42.【ヴォルゼア・グラン・カスケード】血脈
「――何が暗部だ、意味わかんねえよ。休日の真昼間から堂々と襲ってきやがって、後片付けが面倒くさいな。まあ焼却炉で全部灰にして特別寮にでも撒いてやるか?」
遥か上空から焼却炉の前でぶつくさ文句を言いながら大量の死体を処理する青年【ラグナ・ヴェル・ブレイブ】を見て、わしは溜息を吐いた。
「確かに、聞いて呆れる話だ」
休日の学園内に、白昼堂々よからぬ者どもを入れ込むとは、教員の一部を一新する必要があるやもしれん。
間者は誰か。
恐らくはブレイブ家三男の試験をわしに黙って勝手に取り仕切ったあの教員であろう。
まだ学生の身だが、爵位を継ぐ者に対しての態度とはとても思えんが、それほどまでに中が腐っておるとはな。
それにしても、とブレイブ家の三男に視線を戻す。
「戦術クラスの魔術師がいくら集ったところで意味はない、か」
何かあれば助太刀する気で見ていたが、傷一つ負うことなくものの見事に全員返り討ちにしてしまった。
素手で、この学園を血で汚さずに殺してしまうその手腕は、戦術を超えて戦略クラス、いやもうその域すらもとっくに超えて、政治的価値さえ持っているかに思える。
15歳という若さに加え、何らかの私怨も入ってそうだが、敵とみなした者には一切の容赦をしない姿に戦慄を覚えた。
「これがブレイブ家の血か」
それも血の縛りに囚われることのない本物の姿である。
「セバスチャン・リバーめ」
わしに教職を押し付けたクソジジイ。
もはやわしですら扱いに困るほどの傑物をこの運命の交錯する今期の学園に入学させるとは、いったい何を考えているのか。
「しかしこれもまた定めか」
その血を恐れて縛り付け、長年に渡って抑え続けた結果の産物か。
学園内に渦巻く環境を見れば、目の前の光景を見れば、如何に歪み狂ってしまっているかがよくわかる。
ブレイブ家。
太古の昔、国同士の戦乱と魔物との闘争が同時に起こった時代を聖女と賢者の二人と共に戦い抜いた勇者の家系だ。
その身に宿す魂は誇り高く、何かを守るためならば戦いの最前線に、死地に身を置くことを一切厭わない。
終わらない戦いに疲弊した民を憂いた賢者が、聖女の力を利用して王都に守護障壁を築き上げてからもその本質は変わらなかった。
元々仲が悪かった二人の間を取り持っていた聖女は、その時はすでにいなかったと言う。
勇者の血の力を知っていた王家は、その血が時を経て王国に牙を剥くことを恐れ、勇者に服従の誓い迫った。
民を守るためならば、と勇者が王家に誓った服従は、数百年の時を経ても彼らの中に、貴族の中に残り続けている。
もはや呪いのような物に形を変えて、いや、初めから呪いだったのかもしれない。
「時代の波に飲まれすっかり風化してしまった昔話を一概に信じるつもりは毛頭ないが、王家が恐れるのも良くわかる」
一騎当千の英雄の血を恐れ、薄めようとも途絶えさせようとも制御しようとしてもこのざまだ。
恐らくブレイブ家に付きまとう呪いのような抑圧も、時代と共に何かが歪んでこうなってしまったのだろう。
血が濃いものは特に嫌い、それを子が真似し、歪になるのだ。
「何のために生まれた、ラグナ・ヴェル・ブレイブ」
腐った国を壊す為か?
それとももっと大きな大義を成す為か?
「運は天にあり、か」
ふん、何がエーテルか。
天を統べたつもりか?
運命すらも手中に収めたつもりか?
古の賢者の直系というだけの王家の驕りにも思える。
カスケード、イグナイト、オールドウッド。
そしてエーテルダム、元を辿れば全て同じである。
「すまんな、セバスチャン・リバー。流れる血の咎を背負うわしには、もう手出しすることは叶わんさ」
せめて学生として正しくあらんことを。
全ての生徒が、自分で決めた道を歩めるように尽くすのみ。
学園長であるわしには、それくらいしかしてやれることはない。
「ふむ、せめてイグナイト家と隣国のコンティネント公国の繋がりくらいは調べておいてやるか」
もっともブレイブ家の三男なら勝手に行きつきそうだがな……む?
ブレイブ家の三男が去った後の焼却炉に、一人の男が近寄って行く姿が見えた。
「ひ、ひひひ、撮ったぞ、この映像、絶対に追い出してやる、この学園からひひっひひ」
「あの男……」
それは試験を勝手に担当した教師だった。
記憶水晶を大事そうに抱えながら狂ったように呟いている。
まったくこちらが慈悲を見せればこの有様か。
実力の差を見せつけられてもまだ恨むとは、あの男を教員としてこの学園に置いておいたわしが恥ずかしい。
「どうせあいつが不届き者らを呼び込んだんだろうな、汚さんかった礼として、あの男はわしがさっさと処分しておくか」
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