34.灼熱の魔人
いったい何が目的で作られたのか、最下層へと続く魔法陣。
エドワードルートではアリシアの策略であり、それ以外ではこうした主人公や攻略キャラのやらかしが原因で起動してしまう。
他にも色々なルートや行き方があったりするのだが割愛。
転移魔法陣から一本道を少し歩くと開けた場所に辿り着く。
そこには古の神殿の様な荘厳な空間が広がっており、奥に控える巨大な扉の前にはミスリル製の巨人が座っている。
まるで、何かを守るかのように。
もしくは、誰かを待ちわびているかのように。
そのミスリルで作られたゴーレムの門番を倒すと、奥の扉が勝手に開き、中に鎮座する台座の上には聖具の一つとされるペンダント。
最初は、なんだか貴重そうなただのペンダントという認識で「これは癒してくれた君に送るよ、絶対に似合うから」みたいな感じで、各攻略対象キャラクターたちから主人公に送られる。
真価を発揮するのは物語終盤。
厄災が起こり王都が危機に瀕した時に、聖具の一つが輝き出して主人公に力を貸し、王都は危機を脱するのである。
攻略対象キャラクターによっては、他にも聖具を回収するエピソードが存在し、クリアに必要な聖具の数も変わるのだが、エドワードルートのみペンダント一つで良い。
もう露骨にエドワードだけ優遇されている。
いや攻略難易度が下がっていることを優遇というのだろうか?
なんか違う気がするが、エドワードルートのみ強烈な悪役が出現するので演出もカッコいいしイラストもたくさんあるので優遇ではある。
どちらにせよ、プレイした奴はこう口々にする記憶があった。
殿下、ちょろ過ぎます。
「私、ひょっとして良くないことしちゃいましたかね?」
転移してから当てもなく正面に続く道を真っ直ぐ歩く最中、魔術照明で照らされた最下層の空間を目にしながらマリアナは首を傾げていた。
「そうね、たぶん……いや絶対良くはないと思うわよ……」
余りにも迂闊な事態に、アリシアは額を抑えて溜息を吐く。
それには同意なので、夏のブートキャンプでその辺を鍛えてやろうと思った。
主人公属性の残り香と言えどもアリシアの迷惑に掛かるようであれば、俺は容赦なく強制する。
俺の一番はアリシアであり、彼女との平穏が何よりも大事なことなので、ヴォルゼアに何を言われようがそこが乱れるのならば俺らの道にマリアナはいらないのだ。
「道はここしかないみたいだけど、このまま進んでいいの?」
「それしかないなら仕方がないよ」
ダンジョンでこういった罠を踏んでしまった場合は、大抵が詰みだ。
救助を待つのも不可能で、ダンジョン内では魔物は霧散してしまう都合上、食って生き延びることすらできない。
じゃあどうすれば良いのか?
目の前にある道を進み続ける、以上。
運よく上層か下層か、どちらかに繋がる通路に出られればまだ救いはあったりする。
「傾向的には、こうした転移罠はすごい下層に繋がるか、同じ階層の別の部屋が多いから場所をしっかり記憶しておくことが大切だよ」
「そうなんだ」
「でもどっちにしろ引っかかったら死ぬから、今度から気を付けてね。もし普通のダンジョンだったらマリアナは僕らを殺してたよ」
「す、すいません!」
「あんまり脅さないの……って言いたいところだけど、洒落にならないわよね……」
踏破されたダンジョンは多くない。
まだまだ未知の存在で、大自然の様に容赦なく殺しにかかってくるから気を付けないといけないもんだ。
それでも俺はダンジョンに行く。
なんだか異世界っぽいからだ。
「ラグナ、一応私たちは大丈夫よね? 貴方やけに落ち着いてるし」
「古の賢者の作ったダンジョンらしいし、確かどっかの文献に最後の守護者を倒せば地上に戻れるとかなんとかあった気がする」
「気がするって、大丈夫なの?」
「何があっても俺は君を守るって誓ったから大丈夫」
「それはそうだけど……あ、ありがと……」
「歯が浮くようなセリフですね」
やれやれと溜息を吐くマリアナをしり目に、俺たちは歩いた。
そして最奥へとたどり着く。
ダンジョン最下層に存在する古の神殿の様な丸く太い柱が何本もそびえる巨大な空間で、彼女たちを背に俺はただ正面を見据えていた。
知識通りならば、奥の扉の前にミスリルゴーレムが座っている。
あくまで知識通りならば、だ。
「……誰だ、お前」
思わず呟く。
目の前の光景は、記憶の中にある物とはまるで違っていた。
炎を纏った人型の何かが、ドロドロに溶けてしまったミスリルゴーレムの正面に立っていたのである。
「……?」
俺の声に反応し振り返った人型は、ニヤリと笑っていた。
「――ッ!」
その瞬間、猛烈な殺意を感じた。
直感に従って障壁を展開すると、人型は腕を振るい猛烈な炎が俺たちに向かって放たれる。
ゴウッ!
障壁によって阻むが、炎の内在する魔力量はあまりにも膨大だった。
脇に逸れた炎は床にまとわりつくようにして燃え続けている。
「わわわっわわ、もしかして目の前のアレが守護者ですか!?」
守護者なのか、なんなのか。
ミスリルで作られたゴーレムは魔術の親和性が高く硬い存在だと言うのに、それを溶かし尽くすほどの実力を持つ目の前の存在は、とにかく危険だということは確かである。
「……二人とも、とにかく下がっていて欲しい」
火属性なのがとにかく厄介だ。
魔術による炎は魔力を燃焼の材料としているため酸素が尽きることはないが、熱せられた空気を吸うことで耐性が無ければ肺が燃える。
「それぞれ火属性に気を付け……って、アリシア大丈夫か?」
「火……い、いや……嫌……」
めらめらと燃える炎を目前に、アリシアは腰を抜かしていた。
自分の顔の火傷の痕に手を当てて錯乱状態に近い。
そうか、火か。
トラウマを刺激されてしまったか。
気丈に振舞っていたとしても、やはりまだ彼女の中に深く深く敗北の恐怖は残り続けているのだろう。
「マリアナ、水属性で防御系の魔術は使えるか?」
「アクアベールなら……」
「全力で展開して、アリシアの傍にいてやって欲しい」
「は、はい!」
頼むぞ賢者の子弟。
戦いの余波に二人が巻き込まれないならば、どうにでもなる。
「ラグナさんは、どうするんです?」
不安そうに尋ねるマリアナに、俺は振り返って笑顔で答えた。
「あいつをぶっ殺してくる」
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