その障壁は、もはや禁忌とも呼べる聖域ほどに無限の魔力を得た物ではない。


 今の小僧では、ギリギリいっぱいで少し全身が焼けてしまうくらいだろう。


 まだ弱いな、奴に比べると本当に弱い。


 それはまだ引き返せるということだった。






 ――竜を友と呼ぶには、人間の器では到底足りない。


 ――人の皮を被った、人ならざるものでしかない。


 ――奴は苦しんだ。


 ――妹は悲しんだ。


 ――小僧、貴様もまた繰り返すのか?



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