35.魔人との闘い

 俺のぶっ殺してくるという言葉に反応した灼熱の魔人は、炎の顔面に浮かび上がる黒い顔をニタリと歪ませる。


 膨れ上がる魔力と身に纏う炎は強く輝き、それはまるでやってみろと言っているようだった。


「まるで太陽だな」


 熱が空間を支配して、何本も聳え立つ神殿の柱が歪んで見える。


 周りの環境に影響を及ぼすレベルの魔術は苦手な部類だった。


 先んじてアリシアたちに語っていたように、生み出された熱を障壁で阻害するのにも魔力を消耗する。


 これほどまでに強力な魔力を秘めた存在は、俺の知りうる限りだと竜やフェンリルなど伝説の魔物もしくは、――悪魔。


 物語後半で、悪役時のアリシアが復讐のために魂を売り渡した存在である。


 特徴は、異形の人型。


 この世とは違う世界に住まう魔物は、姿形を持たない故に人間を頼らなければこの世に顕現することは叶わない。


 顕現した際は、代償を支払った個人の影響を大きく受けた姿を形取り、目の前にいるような魔人の姿が出来上がる。


「中身は誰だ?」


「……」


 灼熱の魔人は、ニタリと笑った顔を崩さなかった。


 悪魔と化したアリシアは物語後半にしか登場しないのだが、いったい誰がその役目を背負ってここにいるのか気になった。


「ま、話しかけたところで意味はないか」


 悪魔と取引した人間は、自分の中の欲望が大きく増幅され、それは狂気へと至り正気として保たれることはない。


「ギャハハッ」


 何の狂気かわからんが、確実に殺す意志は伝わってきた。


 どこからどうやってこんな場所に入り込んだのか知らないが、アリシアのトラウマを刺激したことの責任は取ってもらおう。


 剣を両手で握りしめ正面に構えた。


 その瞬間、魔人は跳躍し大きく肉薄する。


 ゴオォッ――!


 さらに間髪入れずに魔人の片手から巨大な火球が生み出されるが、俺はそれを真っ二つに斬り割いた。


 断面に障壁を展開し、無理やりこじ開け、俺は一歩踏み込むと、火球を目暗ましに攻撃を仕掛けてきた魔人の首を撥ね飛ばす。


「ギャハッ」


 手ごたえは確かにあったが、灼熱の魔人は宙に浮いた自分の首を掴むとすぐに元の位置に戻してくっ付けた。


「これで死なないのか」


 魔虫の魔術師でもそうだったが、無詠唱で魔術が使えるならば、仮に致命的な一撃であっても生き残れるパターンがある。


 紙一重で魔術を発動できれば、魔虫の魔術師が虫で傷を補ったように、分断された四肢を戻そうとした芸当も可能だ。


 そう考えると、あの魔虫の魔術師は結構強い奴だったか?


 キモ過ぎて覚えていないが。


 もっとも、首を撥ね飛ばしてもそれをキャッチしてくっ付ける奴になんてあったことはない。


 隣国の悪魔憑きを相手にしたことはあるが、敵も味方も関係ないほどの狂気に染められていた。


 聖具を守るミスリルゴーレムを倒していたように、こいつは物語の根幹にかかわる何かを知っていてそれを目的として動いている。


 狂気に染まりながらもそんな芸当ができるということは、かなりの実力者であることの証明だった。


「ギャハハッ」


 殺してみろと嘲笑う灼熱の魔人を前に、今度は自然体で剣を構える。


 ま――。


「さして問題はない」


 足元で小さく圧縮した障壁を身体強化した足で踏み抜く。


 ――ドンッ!


 灼熱の中でも一切焦げ付くことのなかったダンジョンの床が砕けた。


 身体を押し出す衝撃を纏った障壁で制御して、俺は真っ直ぐ灼熱の魔人の懐へ飛び込んだ。


「ッ!?」


 人智を超えた速さに、灼熱の魔人からニタリ顔は消える。


 斬られると思ったのか、身体を捻って躱そうとする魔人だが、正面でピタリと止まってやった。


 真っ黒な目と口しかない顔を見ると、まるで信じられないものを見たように歪んでいた。


「ギッ……!」


「余裕はどうした?」


 鼻で笑いながら、俺は魔人の胸に貫手を突き込んだ。


「……あれ?」


 どれだけ異形になろうとも元は人間なのだから内側から潰せば問題ないと思っていたのだが、魔人の体内を弄ったところ何もなかった。


 身体を構成する物は炎でしかなく、まるで空っぽである。


「そりゃ、首を飛ばしてもピンピンしてるわけだ?」


 これは高度な人形であり、本体は別にいるってことだ。


 種がわかれば問題ない。


 これが元々誰の魔力なのか、探ってやる。


 障壁は通す通さないの識別を行う都合上、障壁で触れたもの全てを知覚することに長けているのだ。


「ァァァァアアアアアアアアアアア!!」


 俺のやろうとしていることを察知したのか、耳を劈く金切り声をあげながら魔人の魔力が膨れ上がって行く。


 これは自爆だ。


 魔力量から判断して、自爆の規模はこの最奥の空間を覆いつくす程の威力を持つことが窺い知れる。


「チッ、誰が操ってるんだか」


 一人で戦っているのならば問題ないが、後ろの二人はとてもじゃないが耐えきれない。


 火属性と相性の良いアクアベールでも蒸発してしまいそうだ。


「クソ野郎。安全圏から笑いやがって。感覚は掴んだからな? 次は本体を見つけて確実に殺すぞ」


 ボコボコと人型ですらなくなった魔人にそう告げると、俺は手を放して二人の元へと飛び退いた。


 中が見えないほど分厚く構成されたアクアベールごと包むようにドーム状の結界を展開する。


 一瞬の爆発か、それともじわじわ続く極熱か。


 そこまで識別することはできなかったので、連続的な攻撃にも耐えうるような必要最小限の障壁を構成する。


 直後、想定していた通りの炎が目の前を覆いつくした。


 眩し過ぎる。


「次会う時はサングラスでもして戦おうかな……」


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